日本の病院を「産業」として捉えてみた場合、その発展の可能性はどれくらいあるのだろうか。

 産業には、日が昇るように勢いのある成長産業(サンライズ・インダストリー)と、日が沈むように勢いを失いつつある衰退産業(サンセット・インダストリー)とがある。もちろん病院を、自動車産業や製薬産業など他の産業と同列に並べて単純比較することはできない。市場経済で競争原理と利益追求に基づいて行動する一般企業と、「聖職」とされる医療を比較することには心理的抵抗もあるだろう。医師には「医は仁術」という自負もあり、「産業とは何事か! けしからん!」というドクターも多い。それを重々承知の上で、ここでは、話を進めさせていただきたい。

 病院を「産業」と位置付けた書籍としては『「病院」がトヨタを超える日 医療は日本を救う輸出産業になる!』 (北原茂実著、2011年)や『医療が日本の主力商品となる』 (真野俊樹著、2012年)など勇ましいタイトルの本もある。一方、前回紹介した日本病院会の相澤孝夫会長による「病院は人口3万〜5万に1つあれば十分になる。つまり現在約8000ある病院は、多くても4000あれば済む」とのご意見もある。病院産業はサンライズ、サンセット、どちらなのであろうか。

戦後日本の高度経済成長の要因は?

 まず「産業政策」という概念に関して語りたい。

 産業政策とは、「政府の誘導によって特定の産業を育成・成長させるなどして産業構造を変化させる」ことを指す。日本では昔から新聞や経済誌の紙面でよく目にする単語だが、そもそも「industrial policy(インダストリアル・ポリシー)」という概念すら、「小さな政府」を基本ベースとする米国には存在しなかった。「産業政策」の概念を初めて米国に紹介したのは、カリフォルニア大学バークレー校のチャーマーズ・ジョンソン教授が1982年に著した『通産省と日本の奇跡:産業政策の発展1925-1975』という研究書である。

 当時、日本は米国に次ぐ経済大国となり、自動車や半導体などにおける日米経済摩擦が激化していた。ジョンソン教授の『通産省と日本の奇跡』が出版される数年前の1979年にハーバード大学のエズラ・ヴォーゲル教授が『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原題: Japan as Number One:Lessons for America)を出版したが、その中では戦後の日本経済の高度経済成長の要因を分析し、日本人の勤勉さと日本的経営を高く評価していた。

 一方、『通産省と日本の奇跡』では、発展志向型国家論(developmental state theory)を唱え、戦後の日本の高度経済成長は、日本人の勤勉さや企業の努力によるものではないと断言。官僚の中でも特に優秀で大志あふれるエリートが集まる通商産業省のビジョンと戦略、つまり「産業政策」によってもたらされた「奇跡」であるとしたのである。欧米では、企業経営者は利益と株価を追い求める近視眼的な企業経営を行い、官僚は議会の決定に従って政策を遂行するだけの存在にすぎない。他方、日本ではエリート官僚が長期的かつ国家的戦略的観点から産業を育成している──。これこそが「日本の奇跡」を紐解く鍵だと指摘したのである。

 日米経済摩擦が激化し、日本脅威論が高まっていたこともあり、この本はリヴィジョニズム(日本異質論)のシンボルとなったが、この本の出版を最も喜んだのは通産官僚だった。この本の和訳版が出版された1982年当時、チャーマーズ・ジョンソン教授の研究助手を務めていた筆者は、翻訳・監修した矢野俊比古氏(通産省の元事務次官)の指揮の下、通産省職員が総がかりで翻訳していたことを見て知っている。国内では通産官僚の活躍を描いた『官僚たちの夏』(城山三郎著、1980年)が有名だが、ジョンソン教授の『通産省と日本の奇跡』は、日本の通産省という存在を世界に知らしめるきっかけになった。

 この本は優れた歴史書でもある。いかにして通産省がサンライズ・インダストリーを選び、育ててきたかが描かれている。戦後の復興期を支え、日本に高度成長をもたらした産業は石炭産業や繊維産業だった。しかし、通産省はそれらの恩義ある産業に対して、既にその役割を終えたサンセット・インダストリーとして引導を渡し、中小産業政策を中心に緩やかなソフトランディング(産業としての安楽死)を図った。

 一方、鉄鋼や自動車など次世代のサンライズ・インダストリーを選び出し、強い企業をさらに強くし、弱い企業は束ねて統合し再編した。ハイテクの世界でもライバル同士の企業を束ね、オールジャパンでの共同研究開発を強いる方法「超LSI技術研究組合」で成功を収め、日本の半導体産業は世界のトップに躍り出た。鉄鋼や自動車、そして半導体などハイテクでも成功を収める日本をみて、米国の民主党若手議員が中心となり、日本に倣って米国も産業政策を導入すべきとの機運も盛り上がった 。