高齢化が進む地域で、経営難が続いていた宇都宮病院(和歌山県和歌山市)。流れを変えたのは、同病院が敷地内に作ったコミュニティー施設だった。住民が自らの居場所として運営し、人が集まる場所として定着。地域内でのゆるいつながりができ、助け合いや生きがい作り、産業振興にまで発展している。

 2013年、2件あったスーパーマーケットが両方とも撤退した、和歌山県和歌山市鳴神。和歌山市の中心部から車で15分ほど、周辺には高度成長期に造成された戸建ての団地が広がる。人口は右肩下がりで、住民の高齢化が進んでいる地域だ。毎日のように歩いて買い物に行けるスーパーマーケットは、地域の人にとって貴重な外出先だった。外出先を失って引きこもり、足腰が弱くなってしまった高齢者もいた。

宇都宮病院(和歌山県和歌山市)理事で、企画室長の宇都宮越子氏(写真:筆者が撮影)

 時を同じくして、同地域のある病院が経営危機にひんしていた。医療法人久仁会宇都宮病院は、1970年に急性期病院として開院した。しかし、院長が代替わりした数年後、「急性期病院として頑張ることが難しい時代になった」として、療養型病床に転換することを決意した。それでも経営はなかなか好転せず、147床あった病床も80床まで減らした。同病院理事の宇都宮越子氏は、「療養型の病院に切り替えた後は“負けた”ように見られてしまった。死亡退院が多い療養型の病院は、『生きて出られない病院』という世間からのマイナスイメージもあったようだ。地域住民からは『いつつぶれるか』などと噂されていた」と振り返る。

 同病院がここで打った策が、病院経営を改善させただけでなく、結果的に地域住民の生きがいや健康につながった。

地域住民が集まる「なるコミ」の魅力

 同病院が取り組んだのが、病院の敷地内にあった古い看護師寮を取り壊し、2015年にコミュニティースペース「なるコミ」の運営を開始したことだった。

 開設から5年余りがたった今では、食堂でランチを楽しむ人や、様々開催される教室で趣味に熱中する人など、多様な使い方をする人が集まっている。人が集まるようになったことで、移動パン屋や移動スーパーなどが定期的に病院前に出張してくるようになり、さらに人が集まるようになった。地域に歩いて行ける場所ができたことで、自宅からなるコミまでの道中にある肉屋や魚屋で買い物をする住民が増加。病院がお祭りを開催した際には、地域の肉屋が感謝の印にコロッケ300個を寄付してくれたという。なるコミは、地域の高齢者から子どもたち、その保護者まで、多様な年代の人々が集まる「地域の居場所」となった。

病院の敷地内に建てられたコミュニティー施設「なるコミ」。移動スーパーが出店する日もある(提供:宇都宮病院)

 例えば、月に1回開催している「子ども食堂」は、子どもの食事を無料で提供しているボランティア活動だ。小さい子どもは親子連れで、小学校高学年くらいになると子どもたちだけで食べに来る。1日で130人ほどが訪れることもあるという。

 子ども食堂が開く日には、近隣の農家や農業協同組合から食材の差し入れが大量に届く。病院のスタッフや、近隣住民のボランティアが毎回たくさんの料理を作り、ビュッフェ形式で提供する。ボランティアの中には、70歳代の男性も数人いて、高齢男性の社会参加の機会にもなっている。引退後、料理教室に通ったが、普段は妻が料理をしていて台所を使えないため、ここで料理の腕を披露しているのだという。

 宇都宮氏が子ども食堂で食事をする子どもたちを見ていると、2割くらいは気になる子がいるという。「野菜に全く手を付けないので、いつもお家でどんなご飯を食べているの?と聞いてみると、スナック菓子だったり、半額シールのついたサンドイッチを買い込んで、その中から適当に選んで食べていたりすると言う。『このお野菜食べたことない?』と聞いてみると、そうだと言うので、一緒に食べてみたりする」。こうした声かけが、月1回の見守りの機会になっている。

 子ども食堂で接点を持てるのは地域の子どもたちだけではない。毎週子どもを連れて訪れるある一人親家庭の母親からは、「日中は仕事をして、家に帰ったらとにかく子どもにご飯を食べさせながら、自分はその間も家事をする生活だ。ゆっくり子どもと向き合ってご飯が食べられるのは1カ月に1回、この時間だけ。あと何日で子ども食堂だ、と思うと頑張れるので、絶対にやめないでほしい」と訴えられたという。この母親のように、なるコミの利用が生きる上での支えとなっているケースは少なくなく、地域になくてはならない拠点となりつつある。

学校が休みの日になるコミで卓球をして遊ぶ子どもたち。奥では将棋教室が開催されている(写真:筆者が撮影、以下同)

 地域の一病院が「地域の居場所」として開花するまでには、宇都宮氏を中心とした様々な取り組みがあった。