一昨年『日医IT化宣言2016』を策定し、医療分野のICT化を積極的に推進する日本医師会。進歩する最新技術と地域医療の融合にリーダーシップを発揮している横倉会長に、医師として考える「健康のその先」(beyond health)と、イノベーションが実現する「医療のその先」を聞いた。

(聞き手は大滝 隆行=Beyond Health)

本題に入る前にその前提として、そもそも「医療の目的」とは何でしょうか? 日本医師会長のお立場からというより、長年かかりつけ医として地域医療を担ってきたご経験を通してのお考えをお聞かせいただければ。

日本医師会の横倉氏(写真:寺田 拓真、以下同)

 私が考える医療の目的とは、古代ギリシャの「医学の父」ヒポクラテスの時代から、人が生涯にわたって健康な生活を送れるように支えていくことだと思っています。特に今は「人生100年時代」といわれ、人口高齢化では世界のトップランナーで走っている日本が、明るい長寿社会を築けるか、世界各国が注目しています。長生きしても暗い高齢社会であれば、人は長生きってそんなに素晴らしいことではないと思うでしょうし。人々の健康を支えて明るい人生100年時代をどうつくり上げるか、我々医療に携わる者の大きな役割だと思っています。

今後さらに人口高齢化が進むなか、国民皆保険制度に基づく日本の医療システムのサステナビリティー(持続可能性)も問われていますね。

 そのために、私どもは経済学者の故・宇沢弘文・東京大学名誉教授が提唱した「医療は社会的共通資本である」という理念を国民全体で共有すべきだと思っています。この理念は、1960年代に米国で生まれた「市場原理主義」と呼ばれる経済学の考え方が、医療や教育など人間が人として生きていくために大切なものをだめにすると危惧した宇沢先生が、一人ひとりにとって社会にとって大事なものとか制度とかは、全ての人の共通財産として大事に守り、次世代に伝えていかなければならないとして唱えたものです。社会的共通資本である医療を持続可能なものとして、いかにコントロールしていくか、我々が専門職集団としての矜恃を胸に、自らを律して取り組む必要があると思っています。

今の日本では、国民皆保険制度を空気のように当たり前に感じていて、それがない場合の医療をなかなか想像できなくて、最近ではかえって国民皆保険制度を崩そうという勢力も出てきて。

 そうですね。日本で国民皆保険制度がスタートしたのは昭和36年、ちょうど私が高校2年生のときですが、それ以前は、特に農村部では医師にかかるのは大変で、医療費を払えない人もたくさんいました。ペニシリンやストレプトマイシンといった抗生物質が出てきた頃で、医師もそういう薬を使いたいけれども、ものすごく高価なわけです。だから必要な患者に使えないことが実際ありました。実際、私の父は農村地域で医師をしておりましたが、やはり目の前の人を助けなきゃいけないと考えて、薬代を払えない人にもそういう高価な薬を自腹で使ったわけです。そのため私も子供時代は貧しく、質素な生活をしていましたね。

 そういう意味でも、我が国の医療制度の中で、お互いが助け合う形で国民に公平な医療を提供しようという国民皆保険制度は1つの大きな柱です。ただ最近は高齢化率の増加などにより、その財源が圧迫されつつあるのも事実です。特に高齢者医療制度へ交付金を出している健康保険組合の中からはその負担が大き過ぎるという批判も出ていますので、その負担と給付のバランスを考えていく必要はあろうかと思います。