「サイバスロン」をご存じだろうか。障害者(サイバスロンではパイロットと呼ぶ)と技術者が協力し合い、ロボット工学などの先端技術を駆使して様々な場面をクリアすることに挑む、例を見ない競技である。スイス発のもので、2016年に第1回の国際競技大会がチューリヒで開催され、注目を集めた。

 去る2020年11月13~14日に、第2回大会「サイバスロン2020」が開催された。種目は6つ。パワード義足レース、パワード義手レース、パワード自転車レース、脳コンピュータインタフェース(BCI)レースなど。全体で21カ国から55チームが参加(スイス大使館サイバスロンWebページより)、日本からは5チームが出場した。

 日本チームのうち、電動車いすレースに出場した慶應義塾大学理工学部のチーム、「KEIO FORTISSISSIMO(フォルティッシシモ)」が世界3位に入賞し、表彰台に立った。

 サイバスロンという競技の魅力は何か。競技を通して見えてきた人と技術の可能性は何か。「サイバスロンを通して研究者および教員として、得るものがたくさんあった。学生たちをはじめチームメンバーも同じ気持ちではないだろうか」。こう語るのは、チームリーダーを務めた慶應義塾大学機械工学科准教授の石上玄也氏である。石上准教授に、サイバスロンの魅力、そして人と技術の可能性について聞いた。

混成チームで研究成果や実務ノウハウを凝縮

なぜサイバスロンに挑戦することになったのですか。

 忘れもしない、2018年2月3日のことです。2月3日は、慶應義塾の創設者である福沢諭吉先生の命日なのですが、たまたま電車で当時理工学部長であった伊藤公平教授と同じ車両に乗り合わせまして、「サイバスロンに慶應チームとして出場してみないか」と誘われたのがきっかけです。その場で、YouTubeにアップロードされているサイバスロン大会の動画を見せてもらいました。

 私はロボット工学が専門なのですが、障害をお持ちの方が先端技術の力を利用して日常生活で見られる課題を乗り越える競技、という概要を併せて聞き、挑戦のしがいがあると思い、取り組むことになりました。

そうして、石上先生がリーダーとなって、チーム「KEIO FORTISSISSIMO(フォルティッシシモ)」が結成されたわけですね。チームでは、どのような開発体制を敷いたのですか。

 大きくは次のメンバーで構成しています。私の研究室の学生、理工学部の技術職員の方々、そして教員、パイロット(サイバスロンで競技に出場する選手)です。技術職員は、理工学部で実験の支援や機器の製作など、研究・教育に関する様々な業務を担っているスタッフで、非常に力を発揮していただきました。大学のプロジェクトに技術職員が加わるケースは珍しく、このサイバスロンは貴重な機会だったと認識しています。

サイバスロンチーム「KEIO FORTISSISSIMO(フォルティッシシモ)」。前列の車いす左がチームリーダーを務めた慶應義塾大学機械工学科准教授の石上玄也氏(写真:石上玄也准教授が提供)

 特にメンバーのうち、松野史幸さんには車いすシートの設計で大きく関わっていただきました。松野さんは本学の非常勤講師であり、またコーヤシステムデザインという企業の代表取締役で、車いすの開発・製造がご専門です。

フォルティッシシモが開発したサイバスロン電動車いす。こちらは2020年のサイバスロン第2回大会に出場した2020年バージョン(写真:筆者が撮影)

 それから競技に欠かせないのはパイロットで、野島弘さんに就いていただきました。野島さんは下肢に障害を持つ方で、かつてはチェアスキーでパラリンピックの日本代表にもなられました。今は障害者スポーツの普及活動などで活躍しておられます。

 またプロジェクトマネジャーとして、本学の富田豊先生(同大学名誉教授)が就いています。富田先生はリハビリテーション工学が専門です。プロジェクトに対して様々な形でお力添えをいただきました。

慶應義塾大学理工学部サイバスロン電動車いすプロジェクト公式ページより、プロモーション動画。電動車いすが階段を上る様子がわかる(出所:慶應義塾大学理工学部)
動画が見れない方はこちら

でこぼこ道や階段を車いすで踏破

競技としては6つのタスクをクリアしていきます。サイバスロンの電動車いす部門の競技では、車いすには難しそうなでこぼこ道や階段を踏破したり、さらにはロボットアームでドアを開けてすり抜けたりと、なかなかハードな場面が見られます。競技参加チームの視点から見た、この競技のポイントは何でしょうか。

 電動車いすの競技は6つのタスクから構成されているのですが、それら6つのタスクをどう越えるかを考えるというのが、面白いところであるし、難しいところでもあります。

電動車いすレースのコース全体像。6つのタスクのクリアと所要時間を総合して順位が決まる(出所:石上玄也准教授による資料)

電動車いすの開発はどのように進めたのでしょうか。どんな点がハードルに感じましたか。

 学生の皆さんには主にソフトウエア開発を担当してもらいました。電動車いすの操縦に使うジョイスティックの制御や、ロボットアームの制御などですね。技術職員の皆さんには足回りの設計。そして松野さんにはシートの設計をしていただきました。

 最初に、私自身が考え方を切り替える必要に迫られました。私の専門は宇宙で稼働するロボット、つまり人が乗らない移動ロボットです。特に宇宙ロボットはエネルギーの消費を抑えてゆっくり走ることが主眼となります。しかし、サイバスロンはレースで、しかも人が乗る車いすですから、短時間でパワーを引き出して走らせる必要があります。長距離走から短距離走に転向したかのような雰囲気でしたね。

 初期において難しかったのは、どういう走行メカニズムを採用するかの判断でした。平地での小回りの利きやすさはもちろん、階段を上る必要もあります。車輪型にするのか、履帯型(クローラー型)にするかといった判断は、難しいものがありました。タスクの内容やエネルギー効率、部品点数など、複数の角度から検討した結果、我々が最初に出場した2019年の部門別大会向けの2019年バージョンも、また最新の2020年バージョンも、履帯式、いわゆるクローラー式にしました(筆者注:2019年の部門別大会は「サイバスロン車いすシリーズ日本 2019」として、同年5月5日に川崎市の会場で開催された)

左が2019年バージョン、右が2020年バージョン。なお2019年バージョンに付けられていたロボットアームは2020年バージョンに流用されている(写真:筆者が撮影)
サイバスロン電動車いす2020年バージョンの概要(資料提供:石上玄也准教授)

 2019年バージョンは、大会の3日前に完成しました。開発期間は、正味10カ月くらいでした。

 直近の2020年バージョンまで引きずった課題がありました。階段をより速く走り抜けようとして車体に一気に負荷がかかり、その結果止まってしまうという現象です。家庭で電化製品を一度にたくさん使うと、ブレーカーが落ちますが、それと同じような現象です。

 レースの本番でも起きました。特に本番のレースで用意された階段は、大学で練習しているときの階段よりも滑りが強い素材でできていたので、思った以上に車体に負荷がかかった格好です。

他のチームを見ると、パイロットの身体状態に合わせて車体の設計を変えているように見えます。フォルティッシシモのパイロットである野島さんのご意見は、どう反映したのでしょうか。

 パイロットの身体の制約条件が多いチームの場合、身体を固定するため肩までベルトを締めて搭乗しているケースがありました。我々のチームのパイロットである野島さんは、アスリートならではの筋肉質で、姿勢の変更ができ、重心の移動や姿勢の前かがみがしやすい。最初に開発した車いすはとてもごつい雰囲気でした。パイロットである野島さんからは「ヘッドレストはいらない」といったいろいろなリクエストをいただきまして、それを反映していった結果、シンプルなものになりました。

フォルティッシシモでパイロットを務めた野島弘氏。1962年生まれ。98年長野パラリンピックおよび2006年トリノパラリンピック・アルペンスキー日本代表。一般社団法人ZEN代表理事。障害のある子どもたち向けのスポーツや冒険やレクリエーションなどを楽しみながらチャレンジしてもらう活動を展開している。野島氏はフォルティッシシモに参加した理由について、「私は普段電動車いすを必要としていない。だがサイバスロンに出場しこの活動を広く社会に発信することで、電動車いすを含め、車いすに関心を寄せる人々が増えるのではないかと考えた」と語る(写真:野島弘氏が提供)

競技で勝つための戦略は、パイロットと一緒に考えていったのですか。

 6つのタスクをどういう戦略で越えるかという大まかな構想は、野島さんが加わる前の段階で見当をつけていました。2018年3月から本格的な開発を始めたのですが、その年の7月に野島さんが加わってから、詳細を詰めていきました。

 野島さんのご意見で一番驚いたのは、階段を前向きで上って、そのまま降りよう、と。その方が怖くないからそれでいこう、と言われたことでした。野島さんはスキーヤーだからだと思います。それまで我々開発側は、登るときは後ろ向きにしようとか、パイロットにとって怖くないであろう方法を検討していました。

 このように開発側は当初、安全性や乗り心地などを気にしていたのですが、その点については何もなく、むしろ「私のことはもっと雑に扱っていい。もっとスピードが出るようにしてほしい」というリクエストをされました。ほかには、階段を上る際にどんなタイミングでフリッパー(履帯の接地角度を自由に変更できる機構)を押さえつけたらよいかとか、操縦に使うジョイスティックの反応をどう調整するかとか、競技に向けて前向きな議論がたくさんできたと思っています。

 電動車いすを開発する中で、健常者は何気なく足で踏ん張っている動作がたくさんあるのだということを発見しました。下肢が不自由な方はそれができないため、車いすの重心位置やシートの設計をどうするかといった点をシビアに決めないといけません。ただ、それでも野島さんにはアスリートとしての身体能力があり、上手に乗りこなしてくれまして、これが設計上大きな助けになりました。特にシートについては、松野さんのお力もあって、野島さんの特性にも合ったスマートなシートが出来上がったと思っています。

野島さんはどのようなご縁でチームに加わったのですか。

 松野さんが推薦してくださいました。私が「どなたかパイロットになれる方、ご存じではありませんか」と松野さんにリクエストしたところ、「適任の人がいる。石上先生はきっと好きになりますよ」と。本当にその通りだったのですけれども。

 実は、私はこのサイバスロンに参加するまで、車いすユーザーさんとの接点があまりなかったのです。最初のうち、正直どうコミュニケーションを取ればよいのかと戸惑っていました。

 しかし、野島さんは最初にとても元気に登場されました。また開発途中でも「勝ちに行きましょう」と、アスリート気質を全面に出してくださいました。障害者と健常者という境目を意識させず、たくさんの人を巻き込んでいく活動をしている方です。そういった点でもチームに貢献してくださったと思っています。

 プロマネである富田先生はリハビリがご専門であるため、たくさんの障害者の方と接点がおありです。富田先生が野島さんとしゃべっている姿を最初に見たときに、膝を床に着けて、目線を合わせて話しておられたのが印象に残りました。これは私もすぐにまねをしようと思いましたね。

2019年の部門別大会では、フォルティッシシモは3位に入賞し、また2020年11月の第2回サイバスロン大会も同じく3位に入賞しました。競技の結果を見ると、6つのタスクをこなせたかどうかについては、フォルティッシシモを含めて上位チームはほぼ満点(満点は660点)。タイム差で順位が決まっていますね。

サイバスロン第2回大会、電動車いす部門のランキング表。上位チームの差異は、ほぼタイム差で決まっている(出所:石上玄也准教授)

 最初の第1回は6つのタスクをうまくこなせるチームがまだ少なく、タスクの合計点だけで差が付いていたのですが、第2回を迎えて各チームの技術力が向上し、6つのタスクを問題なくクリアできるチームが増えてきています。つまり、上位チームはタスクをクリアできたかどうかではあまり差が付かず、もう1つの要素であるスピード勝負の色合いが強まってきたということになります。

サイバスロン競技の企画・開催者側も、開催回数が少ないためか、ルールづくりはまだ発展途上なのでしょうね。松野さんにお話を聞いたところ、「障害を持つ人の日常生活の視点をもっと取り入れるとよいのでは」とのご意見でした。

 大会側も、開催を数回重ねてみて分かったところがありそうに思います。私も、実際の車いすユーザーの視点、例えば安全性、信頼性、乗り心地、タスクをより確実にこなせるといった側面も競技で重視されるべきではないかと考えます。例えばですが、パイロットがコーヒーを持ちながら凹凸面を走るといったタスクを用意すれば、乗り心地なども電動車いすの設計に考慮されるのではないでしょうか。

 最初に我々のチームが出場した2019年の大会では、我々はスピードは遅いけれども安全性を重視した電動車いすを開発したんです。ところがこの大会で1位と2位を獲得したそれぞれのチームは、私たちは「パワープレー」と呼んでいるのですが──、パイロットが身体をかなり揺らしながらも、ものすごいスピードで走り抜けていった。「車いすの乗り心地などはさておき、とにかくスピードで勝つんだ」という意図を感じましたね。そこで我々も2020年バージョンでは、よりスピードを重視した設計しました。

サイバスロン向けの電動車いすを開発して、介護・福祉機器に適用できそうな知見は得られましたか。

 私としては、まだ(サイバスロン大会と日常生活に求められる車いすの開発には)ギャップがあると感じています。

 おそらく、我々がサイバスロンに向けて開発した電動車いすに乗りたい人は、あまりいないでしょう。重量があって自家用車には乗せにくいとか、階段をそのまま上っていくようなニーズは考えにくいとか。もしかしたら、山登りやエンターテイメントなどには(そのまま)使えるかもしれません。

 ただ、2019年の部門別大会に出たとき、観戦に来られた車いすユーザーの皆さんに「ロボットアームが欲しい」という声をいただいたのは印象的でしたね。手動の車いすは、両手で車輪を回します。買い物などで荷物を持っている場合、まっすぐ走るために荷物を持ち替えながら走らせる必要があります。そのため、「3本目の腕があると楽だ」とおっしゃっていました。

多様な人々にインスピレーションを提供する場

サイバスロン大会の様子を見て、インスピレーションを受けたということでしょうね。

 そのような側面はあるでしょうね。実際、サイバスロンの大会主催者側も、サイバスロンはショーケースとしての役割を狙っていると説明しています。大会を見た様々な人が何かを感じ取り、考えてもらうきっかけになれば、ということだと思います。先にスピード勝負のことを話題に出しましたが、そういったアクロバティックな側面を表に出すことで、より多くの人々の注目を集められるというメリットはあるかもしれません。

 私はサイバスロンには自動車業界におけるF1レースのような意味があると思っています。F1の車両が公道を走ることはまずありませんが、車両の開発で得られた回生エネルギーの技術や、トラクションコントロールの技術が、一般車両に展開されています。サイバスロンも回数を重ねるうちに、そのような位置づけが定着してくるかもしれません。

検討すべき事項はあるとはいえ、人の新しいチャレンジを提起したサイバスロンには、ワクワクさせるものを感じます。サイバスロン大会の社会的な意義や意味は、そこにあるのでしょうね。

学生たちの意識が変化

大学の教員というお立場において、サイバスロンに挑戦して得られたことはありますか。

 私は講義で、サイバスロン大会に出場した経験を題材の一つとして扱っています。私自身が一人の体験者として、学生さんと同じ目線で、分かったことを伝えるというスタンスです。

 一般的に言って、現代の産業におけるものづくりはおしなべて「最大多数の最大幸福」を主眼にしているため、多様なユーザーのニーズがある程度平均化されてしまったものになっていると思います。それはもちろん一つの正解です。ただその一方、障害をお持ちの方々はバラエティに富んでいて、いろいろなユースケースがあります。最大多数の最大幸福のものづくりだけでは、そのような方々のニーズに応えるのは難しい。私はサイバスロン大会への出場を通して、少数のニーズに対してエフォートを割きピンポイントでものづくりをしていくという、ベンチャー的と言えばいいでしょうか、そのようなものづくりの考え方を垣間見ました。

 本学の理工学部で学んでいる学生さんは、最大多数の最大幸福を目指すものづくりを志向している人が多い。けれども、サイバスロン大会のことを話しますと、多様な在り方を支えるものづくりに挑戦しようと考える学生が登場してきました。これは教員として大きな発見でした。

 最初に研究室の学生にサイバスロンに出ようと声をかけたとき、彼らはおしなべてサイバスロンのロボット技術に興味を持ったようでした。それはもちろん好ましいことですが、ふたを開けてみると、それ以上の学びがあったように見受けます。マインドセットが変わり、障害をお持ちの方に対して、自分たちからバリアをつくらず接するようになったという印象を受けました。

 サイバスロンに出た学生たちにとってはおそらく、当初はまったく予想もしていなかった出口に行き着いた、という体験だったのではないでしょうか。そのような学生の姿を見ると、教員として新しいチャレンジの場を用意できたことはうれしい限りです。私にとっても、また学生にとっても、予想以上の収穫がありました。

次回のサイバスロン大会に向けて、フォルティッシシモは活動を続けますか

 これから本格的に検討しますが、やり方は変えるつもりです。これまでは、私の研究室の学生さんだけが取り組んでおり、また、技術職員の皆さんも特例的に参加してきました。この体制で次も出るとなると、広がりがなく、もったいない。より幅広い人が参加できる枠組みを用意したいと考えています。

 これはパイロットである野島さんのご意見でもあるのですが、細く長くでいいので、継続していくことが大切だと思っています。私のこれからの使命は、サイバスロンに向けた活動を継続させるための枠組みを構築することだと認識しています。

ロボット工学の専門家として、技術はどう障害を克服できると思われますか。

 フィジカルな側面としては、これからの技術進化により、諦めていたことが諦めなくてもよくなる領域はたくさん出てくると思います。例えばロボットアームですね。サイバスロンの競技としても設定されていますが、腕を失った方がロボットアームでより生活しやすくなるという姿は、そう遠い未来のものではないでしょう。

 環境あるいは人間の考え方も変わっていく必要があるでしょう。弱視は技術によってかなりの部分、突破されています。私もコンタクトレンズを使用していますが、眼鏡はおしゃれのツールとしても進化しています。

補助器具がアートと言えるレベルにまで洗練されてきた。社会一般の捉え方や考え方のシフトも必要だということですね。

 サイバスロン大会の競技にはパワード義足部門もあります。日本からはロボット型の義足チームが出場したのですが、これには驚かされました(筆者注:出場したのは義足ベンチャーのBionic Mによるチーム)。メカの観点から見ても、人工の膝が曲がるのを見て純粋にすごいと感じました。しかも、義足にデザイン性もある。

 私には小学生の娘がいるのですが、その動画を見せたら第一声、「かっこいい」と言いました。このようなデザイン性の要素は大事ではないかと思っています。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)