歩行は健康になるための手段と広く認識・実行されているが、同時にそれ自体、健康に関する情報の宝庫でもある。例えば歩行速度の低下は、筋力の衰えばかりでなく脳血管障害や心臓血管障害、パーキンソン病との関連が疑われる。リズムが乱れていれば、バランス能力が衰えていたり特定の部位に大きな負荷がかかっていたりすると考えられる。歩行動作の定量化と分析は、運動機能の改善ばかりでなく疾病の兆候を捉えることにもつながることから、データの取得や分析に関する技術の開発が進んでいる。その1つが、歩行時の加速度データを取得・解析するシステム「歩行解析デバイスAYUMI EYE」(以下、AYUMI EYE)だ(図1)。

図1●「歩行解析デバイスAYUMI EYE」の端末
端末を腰に装着して歩くことで、データを取得する。解析はiOSアプリが担う(写真:森田 純典)

 健康増進や生活習慣病の予防のために、ウォーキングに取り組む人は多い。スポーツ庁が2019年に実施した「スポーツの実施状況等に関する世論調査」では、この1年間に実施した種目の1位が「ウォーキング」(散歩・ぶらぶら歩き・一駅歩きなどを含む)で、男性が62.0%、女性が62.1%*1。全体では62.1%で、前年度比5.1ポイント増という結果だった。厚生労働省が2000年に策定した「21世紀における国民健康づくり運動」(通称:健康日本21)は、「日常生活において身体活動量を増やす具体的な手段は、歩行を中心とした身体活動を増加させるように心掛けること」として、基本方針に「日常生活における歩数の増加」を挙げる。

 さらに、その後に発表された「21世紀における第二次国民健康づくり運動」〔通称:健康日本21(第二次)、実施期間:2013~2022年度〕では、1日当たり20~64歳の男性では9000歩、女性では8500歩、65歳以上の男性については7000歩、女性では6000歩を歩数の目標に掲げている。

*1 2019年2月28日付報道発表『平成30年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査について』

 介護予防特化型デイサービス「早稲田イーライフ」の運営などを手がける早稲田エルダリーヘルス事業団(東京・港、早稲田EHA)が開発したAYUMI EYEは、早稲田イーライフをはじめとする介護予防施設やリハビリ施設、病院などで、主に高齢者の運動能力の改善に活用されている(写真1・2)*2

*2 2015年に早稲田EHAとGEヘルスケア・ジャパン(東京都日野市)が共同開発し、2017年に早稲田EHAへ事業譲渡された。

写真1●早稲田エルダリーヘルス事業団 代表取締役社長の筒井祐智氏(写真:森田 純典)
写真2●早稲田エルダリーヘルス事業団 AYUMI EYE事業部 部長の勝山正次氏(写真:森田 純典)

小型の端末でデータを取得し、その場で解析

 AYUMI EYEの最大の利点は「簡単にデータを取得・解析できること」(早稲田エルダリーヘルス事業団 AYUMI EYE事業部 部長の勝山正次氏)。端末を装着して歩くだけで、内蔵した3次元加速度センサーが歩行時の加速度データを取得(図2)。iOSアプリでデータを解析し、歩行能力を数値化・可視化する。

図2●測定イメージ
腰に端末を装着して6~10m歩くと、3次元加速度センサーでデータを取得できる(出所:早稲田エルダリー事業団)

 歩行分析技術には、AYUMI EYEと同様にセンサーを装着するもの、計測機能を持たせた靴を利用したもの、床に反力計を埋め込むもの、モーションキャプチャー技術を利用したものなどがある。例えばモーションキャプチャーなら、骨盤の傾きや膝の曲がり具合、足首の可動域、股関節の開き方など複数の要素を一度に見ることができ、歩行の複合的な特徴を捉えられる。その代わり複数のマーカーを装着しなければならず、赤外線カメラなど大掛かりな設備が必要だ。センサーを利用する技術も、従来は配線が複雑だったり装着具が重かったりという欠点があったという。

 それらに対してAYUMI EYEは、端末の大きさが幅62.4×高さ30.9×厚さ11.8mmで、質量は18.5g。 3次元加速度センサーで踵(かかと)の接地を検出するとともに、それが左右のどちらの踵かを判定する。それらと加速度データを基に、アプリで各評価項目を計算する。このとき「高齢者の歩行を正確に測定できるような工夫も盛り込んでいる」(勝山氏)。

 「若い人は踵をポーンとついて歩くので着地を検知しやすいのですが、高齢者ではすり足のように弱々しい動きになりやすく、検知が難しくなります。すると、歩行の典型的な波形が取れないのです。そこで、上下の加速度と前後の加速度をかけ合わせて検出感度や測定精度を高めています。これによって、モーションキャプチャーに近い精度を実現できます」

 モーションキャプチャーに比べて得られるデータの種類は少ないものの、簡単に高精度なデータを得られて、その場で解析結果を見られるというメリットは大きい。

 使い方は以下の通り。まず、端末とiOS搭載機器をBluetoothで接続し、端末を歩行者の第3腰椎に装着する。歩行者が歩き始め、1.5mほど歩いて加速が終わったところで計測者がアプリの「スタート」ボタンをタップ。歩行者が10歩以上歩いたところで計測者は「ストップ」ボタンをタップする。歩行者は、そのまま1.5mほど歩く。これにより、加速・減速期を除いた6~10mの定常歩行を測定できる(図3)。測定データは自動でiOS搭載機器に送信されてアプリが解析し、その場で点数やマップ表示が可能(図4)。ここまでにかかる時間は約3分だという。

図3●測定画面例
「スタート」「ストップ」ボタンをタップして測定を開始/終了する。歩き始めと歩き終わりを除く定常歩行を測定する(出所:早稲田エルダリーヘルス事業団)
図4●測定データの登録と解析結果の例
測定終了後に「保存」「登録」ボタンを押すと解析結果が表示される(出所:早稲田エルダリーヘルス事業団)

 ソフトウエアはアプリとして提供されているため、測定者は解析の手間がかからない。データはサーバーにも送られるので、パソコンからさまざまなパラメータを確認したり帳票を出力したりできる。

客観的なデータを共有しモチベーションを向上

 AYUMI EYEの評価項目は[1]推進力、[2]バランス、[3]リズムの3つ。解析結果には[1]~[3]を総合した評価も点数で表示される(図5)。

図5●帳票の例
サーバーに送られた測定結果から帳票を出力する。「推進力」「バランス」「リズム」の3つの指標で点数化する他、改善のためのトレーニングメニューを提案する(出所:早稲田エルダリー事業団)

 具体的には[1]は、歩行速度(m/秒)と歩幅(cm)、歩きのダイナミックさを表す上下加速度標準偏差から点数化する。[2]のパラメータは、左右の身体の揺れを示すRMS(Root Mean Square、1/m)。[3]のパラメーターには、1歩周期の時間的なバラツキ(秒)を用いる。[1]:[2]:[3]=70:15:15の比率で算出されるのが総合評価(0~100点)。つまり、速く大股でダイナミックに歩き、左右のブレが少なく、1歩1歩のリズムが正確な歩き方ほど総合評価が高くなる。

 デイサービスのスタッフなどは、こうした客観的なデータを利用者と共有しながら説明できる。アプリには、その時の測定結果と併せて過去4回の成績も表示。前回から1点でも上がっていれば、利用者のモチベーションが高まる。さらに改善ポイントやトレーニングメニューも提案されるので、利用者がすぐに改善に向けて動き始められ、高まったモチベーションを維持できるという仕掛けだ。

 これまでに、早稲田イーライフを含む約400拠点での採用実績があり、4万~5万件の測定データが集まっている。同社は、これらの収集データを分析しながら日々、ソフトウエアをアップデートしているという。

医薬開発のノウハウを介護予防に応用

 同社が簡単かつ短時間に歩行を可視化できる技術を開発した背景には、同社の設立母体とこれまでの事業展開がある。

 同社は、医療法人相生会(そうせいかい)の介護部門が独立し、発足した企業だ。1600床・6病院を構える相生会の強みは、30年以上の実績を持つ医薬品開発領域にある。特に、治験の第I相試験*3では国内シェア約40%を持つ最大手で、最近は国内外の8社が開発した新型コロナウイルスワクチンの治験も受託している。

*3 第I相試験:臨床試験のうち、初めて人体に投与する試験。健康な成人ボランティア(通常は男性)を対象として、主に治験薬の安全性と薬物の体内動態について確認する。

 医薬品開発業界の経験を持つ同社代表取締役社長の筒井祐智氏によると、医薬品開発の本質は「名医の“さじかげん”を再現性のあるレシピにすること」。

 「我々は医薬品開発を通して、データを集めてエビデンス化を重ねて、新たな価値をつくっていく医薬開発のノウハウを蓄積してきました。介護事業を展開するに当たっても同じように、科学的な裏付けに基づいて新たな価値を提供することを目指しました」

 介護部門の独立の時期は、2000年に介護保険法が施行され、既に大手の介護事業者が市場を取り込みつつある頃。相生会も、多拠点を運営するのに制限の多い医療法人ではなく、企業として参入することを決めた。その際「大手と同じ土俵ではなく、我々が強みを持つ領域に近く、かつ、彼らがまだ手がけていない領域」(筒井氏)を探し、ニーズの高まっていた“介護予防”に着目した。

 「身体機能の衰えが中~重度だと個別性が強いのですが、軽度の利用者に向けた運動プログラムであればプログラム化しやすい。その領域なら我々の強みを活かせるのではないかと考え、介護予防をテーマに据えることになりました」

 しかし同時に、エビデンスに基づいて再現性のあるサービスを提供していくには、民間企業単独での事業では説得力が足りないのでは、という懸念もあった。よりサービスの付加価値を高めるために研究機関との連携の必要性を感じたことから、ちょうど2003年にスポーツ科学部を設置した早稲田大学と共同で、介護予防のための高齢者向け運動プログラム・用具の開発や医療費・介護費用削減効果の検証、プログラム推進指導者の育成などに取り組む機関「早稲田大学エルダリー・ヘルス研究所」を設立した*4。そして、翌2004年に早稲田EHAを設立し、研究で得られた知見やノウハウを実装・実証するフィールドとして早稲田イーライフを展開するに至る。

*4 早稲田大学エルダリー・ヘルス研究所としての活動は、2018年度で終了。早稲田EHAは現在、同じく学外連携を推進するプロジェクト研究所「早稲田大学アクティヴ・エイジング研究所」と連携している。

利用者の“やる気”を引き出すしかけ

 2020年12月現在、直営・フランチャイズを合わせて約120拠点を数える早稲田イーライフが目指すのは、単に介護予防のための運動の機会を提供する場所ではなく、利用者に運動習慣を身につけてもらい、その結果として介護を予防できる場だ。そのための施策として、早稲田大学スポーツ科学学術院教授の中村好男氏が監修する運動習慣化プログラム「イーロコモプログラム」を実施している。

 同プログラムの特徴は、筋力の向上などを図る「運動プログラム」に加えて、運動を習慣化するための「行動変容プログラム」、運動の動機づけを支援する「ソーシャルサポート」の3つを合わせて提供することだ。例えば行動変容プログラムとしては、血圧や体温、外出・運動・食欲の有無などを記録する「イーロコモ手帳」を作成し、利用者自身が体調を把握するだけでなく、日々の取り組みを周囲と共有できるようにする(図6)。ソーシャルサポートでは、正しい知識を提供し、トレーニングの必要性を認識してもらうために情報誌「welist」(ウェリスト)を年4回配布。さらに、早稲田大学スポーツ科学学術院の研究者によるレクチャー動画を「週に1本のペースで配信している」(筒井氏)。

 「利用者が手帳に記録して家族やデイサービスのスタッフと情報を共有することは、コミュニケーションにつながります。その中で周りから褒められたり、競争意識を持ったり、自己肯定感を得たりすると、前向きな気持ちで運動を習慣化できるようになるのです。さらに、情報誌や動画を通して『なぜこの運動が必要なのか』という理由や正しい知識、身体のメカニズムを理解することで、『やらされる』のではなく主体的に取り組めるようになります」

図6●「イーロコモ手帳」と情報誌『welist』
体調や外出・運動・食欲の有無、睡眠の状態、最近の「困りごと」などを3ヵ月分、記入していく。年4回発行の『welist』では、「座りすぎの弊害」「高齢期の栄養摂取といったテーマについて、早稲田大学スポーツ科学学術院の研究者などが情報を発信する(写真:森田 純典)

 運動習慣を身につけてもらうには「やる気になってもらうことが大事」(筒井氏)との考えから、このように利用者が前向きな気持ちで主体的に運動に参加できる仕組みを用意している。これらに運動の成果を可視化できるAYUMI EYEを加えることで、利用者のモチベーションを一層、高められる。

医療機器認証を取得し、機能を拡張

 AYUMI EYEは現在、早稲田イーライフに限らず介護事業所や自治体の健康関連イベントなどでも活用されており、利用者や事業者から好評を博しているという。加えて「リハビリ科や整形外科の医師、理学療法士からも『これはいい』という感想が寄せられている」(筒井氏)。

 「介護現場のスタッフは、AYUMI EYEを使えば利用者に分かりやすく説明できるところに価値を感じていますが、医療現場では別の捉え方がされています。細かなパラメーターが出てくるので、例えば手術前/手術後での変化やリハビリの成果を数字で把握できる。場合によっては、そのデータを研究の材料としても使えるのです。高精度なデータを簡単に得られて、自動でビジュアル化までしてくれるのは、今までにない技術だと評価されています」

 こうした専門家からの「医療機器として使用したい」というニーズを受けて、同社は2020年6月、診療報酬算定が可能な医療機器として認証を取得。同年9月に「歩行解析デバイスAYUMI EYE medical」の販売を開始した。

 医療機器版を設定することで「それぞれの現場に特化した機能拡張も可能になる」(勝山氏)。

 「今までは、医療現場向けにより詳しいデータを取れるようにすると介護現場で使いにくくなるというジレンマがありましたが、今後は医療機器版の機能を充実させていけます。通常盤は分かりやすさを第一にしつつ、医療機器版ではデータを抽出しやすくするなどしてニーズに応えていきたいと考えています」

 AYUMI EYEのレンタル料金は、通常版が月額1万円(税別)で医療機器版が2万円(同)。導入コストを抑え、契約期間に制限を設けないことで「気軽に使ってもらえるようにした」(筒井氏)。加速度データは容量が軽く、サーバーへの負荷も小さいため、1つのシステムに紐づけるユーザーの数も今のところ無制限としている。

 同社には、AYUMI EYEの用途を拡大する構想もある。例えば介護領域では、測定データを転倒リスクの判定に使える可能性がある。医療分野では、パーキンソン病の専門医と連携してデータを集める他、「認知機能と歩行状態の関連性の解明にも取り組みたい」(筒井氏)とする。

 「認知機能と歩行状態には密接なつながりがあることが分かってきました。認知機能が低下すると、歩行速度が落ちたり歩幅が狭くなったり、ふらついたりすると言われているのです。データを収集・分析し、その関係を明らかにしたいと考えています」

 精神・神経医療分野で成果を挙げられれば、一般企業の従業員向けメンタルケアサービスとしてAYUMI EYEを提供することも可能だとみている。その他には、さまざまな製品開発にもAYUMI EYEは活用できそうだ。例えば、紙おむつが歩行に影響しないかを検証するのに使える。歩行改善を支援する靴や靴下、サポーターの開発も考えられる。

 現在、同社はAYUMI EYEを事業所単位で提供しているが、今後は個人向けサービスとしての展開も検討する。展示会や早稲田イーライフのアジア進出でアジアにおけるニーズも確認できたことから、海外展開も視野に入れる。

(タイトル部のImage:森田 純典)