あたかもカイコが繭を作るよう

 ここでスキンケア向け製品を例に、膜が作られる過程を見てみよう。ディフューザーを手にしてノズルを肌に向け、スイッチを押す。すると肌は微かにひんやりとした風を感じ、やがて繊維が積層した部分がうっすらと白色に見えてくる(図2)。ディフューザーを動かして覆いたい範囲に膜を作り、ディフューザーを止めて膜を肌になじませると、その部分は素早く透明になる。

図2●ディフューザーから極細繊維を吐出する様子
繊維が肌に向かって飛んでいるのは見えないが、手の甲に繊維が積層されていくにつれて膜が形成されていくのが分かってくる。肌に繊維が付着した時点では白色だが、肌になじませると透明になる

 肉眼では何が起きているのかいまいち分からないのだが、この過程を高速度カメラで撮影すると、ノズルから糸が吐出され、それが積層して膜を形成していくのが分かる(花王が公開している動画1動画2)。短繊維を吹きつけているようにも見えるが、これは、螺旋を描きながら吐出されていく1本の長繊維が部分的に光を反射しているため。長繊維は短繊維と異なり交絡させる工程が要らず、部分的に抜けて強度が低下する恐れもない。長い1本の繊維が幾重にも折り重なり、面を作り出していく様子は、あたかもカイコが繭を作るようだ。膜を形成する際は、スキンケア用途に限らず基本的に同じ過程を経る。

 Fine Fiber Technologyで形成した膜(以下、ファインファイバー膜)は、中央から縁へ向かうほど薄く、肌との境目が分かりにくい。端面がないから肌が何かに触れても引っ掛からず、剥がれづらくもなる。加えて、膜を形成した指の関節を曲げ伸ばししても違和感なく追従するほどの柔軟性を備える。さらに、製剤を塗った後に膜で覆えば、製剤を均一に広げて保持し、繊維の隙間から適度に水蒸気を通すので完全に閉塞することもない。

 これらの特性は全て「繊維の細さに起因する」と語るのは、Fine Fiber Technologyの開発を担当した研究開発部門 加工・プロセス開発研究所 グループリーダーの東城武彦氏だ(写真1)。紙おむつや清掃用シートなどに用いられる不織布の研究で得たノウハウを生かし、新技術を実現した。

写真1●花王 研究開発部門 加工・プロセス開発研究所 グループリーダーの東城武彦氏

「繊維が20~30層重なって1枚のファインファイバー膜を構成していて、厚さは5μ~10μm*2。皮膚の角層が約20μmですから、ファインファイバー膜はその半分以下ということになります*3。繊維が細くなると、肌と接する面積が増えて密着性が向上する上、肌の動きに追従する柔らかさが生まれます。そして、この技術の最大の特徴である『毛管力』が高まるのです」

*2 吹き付ける時間やディフューザーの動かし方などにより、膜の厚さは制御できる。
*3 角層:表皮は、外側から「角層」「顆粒層」「有棘(ゆうきょく)層」「基底層」の4層から成る。このうち角層は、肌へのほこりや菌の侵入を防ぐ、体内の水分が過剰に蒸散するのを防ぐ、保湿するといった役割を担う。

 毛管力とは、物体内の狭い隙間が液体を吸い込む力。繊維が細いほど繊維間の隙間が小さくなって毛管力も高まり、肌にぴたっと密着する。化粧品で用いられる粘度の高い製剤でも、均一に広がるそうだ(図3)。化粧品には従来、肌表面に製剤を均一に広げて、かつ、その状態を持続させるのが難しいという課題があったが、ファインファイバー膜はそれを解決できる可能性がある。

図3●ファインファイバー膜に製剤が広がるイメージ
水色に着色したモデル溶液を用いている。繊維の隙間に製剤を広げて保持する(出所:花王)