子どもたちが楽しんで取り組めるリハビリを──。このようなコンセプトで開発が進められてきた「デジリハ」のベータ版(「デジリハ(β版)」)が、2020年11月から公開されている。

 デジリハは、リハビリを必要とする障害や病気のある子どもたちに向けたシステム(関連記事:子どもに楽しいリハビリを──「デジリハ」とは何か?)。子どもたちのリハビリへの意欲や関心を喚起するために、デジタルアートやゲームの要素を盛り込んだことが最大の特徴である。Windows 10搭載のパソコンで動作する。公式ホームページにてユーザー登録の後にダウンロードできる。

 個人向けと法人向けの2種類があり、個人向けのβ版は2021年3月末まで無料で利用可能。法人向けは1事業所あたり月額5万円(税別)。なお春以降に提供開始予定の正式版では個人向けが月額1000円(税別)となる見込み。法人向けはプランの追加も含めて変更の可能性もあるとする。

 企画・開発を手がけているのは、NPO法人のUbdobe(ウブドベ)。2017年に日本財団による「ソーシャルイノベーションアワード」で優秀賞を獲得、支援を受けつつ開発とリハビリ現場での試験利用を進めてきた。また2020年からはトヨタ財団の支援を受け、デジリハがリハビリを必要とする子どもたちのQOL(生活の質)やモチベーションにどのような影響を与えるかについて、検証を進めている。

 Ubdobeは3月末までの間にユーザーからのフィードバックを広く募り、今春以降に展開する予定の正式版に反映させる計画だ。また今後は、成人や高齢者の利用も視野に入れた事業展開を進めるという。

アートやゲームでリハビリの動きを促し意欲を喚起

 デジリハには2020年12月現在、11種類のアプリが用意されている。リハビリを行う子どもたち(デジリハでは「プレイヤー」と呼ぶ)は、手指、腕の動き、視線、骨格の動きなどを検知できるセンサーを通じて、アプリ上のキャラクターなどを操作する。アプリはいずれも、通常のリハビリで実施する動きを促すように設計されている。

 プレイヤーの動作をセンサーが捉え、それに応じてキャラクターなどの挙動が変化する。また、獲得できるスコアの数やステージの難易度などで目標や達成度を明示する。これにより、リハビリに対するモチベーションが喚起されるように工夫した。「子どもを主体に据えつつ『楽しいリハビリ』を実現することを目指した」。Ubdobeの仲村佳奈子デジリハ事業部ゼネラルマネージャーはこのように語る。

NPO法人Ubdobeの公式YouTubeチャンネル「Ubdobe TV」からデジリハの解説ビデオ。子どもたちによるアプリ操作の様子がわかる
※動画が見れない方はこちら

時間や場所に制限されずにリハビリできる

 デジリハの個人向けは、家庭内に設置されたパソコンの前で遊びながらリハビリに使うことを想定。法人向けは、病院やリハビリ施設などで、リハビリのツールの1つとして使われることを想定した設計となっている。なお、法人向けではプロジェクターを利用して壁面や床面にプレー画面を投影する、あるいは大型ディスプレーに接続して映し出すことによる遊び方を推奨している。

 個人向けと法人向けの主な違いは、利用環境に応じて使用できるセンサーおよびアプリの種類。個人向けは手指を検知するセンサー、手・腕・足の動きを感知するセンサーなど3種類に対応した。法人向けでは施設内の大部屋などをリハビリに使うことを想定し、レーザースキャナーによる測域センサーや、骨格の動作を検知できるセンサーを含めた全5種類に対応する。

アプリ「もぎゅっと!フルーツ」の画面例。手指の動きを感知するセンサー端末「Leap Motion」を使って遊ぶ。手をグーパーさせながら、実ったフルーツを収穫するアプリである。手の運動だけでなく、指定されたかごにフルーツを入れるといった動作を通じて認知機能を鍛える目的にも活用できるという(出所:Ubdobe)

 個人向け、法人向けのいずれでもセンサーはユーザーが別途購入する必要がある。法人向けについては先着の50ユーザー限定でセンサーを無償で提供するとしている。

 子どものリハビリは、残存する身体機能を維持・向上させるうえで必須の取り組みだ。一方、Ubdobeが障害や疾患のある子どもを持つ保護者に調査した結果によれば、192人のうち41.2%が「リハビリを行うための時間の捻出やスケジュール調整」について難しさを感じていると回答している。Ubdobeは個宅でも利用できるデジリハを通じて、こうした親世代が抱える実務的な課題にも応えられるとする。

Ubdobeが調査した「小児リハビリテーションに関する実態調査」の結果。2020年6月23~30日にネット上でアンケートを実施した。グラフは設問「お子さんのリハビリを継続して行ううえで、あなたが難しく感じていることに当てはまるものをすべてお選びください」に対する回答(複数選択、N=192)(出所:Ubdobe)

リハビリツールとしての機能性を向上

 デジリハにはリハビリのツールとしての機能性を高めるために、様々な工夫が盛り込まれている。主な工夫点の1つは、プレイヤーである子どもそれぞれの状態に合わせた適切な遊び方ができるよう、細かく設定ができるようにしたこと。難易度の設定、アプリのBGMのオン・オフ、アプリで登場するオブジェクト(物体)の大きさなどが調整できる。

 例えば、健常者の子どもと遜色なく身体が動かせる子どもが遊ぶ場合は難易度を上げ、身体の機能に制限がある子どもの場合はセンサーの感度を上げて遊びやすくする、といった調整が可能だ。「その子どもの状態に寄り添いつつ、かつリハビリとして効果的な遊び方ができるようにした」(Ubdobeの仲村氏)。

 センサーの選定やアプリの設定方法も含めて、Ubdobeでは子どもにデジリハをプレーさせるうえで、リハビリを担当している理学療法士や作業療法士などのアドバイスやサポートを受けることを推奨している。「リハビリが必要な子どもたちは、健常者の子どもよりもけがなど二次障害のリスクが高い。その点も含めて、リハビリとしての効果を有効に得るには、専門家の視点を加えることが望ましい」(同)ためだ。

健常者の子どもを交えた「ワンチーム」で開発

 アプリの開発に当たり、Ubdobeでは当事者であるリハビリが必要な子どもたち、そして健常者の子どもたちが一体となって開発する枠組みを整えた。これにはUbdobeの代表理事であり、デジリハの発案者の1人である岡勇樹氏の「偏見のない社会は、健常者と障がい者がお互いをよく知ることから始まる」という考え方が反映されている。

 健常者の子どもたちは「デジリハLAB(デジリハラボ)」というUbdobeが運営する枠組みを通じて、アプリの企画・設計に参加する。デジリハLABにメンバーとして参加する子どもたちは、「キッズクリエイター」と呼ぶ。

 例えば、現在11種類あるアプリの1つ、「ブンブンうさぎボート」は、リハビリに取り組んでいるある子どもを対象に開発した。「キッズクリエイターがリハビリを必要とするお子さんにヒアリングしながらアプリのアイデアを出していった」(仲村氏)。ブンブンうさぎボートは画面の上から降ってくる物体をキャッチするゲームアプリ。降ってくる物体のデザインには、そのリハビリが必要な子どもの意見を反映させた。その子どもが特に好きな食べ物(焼きとり)をキャッチできると、ほかの物体よりも高いポイントが得られる。

アプリ「ブンブンうさぎボート」の画面例。身体をひねってうさぎを左右に動かし、上から落ちてくる物体をキャッチする(出所:Ubdobe)

 アプリにリハビリとしての機能性を持たせながら実装するのは大人の役割だ。デジリハの開発チームには理学療法士や作業療法士などの国家資格保有者が加わっている。「リハビリを知る専門職が関わり、『リハビリの現場でどう使えるか、子どもたちにどういう配慮が必要か』といった観点で議論をしながら実装している」(仲村氏)。

試験を重ねてより効果的なアプリを目指す

 厚生労働省の資料によれば、2018年時点で、19歳以下の小児慢性特定疾患患者数は11万人以上いる(出所:厚生労働省「平成30年難病対策及び小児慢性特定疾患対策の現状について」)。先にも触れたように、リハビリは子どもたちの生活能力の確保には欠かせない活動だが、決して楽なものではない。

 そのため、エンターテインメント性を持たせたデジリハには期待の声が寄せられている。2017年からの開発期間中にも、試験利用をしているユーザーから様々なフィードバックがあったという。

 試験利用ユーザーの1人、作業療法士の工藤隆一氏(ユディパース取締役副社長)に話を聞くことができた。「デジリハを設置すると、子どもたちが勝手に寄ってきてくれる」と工藤氏は語る。

 工藤氏は作業療法士として約9年のキャリアを持ち、子どもの発達支援や放課後等デイサービスなどを手がける施設「ステップアップスペース なっつ」(千葉県柏市)の経営にも携わっている。子どもの発達支援に使えるツールを探し求める中でデジリハのことを知り、現場で試験利用を重ねてきた。

 プロジェクターでデジリハのアプリの画面を投影すると、「何これ?」と子どもたちが自然と寄ってきて、「やってみたい」とアプリで遊ぶ流れになりやすいという。「デジリハは子どもの興味を引きつけやすい。子どもにとっても、また作業療法士としてもストレスがなく、非常に有り難い」(工藤氏)。

 デジリハを試験利用する中で、リハビリ的な効果と思われる兆候が観察できたという。工藤氏が一例として紹介するのが、視線の動きを検知するセンサーを使ったゲームアプリの「視線でバキュン!」だ。

 発達障害を持つ子どもには眼球運動を苦手とするケースがある。そのような子どもには、「ビジョントレーニング」と呼ばれる目で対象物を見る力を養うトレーニングが、運動や勉強など日常活動の質を高めていくうえで重要である。

 「適切なビジョントレーニングを実施するには、首の動きを固定するといった工夫が必要。一方、このデジリハのアプリでは、画面上にポインターが目線に対応して表示され、きちんとした眼球運動が促されやすい。確証的なことはまだ言えないが、これまで現場で使ってきた印象としては、(リハビリツールとしての有効性について)確かな感触を得ている」(工藤氏)。工藤氏は自身の経験も踏まえて、Ubdobeと業務委託契約を結び、今後は法人向けのデジリハの導入支援にも携わっていくという。

 Ubdobeではデジリハのリハビリ効果について学術的な検証を進めている。1つが筋ジストロフィーを持つ子どもへの適用効果の検証である。スポーツ科学の研究を行っている順天堂大学発育発達学・測定評価学研究室の鈴木宏哉氏(先任准教授)の助言を得ながら、デジリハが筋ジストロフィーを持つ子どもの可動域にどのような変化を及ぼすか検証していくという。また、先に工藤氏が挙げたような発達障害の子どもへの適用効果について、効果を実感している作業療法士らがほかにもいるという。あるグループでは大学病院の支援を受けながらデジリハのより効果的な適用方法の検討を進めているとする。

「リハビリではない目標」に人生の可能性を見いだすきっかけに

 Ubdobeはデジリハを通じて、従来のリハビリとはまた異なる新しい未来を展望する。例えばセンサーのデータからプレイヤーの状態を検知し、個々のプレイヤーに適したアプリの遊び方を推奨する、といった利用シーンを描いているという。また、子どもたちの動作のデータを取得しそれを分析することで、子どもたちのリハビリに関する新たな知見を得る可能性も模索している。「データの取得方法など検討事項があるため確定的なことは言えないが、実現に向けて様々な手立てを探っていきたい」(仲村氏)。

 デジリハの企画段階から加わっている中心人物の1人、Ubdobeの加藤さくら氏は福山型筋ジストロフィーの患者の次女を持つ。加藤氏は次のように語る。「通常の子どもであれば、何かを言わなくても勝手に遊びに行くもの。むしろ、遊ぶのが子どもの仕事だ。なのに、(病気や障害を持っている子どもの場合は)療育の必要性があるために、遊びの要素がどうしても少なくなる。もちろん、子どもたちが生活していくためにはリハビリは必要。ならば、リハビリ自体も楽しくできたら良いのではないか、というのが発想の根底にあった。これはデジリハのスタート地点でもあり、また同時にゴールでもある」。

 リハビリは「取り組むべきもの」という前提のもとで議論されることが多い。一方、当事者である子どもたちも、本人の意志というよりは「せざるを得ないからする」という姿勢で、仕方なく取り組んでいるであろうことは想像に難くない。

 翻って、子どもは「楽しい」「面白い」「きれい」と感じられる物事に対して素直に反応し興味を持つものだ。Ubdobeの仲村氏は、「リハビリをすること」に終始しがちな子どものリハビリに一石を投じたいとの趣旨を語る。「デジリハがリハビリの現場に浸透することで、『お友達や兄弟と一緒に遊べるようになりたい』といった、回数や可動域といった数字などではない、子どもらしい目標が子どもたちの内側に芽生えてきたら嬉しい」(仲村氏)。

 子どもたちが喜ぶ新しいアプリの開発も順次進行中だ。試験利用ユーザーからの要望が特に多かった対戦型アプリの企画を進めているという。仲村氏は「複数人で遊べるアプリが増えれば、リハビリに取り組む子どもたち同士の交流が促される可能性がある」と展望する。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)