高齢者や身体障害者を積極的に取り込み、新しい価値創造につなげようとするアプローチがある。それが「インクルーシブデザイン」だ。

 少子高齢化が進む中、医療・健康分野をはじめとした社会システム全般を大きく変革させる必要性が強く叫ばれている。ただ、その議論の中で共通するのは、高齢者はもちろん身体障害者も含め、いわば“不自由な境遇にある人々“として「保護すべき対象」とみなしていること。言い換えれば、「このような人々は身体的な制限があるため、健常者や現役世代によるサポートが必要」という暗黙の了解があるわけだ。

 一方、民間企業や自治体などの間では、高齢者や身体障害者を積極的に商品やサービスの企画・開発活動に招き入れようとする手法が注目を集めている。その手法とは「インクルーシブデザイン」。高齢者、身体障害者、3歳以下の子供連れの母親、外国人など、いわば標準的ではない人を、商品やサービスの開発に積極的に巻き込む(インクルードする)手法のことを指す。

 インクルーシブデザインそのものは英国ケンブリッジ大学が提唱した手法である。日本国内ではコンサルティング会社のインクルーシブデザイン・ソリューションズが「インクルーシブデザイン・ワークショップ」と称してコンサルティングサービスや研修サービスを展開中だ。ケンブリッジ大学のインクルーシブデザインに、近年話題の「デザイン思考」のプロセスを組み合わせ、日本組織の現場に適用しやすいようアレンジしたという。

東京のインクルーシブデザイン・ソリューションズ社内で開催したワークショップ体験会の様子。参加者らはリードユーザを交えて課題を発見・整理し、解決策のアイデアを練っていく(出所:インクルーシブデザイン・ソリューションズ)

 同社は無料のインクルーシブデザイン体験会を定期的に開いており、参加人数は延べ約2万5000人、企業数にして約380社。実務に応用し商品化につなげたケースもある。大手日用品メーカーの花王は2019年4月から販売開始した家庭用衣料洗剤「アタックZERO」に、インクルーシブデザイン・ワークショップの考え方を適用した。パッケージのハンドル部分に工夫を凝らしており、片手で軽くプッシュすることで洗剤が出る。加えてハンドルの押し具合や「ピュッ」という液体が出る音の具合で、出す洗剤の量を調整できることもポイントだ。いずれの特徴も、パッケージデザインの際に高齢者や身体障害者の意見を取り込み反映させたものである。

 インクルーシブデザイン・ワークショップでは高齢者や障害者を「リードユーザ」と呼んでいる。インクルーシブデザイン・ソリューションズ社長の井坂智博氏は、その理由を次のように語る。

 「障害者の方々は身体的な制約があったり、五感の一部が限られていたりするが、これは私たち健常者が高齢化によって起きる現象を先取りしていると解釈できる。つまり、私たちもいずれはそうなる可能性がある、という姿を先に見せてくれている存在だ。さらには、高齢者や身体障害者の生活を観察していくと、これから迎える超高齢社会の課題が見えてくる。そこで『時代を先取りしている人々』という意味を込めて、リードユーザと呼ぶことにした」。

 手法の中身はデザイン思考の考え方に基づいており、「観察・共感」「問題定義」「アイデア」「プロトタイプ」「テスト」という5つのプロセスで構成する。最初のプロセスである観察・共感では、リードユーザが生活したり商品を使ったりしている様子を外部から観察しつつ、インタビューする。リードユーザの目線に立って体験したうえで話を聞くことにより、従来の製品やサービスについて今まで気づかなかった使いにくさを発見できるわけだ。

 その後のプロセスでは、発見した課題を抽出して試作品をつくり、ワークショップ参加者同士で互いに発表し合いながら磨き上げていく。この間も参加者はリードユーザと積極的に関わる。これにより、通常のアプローチでは得られない視点を取り込むことが可能になる。