個人が自分の遺伝子情報を知る──。そんな「パーソナルゲノム」の時代が到来した。かつては遺伝性疾患の診断に使われてきた遺伝子検査が、個人向けに提供されるようになった。こうしたサービスの登場で、最近では、個人が自分の遺伝子情報から疾患リスクや体質を知った上で、健康づくりに役立てる動きが出てきている。

 実際、米国で遺伝子検査を受けた人の数は、特に2018年以降急激に増加した。解析コストが下がっていることや、遺伝子研究が進んで検査で分かることが増えたことで、需要が増していると見られる。かつては100億円かかっていた全ゲノム解析が今やわずか数万円で可能になり、いずれは1万円で解析できる“100ドルゲノム”の時代が訪れるだろうといわれるほどだ。

米国における遺伝子検査を受けた人の推移(写真:メディア向け説明会のオンライン画面キャプチャー、以下同)

 国内では、ジーンクエストがいち早く、2014年に個人向けゲノム解析サービスを提供し始めた。唾液を検体とし、体質や健康リスクが解析できるサービスである。

 パーソナルゲノムの時代には、遺伝子情報はどんな領域に活用され、どのようなサービスに応用できる可能性があるのか。ジーンクエスト 代表取締役 兼 ユーグレナ 執行役員の高橋祥子氏は、2021年2月5日に開催された「ゲノム解析が医療・ビジネスへ引き起こすイノベーションと未来の可能性」と題したメディア向け説明会に登壇し、ゲノム解析の動向について解説した。

ジーンクエスト 代表取締役 兼 ユーグレナ 執行役員の高橋祥子氏

生活習慣の改善・疾患予防も個別化へ

 そもそもゲノムとは、ある生物を構成する全遺伝子情報のことである。ヒトの場合は30億の塩基対でできている。2003年にヒトゲノムが解読されて以来、これまでにさまざまなことが分かってきた。

 例えば、ヒトとチンパンジーのDNAの違いはわずか1%で、ヒト同士のDNAの差は全体の約0.1%とされている。つまり1000個に1個の割合で塩基が違うことによって、顔貌や性格、疾患リスクなどの遺伝的個性に違いが生まれている。ジーンクエストなどが提供するゲノム解析サービスでは、その違いを解読しているというわけだ。

 DNAと遺伝子の違いは、DNAがデオキシリボ核酸という物質であるのに対し、遺伝子はDNAが構成する情報のことを指している。これは、「DNAがCDなら遺伝子は録音されている音楽のことで、DNAが本なら遺伝子は中に書かれているストーリーのこと」と高橋氏は説明する。ゲノム解析サービスでは、DNAを解析することによって遺伝子情報を読み込んでいる。

DNAと遺伝子の違い

 こうした遺伝子情報を解析することで、(1)オーダーメイド医療の実現、(2)疾患リスクの回避、(3)個人の適正を知る、といった応用が考えられる。(1)のオーダーメイド医療は、既にがんの治療で始まっているが、「今後はがん以外の疾患や、睡眠・食事・栄養といった生活習慣の個別化サービスにも波及するだろう」と高橋氏は見る。

 (2)の疾患リスクの回避は、リスクを知ったうえで正しい健康づくりをすることで、発症を予防することである。ジーンクエストのサービスでも、リスクを下げるための生活習慣をアドバイスしているという。

ジーンクエストが提供する個人向けゲノム解析サービスの結果画面の例。リスクの高い疾患の詳細とその予防策が記載されている

 (3)の適正とは、例えば、スポーツをする場合に、瞬発系の種目が適しているのか持久系の種目が適しているのかなどを知ることができる可能性のこと。ただ、この領域についてはまだ十分に研究が進んでおらず、今後エビデンスを構築する必要があるとした。

 一方、遺伝子情報を知ることで、結果自体が精神的負担になったり、差別を助長したりする恐れもある。例えば、精神疾患になりやすいという結果は、その情報自体がストレスとなる可能性があるため、結果を通知する際にはカウンセリング体制を整える必要があるという。差別への対策としては、米国では過去に、企業の採用試験や保険の加入時に遺伝子情報の提出が求められた事例があり、遺伝子差別を禁止する法律を10年以上前から整備している。

生活習慣次第で予防できる疾患を対象に

 ジーンクエストが提供するような個人向けゲノム解析サービスでは、遺伝要因と環境要因の双方が寄与する多因性疾患のリスクを検査対象としているという。

 疾患や体質は、遺伝要因または環境要因が影響するものだが、どちらがどれだけ影響するかは疾患によって異なる。例えば、家族性乳がんは遺伝要因による影響がほとんどだとされているが、肺がんは遺伝要因が10%で、残りはストレスや食事、喫煙などの環境要因が影響していることが分かっている。

ジーンクエストが提供する個人向けゲノム解析サービスの結果画面の例。疾患に対する遺伝要因の影響度が明記されている

 個人向けゲノム解析サービスが多因性疾患を対象にしているのは、「環境要因も影響するからこそ、生活習慣次第で予防ができるから」と高橋氏は話す。一方、遺伝性疾患は、特定の遺伝子を持っていればほぼ確実に発症するといわれているため、検査すること自体が診断行為になってしまうので対象にしていない。

 ジーンクエストのサービスは、検査キットを使って自宅で採取した唾液を郵送してもらうと、約1カ月で遺伝子情報の結果がWebサイト上で確認できるというもの。唾液の中からDNAを抽出し、DNAマイクロアレイという手法で遺伝子配列が違う場所を読み込み、既存のデータと比較するという解析を行っている。体質や健康リスク、祖先の情報など300項目以上を検査することができる。健康リスクの高い疾患については、病気の詳細情報や予防のためにできることなどの情報を提供している。

検査キットイメージ

 個人の遺伝子情報の配列は一生変わらないとされているが、配列に対する解釈や知識は日々の研究でアップデートされる。そのため、月に一回程度、新たに分かるようになった項目や最新論文の紹介などの情報もWebサイト上で発信しているという。

検査の概要

薬局との連携サービスの実証実験を開始

 こうしたサービスで蓄積されたゲノムデータは、多様な用途で活用できそうだ。遺伝子情報は疾患以外の領域についても研究が進められているため、「さまざまなヘルスケア領域で応用され始めるだろう」と高橋氏は見る。

 既に、多くの製薬企業や食品企業がゲノムデータを保有する企業との共同研究を進めているという。例えば、ジーンクエストは伊藤園と共同で、お茶に含まれるカテキンの健康効果と遺伝子の関係について研究を行っている。

 さらに同社は、薬局との連携サービスについて2021年2月9日から実証実験を開始する。個人向けゲノム解析サービスで薬剤応答性について調べ、その結果を薬剤師が説明するという取り組みを試験的に行うという。

薬局連携サービスの概要

 2018年には、遺伝子レベルで寛げる家「GENOME HOUSE(ゲノムハウス)」のコンセプトをパナソニックの社内デザインスタジオ「フューチャー・ライフ・ファクトリー」、マッキャン・ワールドグループ ホールディングスと共同で具現化した。睡眠と遺伝子の関係に応じて起きやすい時間を設定できる照明システムや、肌質と遺伝子の関係に応じて保湿性を調整できる寝具の提案など、これまでの研究で明らかになっている要素をふんだんに盛り込んだ。

ゲノムハウスの概要

 このほか、世界の動向として最近は、「Precision Nutrition(プレシジョン ニュートリション)」という考え方が疾患予防のアプローチとして注目され始めているという。遺伝子情報で明らかになったリスクに合わせて、個人の適切な食事を提案し、発症リスクを低減させるという考え方で、海外ではPrecision Nutrition事業を展開する企業への出資が相次いでいるようだ。

 このように多様な応用ができるゲノム情報を適切に社会に役立てるため、ゲノム解析サービスを提供しながら蓄積したデータで研究を進めるというスキームで、「さまざまな社会問題を解決していきたい」と高橋氏は意気込む。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)