人生100年時代──。急速に少子高齢化が進む日本は、2050年には人口が約1億人にまで減少し、65歳以上の高齢者が総人口の約4割を占めると予測されている。これほどの数になると健康長寿社会を医療だけで実現するのはできそうもない。地域コミュニティの中で元気に人生を楽しむ高齢者を増やしていかなければならない。そのために求められるのが、暮らすだけで健康になれるまちづくりだ。千葉大学予防医学センター教授で、20年にわたる大規模な健康調査データを予防政策の科学的根拠に活用している一般社団法人日本老年学的評価研究(JAGES)機構の代表理事を務める近藤克則氏に、そんなまちづくりの在り方を聞いた。

(聞き手は下部 純子=日経BP 総合研究所 ライター)

千葉大学予防医学センター教授で、日本老年学的評価研究(JAGES)機構の代表理事を務める近藤克則氏。20年にわたる大規模な健康調査データを予防政策の科学的根拠に活用している(写真:新関 雅士)

JAGES機構は健康長寿社会を目指した予防政策の科学的な基盤づくりを目的とした研究で、2016~2017年度には全国の41の市町村と共同で約30万人の高齢者を対象にした調査を実施し20万人から回答を得ています。こうしたJAGESのデータから予防政策のエビデンスが生まれ、まちづくりの分野でも活用されています。

 今まで健康という分野は、健康の専門職や健康政策に関わる人たち以外には、自分たちが関わるとはあまり思われていませんでした。医療というのは病気になった後の話です。それ以前に、健康がどのように決まっているのか、病気にならないためにはどうしたらいいのかという視点で掘り下げていくと、まちや社会のつくり方がとても大事であるとわかってきました。

 最近では、国土交通省もこの点に注目し「健康医療福祉のまちづくり推進ガイドライン」を公表したり、まちづくり分野のソーシャルインパクトボンド(SIB)のモデル事業でも成果の一つとして健康を意識したり、健康とまちづくりが近いテーマになってきています。

 WHO(世界保健機関)の言葉に“Health in All Policy”、すなわち「すべての政策に健康を」があります。これは、健康な社会を創ろうと思ったら、いろいろなセクターのすべての政策を通じて、総合的に創り込まなければならないという考え方を表現したものです。例えば子どもの健康であれば、学校での給食も大事ですから、文部科学省にかかわってもらう。スポーツで健康増進ならスポーツ庁、健康に良い商品やサービスを展開するなら経済産業省といった具合に、健康という分野は厚生労働省が管轄する政策だけではカバーできないんです。そのことが、“Health in All Policy”という言葉に表れています。

JAGES機構は、研究成果を社会に発信していますが、どのような活動をされているのでしょうか。

 実は、もう20年にわたって自治体と共同して大規模な高齢者データを収集し研究をしています。そのデータの分析結果を自治体の課題解決や介護保険事業計画の策定に使ってもらう。厚生労働省やスポーツ庁など国の政策文書にも使っていただいています。

 20年という長期にわたってデータを収集し自治体や政府の政策立案に使われる形で研究成果をフィードバックしたり、共同研究を続けているケースは、国際的にもあまりないそうで、そのノレッジ・トランスレーション(knowledge translation、知見の政策や実践への活用)の取り組みを紹介する本がWHOから出版されました

* Kondo K, Rosenberg M, editors. Advancing universal health coverage through knowledge translation for healthy ageing: lessons learnt from the Japan Gerontological Evaluation Study. Geneva: World Health Organization; 2018

地域間の健康格差を見える化する

調査データを使って健康格差の見える化に取り組んでおられますが、研究を始めたきっかけはどのようなことだったのでしょうか。

 私は臨床医として脳卒中の患者さんを診ていました。当時、世間は好景気で生活保護の受給者の割合は1000人中に何人いるかというパーミル(‰)で算出していました。しかし私の患者さん、つまり脳卒中の患者さんにおけるその割合は100人中4~5人もいた。それに気づいたとき、豊かになった日本でも、いまだに貧困と病気の間に何か関係があるかもしれないと思ったのです。

 とはいえ、臨床医の立場では検証できませんから、自分自身の宿題としていました。その後、大学に席を移してから、その宿題に本格的に取り組みました。すると、低所得者層の要介護認定率は高所得者層の実に5倍高いという結果が明らかになったんです。これには正直驚き、その要因と対策を探ることを、研究テーマに据えました。

 やがて健康格差には、所得や学歴などの社会階層間のものだけでなく、「転びやすいまち」や「認知症になりやすいまち」など、地域間にもあることに気づいたのです。

調査に参加する自治体にとっては健康課題が把握できるので、メリットは大きそうです。

 調査は、1999年に愛知県の2つの自治体で始めて以来、徐々に全国に広がりました。2016~2017年度は41市町村、2019年度には60市町村を超えました。自治体にしてみれば、結果が「幸せを感じている人が最も多いまち」となれば嬉しいですし、「認知症の発症率が高いまち」となれば複雑です。データを公表したくないという自治体もあれば、データで課題を把握して対策を考えたいという自治体もある。反応はさまざまです。

JAGESの「健康と暮らしの調査」のフィールド。質問用紙を郵送して調査する。自治体との共同研究のため、回収率は7割前後と高く、要介護認定などのデータと結合した縦断追跡研究ができる。得られたデータは他の自治体のデータと比較したり要因分析をしたりできる「見える化」システムに載せて、自治体に戻される(出所:JAGES)

 明らかになった健康課題は、個人レベルだけではなく、まちレベルで解決する方法も考えることが重要です。なぜなら、個人レベルに結果を返して解決しようとしても、健康に無関心な人たちは反応しないという問題があるからです。自分の健康に無関心な人たちはおよそ3割いるといわれています。とりわけ、低所得で日々の生活に追われている人たちは、健康診断よりも仕事を優先せざるを得ない。だから健診の受診率が低い。

 しかし、こういう人たちこそリスクが高く、治療が手遅れになってしまう恐れがあります。つまり、個人への働きかけだけでは有効な手立てにならない恐れがあるのです。環境に働きかけて変えることにより、そこに暮らす人全員に恩恵が及ぶまちレベルの取り組みと組み合わせる必要があります。