「京介食」という言葉をご存知だろうか。会食ではなく介食だ。誰にとっても食べやすく、そして美味しい。和食のユネスコ無形文化遺産登録に尽力した京都の料理人たちと、摂食嚥下問題に取り組む医療関係者が手を組み生み出した新たな食のブランドだ。京介食推進協議会の会長、荒金英樹医師に聞いた。

細部にこだわりつくした「京介食」(提供:京料理 せんしょう)

 シックな重箱におさまった里芋や魚の煮付け、それを盛る器など、見た目にはなんら違和感のない美味しそうな「和食」だ。ところがこれ、それこそ重箱の隅をつつくような細部にこだわって作った介護食なのである。

 それぞれの料理は色も形も美しく、素材そのものがもつ美味しさをぞんぶんに表現している。ところが、これらすべては口に入れるとふわりととろけるように加工されており、咀嚼や飲み込みに自信のない方でも食べやすいように配慮されている。

 また、器へのこだわりも秀逸だ。例えば右奥の扇型の皿を、目を皿のようにしてよーく見ていただきたい。扇の要の部分が一部奥まって、返しをつけた形状になっている。スプーンですくうとき、ここに料理を追い込み、返しを使って最後のひとさじまで苦なくすくうための工夫だ。

 加齢や疾病による機能低下のために、咀嚼や飲み込みがうまくいかくなる。摂食・嚥下障害は、なにも特別なことではない。誰にだって起こりうる。

 プロジェクトを手掛ける京介食推進協議会の会長・荒金英樹医師(愛生会山科病院・消化器外科部長)はこう説明する。

 「我々は、日常何気なく食物を口に入れて噛み砕き、飲み込んでいます。しかしこれは、一般の方が思われているより複雑な行為です」

 口に含んだ食物を舌でまとめながら噛み砕き、口内の運動によってそれを喉まで運び、飲み込むときは気管に続く弁を閉じ、食道の蠕動によって胃に運ぶ。咀嚼、嚥下はかように緻密な作業だ。

 「何らかの事情で、嚥下が難しくなった場合、ミキサー食などが提供されます。食事の物性が重要視され、どうしても味や見た目には配慮が行き届かないのが現状でした。そこに問題意識を持った有志が集まって研究を初めたのが9年ほど前でした」(以下、「」内は全て荒金氏)

ユネスコ向け文化遺産級の介護食

 プロジェクトの産声があがったのは10年前。摂食・嚥下障害への取り組みは、それまで病院や介護施設によって独自に取り組みが行われていた結果、バラバラで情報の共有や連携の障害になっていた。しかし、積み上げた技術や情報を共有しなければ、大きな発展はない。

 「京都と滋賀の有志が集まって、『京滋 摂食嚥下を考える会』を立ち上げました。その少し前には『ミシュラン京都』が始まり、さらに和食をユネスコ文化遺産にしようとする運動が京都を中心に始まったころでした。つまり、食、特に和食を見直そうとする機運が高まっているころだったのです」

 飲み込みに不安をかかえる人たちでも楽しんで食べることができる食品を作る。そしてどうせなら自分たちが食べても美味しいと思えるもの。そんな食品を作ろうと、プロジェクトは始まったのだった。

 「京都の料亭などに打診するなど、様々なルートで協力を仰ぎました。最終的に手を上げてくれたのが和食をユネスコ無形文化遺産にしようと活動している『日本料理アカデミー』さんでした。2012年から開発が始まり、嚥下食による京懐石がお店で提供できるまでになりました」

山あり谷ありの開発秘話

 ミキサーにかけドロドロにした食品は飲み込みやすいかもしれないが、「美しさ」や「季節感」など、人間の感性に響く部分では力を発揮できない。食事はただ満腹になればいいというものではない。目の前の食べものを見て、「美味しそう」「ワクワクする」「食べたい」と感じることは生きることそのものと言っていい。

 ただ、手を組んだのが和食のプロと、医療のプロだ。両者を結びつけるバイリンガルはいない。当初は思いを伝えるのにも苦労があったという。

 「例えば『凝集性』という言葉。口の中で食物を咀嚼し、これを飲み込みやすいサイズにまとめる必要があります。そのときのまとまりやすさを凝集性という。これがないと、適切なサイズのショッカイケイセイができない」

 荒金氏の話に出てきた、「ショッカイケイセイ」は「食塊形成」と表記する。こちらは読んで字のごとく、食物の塊を口の中で作り上げることだ。

 医師側の専門用語を料理人が理解するのは一苦労。その逆の現象も当然起こった。

 「とくに京都の料理は、季節感を大切にします。食材それぞれについて出していい季節が決まっています。また食器の並べ方や色合い、料理の組み合わせ、 食材の下処理の手順などなど、各お店の伝統やしきたりが細かく決まっていて、これを理解するのに苦労しました」

 試食作り直しを繰り返し、足掛け7年でようやく「京介食」の全体像が見えてきた。すると欲も出る。

器にもこだわりつくす

「京介食」ブランドの器(提供:京介食推進協議会)

 この皿、奥に向かって返しがついている。冒頭で紹介したように返しの部分にスプーンで食物を寄せ、すくい上げやすくするための工夫だ。開発を担当したのは京都を代表する清水焼の職人たちだ。

 ところが陶器職人と医療者の間に微妙なズレがあり、「思い通りの仕上がり」にはなっていないという。

 「日本人はスプーンでものをすくうとき、手前に寄せるように動かします。だから僕らとしては、皿の手前に返しをつけることを想定していました。皿の形を扇形にして、要の部分を手前に持ってくる。そこに返しをつけることで、すくいやすい皿をとする。ところが京都、清水焼の絵付け職人さんは、皿がもっとも美しく見える方向を手前にして絵つけて仕上げてくれたのです。おかげで、美しい食器に仕上がったのですが、すくう向きが反対になってしまい、 結果すくいにくい食器になってしましました」

 プロフェッショナル同志が向き合うと、このような失敗(?)も出てくる。ただ、使う分にはなんら支障はない。美しくて使いやすい。「京介食」のブランド精神がしっかりと息づいた器だ。

デザートも京介食

 食事が完成したら、次はやっぱりデザートだ。

 「日々お年寄りに接していてわかるのは、お菓子といえばやっぱりお餅、お団子なんです。ところが、毎年のようにお餅による窒息事故が起こる。つまり、飲み込みの機能が低下している人にとって、お餅はとても危険な食物なのです。しかし、やっぱりここに挑戦したい」

 やはり京都の老舗和菓子店が開発に乗り出した。

 「ただ、また言葉の壁が立ちはだかりました。お菓子屋さんからすると、『柔らかくさえすればいいのだろう』ということで、最初にできあがったものは、柔らかくはあったのですが、『付着性』が解決されていない」

 付着性とは、簡単にいうと張り付く力だ。これを断ち切らないと、餅が喉に張り付いて事故の原因となってしまう。

 「酵素剤などを適切に使えば、問題が解決することはわかっているのですが、そこは京都の職人さんです。なかなか添加物を使おうとしない。何度も試作を繰り返し、最終的には譲るべきを譲って、プロトタイプの完成にこぎつけました」

 その後、品質の安定性などを整え、ある程度の量産態勢を整え、通信販売ができるまでになっている。

風味はそのままに、付着性をおさえた餅菓子(提供:京介食推進協議会)

 「ただ、この餅菓子については、誰に対しても販売できるというわけではありません。付着性の問題をある程度解決はできてはいるのですが、やはり餅は餅です。誰に対しても100%安全とは言えないのが辛いところ。現在は、医療機関や介護施設など、嚥下指導を行える医療、介護のスタッフがいる場合に限って販売するというスキームにしています」

 「高齢者や要介護者だけでなく、誰が食べても美味しく、食を楽しんでいただける食のバリアフリーを目指したのが『京介食』です」

 荒金医師はそう語るが、今度は売る側との意識のギャップが壁になるという。

 「僕らとしては、『誰にでも手にとってもらいたい』という気持ちなのですが、例えばスーパーさんなどで販売する場合。お店側から『お年寄り専用』みたいなポップ紹介するよう要請されるのです。そうでないと一般の食品との差別化ができないというわけです。今後はこのギャップをどのように埋めていくかを考えています」

 「◯◯用」など、他と区別する冠がバリアとなってしまうわけだ。そのような別け隔てがないことこそ、誰もが安心して暮らせる世界の形なのかもしれない。京介食を手がかりに、バリアフリーの本質を見せられた気がする。

(タイトル部のImage:提供は京介食推進協議会)