年齢を重ねて行くにつれ、体の自由もきかなくなる。つい出不精になり、運動量が減っていく。続いていたご近所付き合いも滞りがちになり、だんだんと社会から孤立する。そうした事例が急増している。これじゃボケてしまうと心配し、脳トレゲームをやってみるけど長続きしない……原因は? 「健康マージャン」を知ることで、その答えが見えてきた。

麻雀を楽しむ今村秀夫さん(写真:末並 俊司、以下同)
麻雀を楽しむ今村秀夫さん(写真:末並 俊司、以下同)
[画像のクリックで拡大表示]

 「やっぱり、誰かと楽しくコミュニケーションを取りながらでないと続かないんだよ。おっと、それロン。役はタンヤオ、ドラ3ね、裏ドラは……」

 今村秀夫さんは今年72歳。こちらの質問に答えながら、線は卓上から動かさず、自分の牌の絵柄を確認している。

 ここは東京都足立区、イトーヨーカドー綾瀬店の 6階にある健康マージャン教室「みんなの麻雀」の会場だ。 平日の午前中、10台ほど並ぶ自動マージャン卓の半分ほどが埋まっている。

吸わない、賭けない、飲まないが大原則

 専属講師の井上富鷹氏は次のように説明する。

 「(タバコを)吸わない、(お金を)賭けない、(お酒を)飲まない。これが健康マージャンの大原則ですが、『みんなの麻雀』では日本一初心者と女性に優しい教室を合言葉にして、親しみやすく笑顔あふれる教室をモットーにしていますので牌を切るときも、卓に叩きつけるような行為はNGとさせていただいています」

 歓楽街の片すみ。タバコの匂いと喧騒。牌をかき混ぜる音に混じって時に怒号も飛び交う。かつてマージャンといえば不健康の代名詞のようなゲームだった。ところが近年、健康マージャンとして新たな注目を集めている。

みんなの麻雀を運営するチアリー取締役の川島学氏
みんなの麻雀を運営するチアリー取締役の川島学氏
[画像のクリックで拡大表示]

 「地域のコミュニティーとしての役割りも担っていきたい」と話すのはみんなの麻雀を運営するチアリー取締役の川島学氏だ。同社は全国規模でのパソコン教室(100カ所以上)、プログラミング教室(94カ所)や児童英語教室(58カ所)などを展開する教育企業だ。同社が、なぜマージャン教室をオープンするに至ったのか。

 「1973年に児童英語の教室からスタートした弊社は、2003年よりパソコンの市民講座を始め、現在までに54万人の卒業生を排出してきました。2016年頃までパソコン教室にいらっしゃる方の年齢層は比較的高い傾向にありました。そうしたなかで、高齢者に『教える』『気持ちよく理解していただく』というノウハウが蓄積されているのです。高齢者が一人でできるようになるという教育ノウハウを活かすことができるであろうと考えて、2019年の2月に千葉県の柏市に第一号店をオープンさせました」

 おじゃましたのは第2号店だ。こちらは2019年11月にオープンした。

なぜ高齢者に麻雀なのか?

 「かなり払拭されてきたとはいえ、マージャンには負のイメージもあります。当教室ではゲームを始める前に『よろしくお願いします』の挨拶を欠かさないとか、同卓者に不快感を与える会話しないなど、マナーの遵守をかなり厳しく行っています」(川島氏)

 おかげで人気は上々。オープン当初から想定以上の登録があったという。その多くが高齢者だ。なぜ今、そうした年齢層に麻雀が見直されているのだろう。

 「マージャンというゲームが脳に良い効果を与えるということが一般の方にもかなり浸透してきているのでしょう」と川島氏は語る。

 実際、2011年に麻雀が脳に与える効果について行われたある調査では、前頭前野機能を総合的読み取るFAB(Frontal Assessment Battery)の数値が有意に上昇したという結果が出ている。

 前出の今村さんも次のように語る。

 「僕は腰が悪くてね。これ以上悪化させないためにも、医者から歩け歩けってうるさく言われてねぇ。でもやっぱりなんとなく億劫になってしまっていたんですよ。ところがある日、女房がこの教室のパンフレットを持ってきてね、『父さんこんなのがあるよ』って。見たら僕にピッタリだからさ、翌日には入会したんだ」

 今村さんの自宅は徒歩圏内だ。週に2回、ゆっくり歩いて10分ほどの距離を、シルバーカートを押しながらやってくる。

 「往復だからいい運動になるんだよ。さらに、マージャンで指先を使うだろ。ここで仲間もできたからおしゃべりするのも楽しいしね」(今村さん)

「麻雀教室以外に外にでるのは病院ばかり」と話す懸雅美さん
「麻雀教室以外に外にでるのは病院ばかり」と話す懸雅美さん
[画像のクリックで拡大表示]

 今年80歳の懸雅美さんは若いころはスキーやボーリングに汗を流すスポーツウーマンだった。

 「最近は体もあんまり動かなくなってきたけど、脳みそのほうは鍛えたいからここに来るようになりました。他に出かけるところと言えば……」。懸さんはマージャンの点数を数えるように指を折りながら、次のように続ける。「内科でしょ脳外科でしょ、あとは整形外科と歯医者さん、アハハ、病院ばっかりですよ。それでも週に2回、このマージャン教室があるから毎日の生活に張りが出ます」

「勝つマージャン」ではなく「楽しむマージャン」を教える

 健康マージャンの看板を挙げる教室はここばかりではない。ところが別の教室に通ったことがあるという70歳代の方は「ここ以外では長続きしなかったんですよ」という。チアリーが運営するみんなの麻雀は他の教室と何が違うのか。川島氏はこう説明する。

 「弊社は長年培った『高齢者に理解してもらうノウハウ』があります。例えば質問に対してすぐに答えを出すのではなく、一緒に考えてもらう。さらに一般的なマージャン教室は勝つための方法を教えることが一般的なのですが、ここでは『楽しむための方法』をお伝えすることを心がけています」

 楽しむマージャンの大きな要素が「マナーの徹底」だ。前述のように、ゲーム前の挨拶から始まり「牌を卓に叩きつける」「相手のアガりに対する批判」などの行為はご法度だ。「卓に肘をつく」のもマナー違反として指摘される。

 今村さんは「最初は面倒だなって思ったけど、今は全面的に賛成だね」と語る。

 「仲間内と打つときは、アガるとき気持ちに勢いをつけるために牌を卓に叩きつけたりしてたけど、あれって他人にやられるとけっこうカチンと来るんだよね。だからは今はやらない」(今村さん)

 高齢化の伸展により介護ビジネスも多様化している。レクリエーションにマージャンを取り入れる高齢者施設も出始めている。マージャンというゲームが、コミュニケーションの活性化や脳活のために有意義であることがわかっているからこそ、そうした動きにもつながっているわけだ。ただ、パソコンやプログラミング、英会話教育で実績のある「教育集団」が教える例は過去にはなかった。

 「マージャン教室をやっているだけでは、高齢者の生活が豊かになるわけではありません。ただ、ここが地域になくてはならない『居場所』になってくれればと考えています」

 マージャンは、興味はあるけど難しそう。と未経験者からは敬遠されがちなゲームだが、「大丈夫、経験のまったくない人でも2回ほど通っていただければある程度楽しめるようになります」と今村さんは胸をたたく。逆に言うと「難しいからこそ楽しいし、脳活になる」(講師の井上氏)わけだ。

みんなの麻雀の専属講師である井上富鷹氏
みんなの麻雀の専属講師である井上富鷹氏
[画像のクリックで拡大表示]

 タバコやアルコールの匂いのない、明るく健康的な空間で賭けないマージャンを楽しむ。

 前出80歳の懸さんはこういう。「マージャンだけだったらテレビゲームでもいいと思いますよ。私も家にいるときはやることがあります。でもね、面白くないの。やっぱりでかけて行って人間としゃべりながら打たないとだめ。マージャンにはそういう力があるんですよ」。

 教育サービス企業とマージャン教室。ちょっと不思議な取り合わせだが、新たな高齢者ビジネスのヒントが隠れていそうだ。

■変更履歴
記事初出時、「今村英夫氏」とあったのは「今村秀夫氏」でした。お詫びして訂正します。記事は修正済みです。

(タイトル部のImage:末並 俊司)