特別養護老人ホームや介護付き有料老人ホームでは、利用者3人に対し介護看護のスタッフが1人以上。いわゆる3:1の人員要件が義務付けられている。介護の質を担保するための取り決めだ。しかし、一方でこの要件がネックとなり介護職員一人ひとりの収入が伸び悩むという弊害もある。テクノロジーとのワークシェアリングをすすめることで、この要件を乗り越えることができるかもしれない。現場レベルではすでに取り組みが始まっている。

顔を見ると話しかける見回りロボット

 「スエナミサマ オヘヤニ オモドリクダサイ」

 筆者に向かって自室に戻るように促しているのは自動駆けつけ介護ロボット「ソワン」だ。住宅型の有料老人ホーム「キリン愛西」(愛知県愛西市)にて行われた説明会でのひとコマである。

 廊下を歩いていると、向こうから女性的な柔らかいフォルムのソワンが近づいてきて、目の前で止まる。事前に顔認証による登録を済ませているので、筆者のことを認識し、優しく部屋に戻るよう促す。

 ソワンを運用する高山商事(愛知県名古屋市)の代表取締役 高山堅次氏が解説する。

 「私自身、弊社の関連会社が運営する介護の事業所で長く介護職員として働いてきました。介護現場では夜間の見回りの時点では元気だった利用者が朝には亡くなっている、ということが実はけっこう起こります。そうした事案に度々遭遇することで、見回りの重要性とその限界を強く感じるようになったのです。なんとかできないかという思いが、ソワンの開発につながりました」

高山商事代表取締役の高山堅次氏(写真:末並 俊司、以下同)
高山商事代表取締役の高山堅次氏(写真:末並 俊司、以下同)
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 24時間、途切れ目なく見守り続けることができれば上のようなことはないだろう。状態が急変すればスタッフが駆けつけて、何らかの処置を施すことができる。ただマンパワーには限界がある。

 「施設の各所にカメラを設置すればある程度の急変に対応できる。といった考え方もありますが、それでは『見守り』と『監視』の境目が曖昧になってしまいます」(高山氏)

利用者の急変を感じ取って通報

 ソワンはあくまで「駆けつけ介護ロボット」だ。プライベートを監視することはなく、急変や異変の場合だけに対応する。

 「利用者さんには脈拍を計測するデバイスを手首に装着していただきます。脈拍の変化でその方の体調を見守り、急変があればソワンが駆けつけます」(高山氏)

 ソワンの額に取り付けられているカメラを通して、遠隔であっても利用者の様子はタブレットなどで確認できる。もちろん、ソワンを通してスタッフと利用者が会話することも可能だ。

 「介護施設の夜勤帯はスタッフの数も少なくなります。限られた人員で、定時の見回りと都度都度のナースコールに対応します。でもナースコールが鳴っても、実際に居室に行ってみたら『間違えた』とか『ただ押しただけ』というケースがかなりあります。こうした訪室が全て無駄とは言いませんが、スタッフの負担になっていることは確かです」(高山氏)

 ソワンと手分けできれば、スタッフはより重要な業務により多くの時間を割くことができる。

 ソワン本体に加え、脈拍測定のデバイス(10セット)を含めたシステム、ソワンが居室に入るための自動引戸開閉装置(10台)、機器のメンテナンス料金など、一式をまとめてのリースで、料金は月額6万6000円だ。またオプションとして顔認証機能によってソワンに利用者やスタッフの識別情報を登録することもできる。

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 取材中、試しに筆者も登録してみた。見回りのデモンストレーションで、冒頭のように、「スエナミサマ……」とソワンに呼びかけられたのはそうした機能が搭載されているからだ。他にも施設内で転倒している人を見つけたときに通報する機能などもオプションとして追加できる。

 「定められたコースを、障害物を検知しながら、静かに見回る『自動巡回』はソワンの基本機能です。異変をキャッチすれば居室の中に入って確認することもできるし、廊下などで転倒者を発見すれば、スタッフに通報することもできます」(高山氏)

 介護現場で起こる虐待事件などは、スタッフのストレスが原因となっているケースが多いと言われる。

 「ソワンと仕事をシェアすることで、スタッフのストレスを低減することができます。そして将来的にはこうしたロボットが人員配置要件の一員となるよう、働きかけていきたいと考えています」(高山氏)

 つまり高山氏は「ロボットをスタッフのひとりとしてカウントする」という未来を展望しているわけだ。介護現場の人手不足は待った無しの状態だ。ロボットスタッフが人員要件として認められる未来は案外すぐそこまで来ているのかもしれない。

 ここからは、ソワンの開発現場に潜入する。

驚くほどリアルな歯科医訓練用ロボット

歯科医の訓練用として開発されたデンタロイド(ロボットです!)
歯科医の訓練用として開発されたデンタロイド(ロボットです!)
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 全国に数千社あるといわれる宗像神社の総本山・宗像大社が鎮座することで知られる福岡県宗像市。その地に本社をおくのがソワンの開発元であるテムザックだ。

 あっと驚く発想で様々なタイプのロボットを開発してきた同社は、業界では知られた存在だ。企画本部副部長の松尾潤二氏はこう語る。

 「弊社はもともと船舶内で使われる魚の加工の製造ラインなどの製造を行う会社だったのですが、93年に本社を移転した際に、受け付け用のロボットを開発しました。製品化するつもりはなかったのですが、これが話題となり、除々にロボット製作の相談案件が舞い込むようになり、2000年にロボットメーカーとしてテムザックを設立することとなりました」

 産業用のロボット、つまり工場などの製造ラインで活躍するロボット以外、例えばソフトバンクの「ペッパー」のような製品を一般にサービスロボットとカテゴライズする。テムザックはこの分野にこだわりを持っている。

「例えばAI搭載の会話できるデバイスなども世に溢れていますが、弊社はあくまでも3次元のロボットにこだわっています。介護、医療、製造、建設など様々な現場で求められる機能を過不足なく備えたサービスロボット。弊社ではそれを『働くロボット』と呼んでいます」(松尾氏)

 前段で紹介したソワンもまさに働くロボットの一つだ。同社は他にも介護医療の分野で活躍するロボットを世に送り出している。

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 歯科医師の練習用として開発された「デンタロイド」は歯科医師業界とロボット業界の両方をあっと言わせた。「歯科を学ぶ学生のための歯科患者ロボットなのですが、とにかくリアルにとことんこだわりました」と松尾氏は胸を張る。

 言葉の通り、同製品はゾクッとするほど人に近い。今にも起き上がって話しかけてきそうな生々しさを持っている。それもそのはず、外側は「ラブドール」で知られるオリエント工業が担当した。

 「身長157センチメートルの女性をモデルに、瞼、眼球、顎、舌、首、手、脈、胸(呼吸)の合計12カ所が駆動します。瞬きもするし、眼球もキョロキョロします。また痛さを表現するために首を振ったり、咳をさせたりすることもできます」(松尾氏)

 歯科医師の学校では通常、上下の顎だけのモデルを使って治療の訓練を行うのだが、「模型は動きませんが、実際の患者は反射的に動いたり、痛がったりします。しかし実践練習できる機会が少ないんです」(松尾氏)。

 痛ければ首をふって嫌がる。歯の治療中で声が出せないときは、腕を上げて意思表示を表現する。よりヒトに近いリアルな反応が歯科を学ぶ学生たちの技術向上に役立てられている。現在、国内外の医科・歯科の大学で13体が活躍中だ。

介護から街乗りまでをカバー

 車椅子の概念を根底から変えてくれそうなのがユニバーサルモビリティの「ロデム」だ。

 「椅子の高さを自由に変えることができる電動の車椅子です。下肢に麻痺などの障害がある場合、ベッドから椅子への移乗は高さが違うためにひとりではなかなか難しい。ロデムは椅子の高さを変えることができるので、乗り移りも楽。さらに、体の重心を前に持っていける構造なので、日常の生活がより楽に行えるのです」(松尾氏)

 通常の車椅子は、背もたれ側に重心があるため、利用者が体を前に乗り出すと転倒の危険がある。例えば顔を洗おうとして、洗面台に向かって前のめりになるとバランスが崩れてうまくいかない。そもそも車椅子では低すぎて、蛇口に手を伸ばすこと自体が困難な場合もある。

椅子からの移乗を試みる松尾氏
椅子からの移乗を試みる松尾氏
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 いっぽうロデムは椅子の高さを変えることができ、前かがみでもバランスが崩れない構造になっているので、前傾姿勢での台所仕事やデスクワークがより行いやすい。

 「発案したのは弊社社長の髙本陽一なのですが、たまたま椅子の背もたれを前側に持ってきてテレビを見ているときに『これだ』と思いついたデザインなのです。日常生活は、体勢を前かがみ気味にして行う作業が圧倒的に多い。それを可能にするロデムは単なる移動のための車椅子ではなく、生活のための補助ロボットと言えるのです」(松尾氏)

 全体のデザインをスタイリッシュに仕上げることで、街乗りに使っても違和感のないものとなっている。前段で紹介した高山商事の高山堅次氏も、テムザックのこうした先進性に目をつけて、ソワンの開発を依頼したわけだ。

 今後、日本はさらに医療・介護の負担が増える。ワークシェアリングの概念はヒトとヒトの間だけで考えていたのではおぼつかない。時代はロボットとのワークシェアを本気で考える段階にきている。

災害現場で働くロボットたち、名付けて「援竜」
災害現場で働くロボットたち、名付けて「援竜」
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(タイトル部のImage:末並 俊司)