あの日本代表選手が受けている栄養指導が受けられる──そんな中高生アスリートの夢をかなえるアプリのテスト運用が始まった。食品やアミノサイエンスなどの事業を展開する味の素が開発した、スマートフォン(スマホ)用アプリ「勝ち飯AI」だ。β版を限定ユーザーに使ってもらい、サービスの有効性やコンセプトの受容性を確認する。

 味の素では、日本代表選手を「食とアミノ酸」によるコンディショニングでサポートする「ビクトリープロジェクト」を2003年から実施している。日常的な栄養管理や情報提供、海外などで行われる合宿・遠征時の食事サポートを通じて、日本のトップアスリートに「なりたい体を目指して食べる」習慣を身に付けてもらい、国際的な競技力向上に役立てようというプロジェクトだ。アスリートの栄養環境を改善するための栄養プログラム「勝ち飯」も実施し、スポーツ栄養科学の実践的な知見やノウハウを蓄積してきたという。

「勝ち飯AI」の献立提案画面。3~4品目の組み合わせが3パターンずつ提案されるので、好みのものを1パターン選ぶ(写真:加藤 康、以下同)
「勝ち飯AI」の献立提案画面。3~4品目の組み合わせが3パターンずつ提案されるので、好みのものを1パターン選ぶ(写真:加藤 康、以下同)
[画像のクリックで拡大表示]

 こうしたスポーツ栄養科学の知見やノウハウをより多くの人に提供しようと、ビクトリープロジェクト管理栄養士監修による勝ち飯AIの開発プロジェクトは2018年4月に立ち上げられた。ビクトリープロジェクトでは日本代表といったトップアスリートを対象とするのに対して、勝ち飯AIが対象とするのは部活動などを通じてスポーツに励む一般の中高生アスリートだ。

 同社で中高生本人やその保護者などを調査したところ、明らかになったのはスポーツ栄養科学の実践を“我慢”している、一般の中高生アスリートの姿だった。例えば中高生であっても食とパフォーマンスに関する意識は高く、インターネットや雑誌などを通じ懸命に情報を集めていることが分かった。

 一方で、保護者からは「頑張って食べさせても体が大きくならない。何を食べさせたらいいのか」、監督やコーチからは「うちのような弱小チームでは年に1回の勉強会がやっと。人材がおらず、日常的な栄養指導は難しい」といった悩みの声が上がったという。「スポーツ栄養科学をトップアスリートだけに許される特別なものではなく、一般の中高生アスリートも実践できるように“民主化”したい」──こうした熱い思いがプロジェクトを動かした。

「勝ち飯AI」の開発を担当する、味の素 食品事業本部 生活者解析・事業創造部 新事業グループの勝美由香氏
「勝ち飯AI」の開発を担当する、味の素 食品事業本部 生活者解析・事業創造部 新事業グループの勝美由香氏
[画像のクリックで拡大表示]

 今回のアプリの最大の特徴は、「スポーツ栄養科学に則ってその人に最適化した具体的な献立を出力する点」(味の素 食品事業本部 生活者解析・事業創造部 新事業グループの勝美由香氏)。従来のスポーツ系アプリは、運動による消費エネルギーを提示するものや、その人の身体的なデータ等から必要な栄養素を割り出し記録した食事内容と比べて過不足を提示するものが多く「献立に落とし込んでアウトプットするものは案外なかった」(勝美氏)という。

目標はユーザーが設定できるが期間はアプリから提案

 今回のアプリは基本的に中高生アスリート本人と食事を作る保護者が連携して利用することを想定している。利用する際の大まかな流れは以下のようになる。

(1)年齢や身長、体組成(体重・体脂肪率)、種目や体重に関する目標(現状維持、減量、増量)から、その人に必要な栄養素が計算される

(2)アプリから栄養素の条件を満たす1日分の献立が提案され、保護者が採用する献立を登録する

(3)中高生アスリートが実際に食べた献立について味を5段階、量を5段階(完食、少し残した、半分残した、1.5倍食べた、2倍食べた)で評価する

「勝ち飯AI」ではユーザーの中高生アスリート本人の状態に合わせて、必要な栄養素を算出する。実際に食べた食事内容を記入すると、必要な栄養素に対してどの程度摂取できたのかを確認できる
「勝ち飯AI」ではユーザーの中高生アスリート本人の状態に合わせて、必要な栄養素を算出する。実際に食べた食事内容を記入すると、必要な栄養素に対してどの程度摂取できたのかを確認できる
[画像のクリックで拡大表示]

 (1)で選ぶ種目については具体的なスポーツ種目ではなく、エネルギー消費の状況や特に必要とされる筋肉から4系統を用意した。バレーボールやバスケットボール、サッカー、投てきなどを想定した「球技」、水泳、陸上中長距離などを想定した「持久」、陸上短距離、レスリングなどの格闘技、ボルダリングなどを想定した「瞬発」、そしてダンスなどを想定した「そのほか」の4つだ。必ずしも想定に従う必要はなく、より伸ばしたい点を重視して自分で選んでもよい。

 各ユーザーに向けた栄養素の必要量は、ビクトリープロジェクトと同様の計算式に基づき算出されている。基本的には脂肪・炭水化物に対してタンパク質が多めの“アスリート仕様”だ。体組成は毎日記入するようになっており、それと同時に5つの対策(貧血、風邪、ケガ、整腸、疲労)を選択できる。選んだ対策によって鉄やカルシウム、ビタミンといった微量栄養素や食物繊維などの量が調整される。

体調などに合わせて微量栄養素なども考慮するなど、細やかに対応する
体調などに合わせて微量栄養素なども考慮するなど、細やかに対応する
[画像のクリックで拡大表示]

 (2)で提案される献立は、レシピサイト「AJINOMOTO PARK」に登録されている約1万2000品目のデータベースのうち、おせち料理や郷土料理などの特殊なメニューを除いた約3700品目から日常的な献立を提案する。基本は主食、主菜、副菜、汁物により3~4品目で構成しており、論理上は約23億通りの献立が存在することになる。ビクトリープロジェクトの知見から、「ガリバタチキン」や「麻婆豆腐」、「豚キムチ」といった味付けが濃いめの肉料理など、アスリートに人気の150~200品目を特に高頻度で提案しているという。また、個々の状況に合わせて、避けたい食材を指定したり、朝食のパターンを指定することもできる。間食など献立にない食事を記録すれば、その分を考慮した内容に献立を再考するアラートを出すといった機能も盛り込んだ。

 (3)の評価も特徴の一つだ。結果は摂取した栄養素の算出に利用するほか、食事の好みに関する最適化にも利用している。評価を学習し、ユーザーに合わせた味付けや量を提案するようになる。

食べた献立について、味(好み)や食べた量を5段階で評価する仕組みを採用している
食べた献立について、味(好み)や食べた量を5段階で評価する仕組みを採用している
[画像のクリックで拡大表示]

 ビクトリープロジェクトでの知見も活用している。例えば、「三食+補食で必要なエネルギーを取る」といった考え方を実践する。補食は三食の間にエネルギー補給として食べるもので、ゼリーやジュース、カステラ、肉まんなどを提案する。補食は、運動後に補給して筋肉の再生に役立てたり、運動前に補給して筋肉の分解を防いだりする役割を持つ。特に親世代が子供だった頃は「練習中は水も飲まない」「必要なエネルギーは三食で食べた方がいい」といった考え方が一般的だったことから補食の必要性を認識していない場合が多く、積極的に情報を提供しているという。

 また、目標として設定できるのは「体重」の増減のみで体脂肪は指定できないようにしている。これはビクトリープロジェクトでの経験から、「体脂肪を下げて体重は維持」を直接実現するのは難しく、実際には体脂肪を減らすと筋肉も同時に減ってしまい、結果的に減量時にパフォーマンスが下がってしまう場合が多いと分かっているためだ。「まず筋肉量を増やして(体重を増やして)体脂肪率を下げ、それから減量する方法を勧めている」(勝美氏)。また、無理な減量・増量にならないよう、目標はユーザーが設定できるが期間はアプリから提案する形とした。

「食のパーソナライズ」へのニーズに応える

 今回のテスト運用には国体出場者から趣味程度まで、様々なレベルの中高生アスリートとその保護者、135組(270名)が参加している。約4割が中学生、約6割は高校生だ。種目はサッカー、ラグビー、バスケットボール、野球が多いが、剣道や陸上、水泳などの選手も加わるなど多岐にわたる。テスト運用は2カ月間の実施を想定し、2021年3月末に開始した。想定よりも早期離脱は少なく、3割強の献立が採用・登録されているという。

 テスト運用により、「体重の減少が遅い」などの目標に対する進捗の遅れについて、どのように補正するかといった課題も明らかになってきた。ビクトリープロジェクトであれば日々の変化を見ながら相談しつつメニュー変更などの調節が可能だが、直接対峙できない勝ち飯AIでは難しい。アプリからのアドバイスメッセージを活用するなど、ビクトリープロジェクトでの対応のアプリへの落とし込み方が課題となっている。

 また、“違和感のない”献立作りも課題だ。例えば、調理時間がかかる料理や、家族全員がそろって食べる必要がある鍋料理やホットプレート料理といった朝食に向かない料理は朝食には提案しないといった調整が必要となる。ほかに、ユーザーにとって“適度に作れそうな感じ”を出さなければ、採用率が下がってしまう。現在、こうした調整は担当者が人力で行っている。「テスト運用などを通じてデータが集まれば、AI(人工知能)で違和感のない献立を学習し作り出すこともできるのではないかと考えている」(勝美氏)。

 同社がアプリ開発を進める背景には、食には栄養・簡便さといった「機能的価値」に加えて、つながり・共感などの情緒的な「ライフスタイル価値」が新たに求められており、こうした価値について最適な食事を求める「食のパーソナライズ」へのニーズが高まっているとの考えがある。そこで後者のライフスタイル価値に向けては食を起点としたソーシャルアプリ「アラターブル」のβ版を2020年6月を公開した。今回の勝ち飯AIは前者の機能的価値に基づいたもので、アスリートを対象に献立を個々人に向けて最適化するものという位置付けだ。

中高生アスリートからキーマカレーのリクエストが送信されると、保護者側のアプリにはリクエストするメニューを組み込んだ献立が表示される。目立つように表示されるが、採用するかしないかは保護者次第だ
中高生アスリートからキーマカレーのリクエストが送信されると、保護者側のアプリにはリクエストするメニューを組み込んだ献立が表示される。目立つように表示されるが、採用するかしないかは保護者次第だ
[画像のクリックで拡大表示]

 勝ち飯AIでも「つながり」に向けた機能を加えている。中高生アスリートから保護者に向けて食べたいものを伝えられる「リクエスト機能」だ。一番近い食事のタイミングに合わせて保護者に通知が届き、リクエストするメニューを組み込んだ献立がレコメンドされる。「栄養管理ではあるけれどフレキシビリティがあるように、食事を楽しめるように加えた」(勝美氏)。

データ活用に力を入れる味の素

 もう一つ、アプリ開発を進める背景には同社がデータ活用に力を入れていることもある。同社ではレシピデータをブロックごとに構造化しまとめた「レシピブロックエンジン」の開発を進めている。

 勝ち飯AIは栄養素を基準にレシピの組み合わせを変えるという段階のもので、レシピブロックエンジンの機能実証として初めて公表したものとなる。今後もレシピブロックエンジンの開発を引き続き進めるほか、「ダイエットや健康など、より汎用的に献立を個別最適化するアプリも公開していく計画」(味の素 食品事業本部 生活者解析・事業創造部 新事業グループ長の佐藤賢氏)とする。

味の素 食品事業本部 生活者解析・事業創造部 新事業グループ長の佐藤賢氏。「食に対して新たな価値が求められていると同時に、『食のパーソナライズ』へのニーズも高まっている」という
味の素 食品事業本部 生活者解析・事業創造部 新事業グループ長の佐藤賢氏。「食に対して新たな価値が求められていると同時に、『食のパーソナライズ』へのニーズも高まっている」という
[画像のクリックで拡大表示]

(タイトル部のImage:加藤 康)