新型コロナウイルスの蔓延を食い止めるため、政府は全国に向けて緊急事態宣言を行い、対人接触を通常の8割減に抑え込むことを目指した。いまだ緊急事態宣言が解除されていない地域では、いつもはうるさいくらいにネオンが灯る夜の街も、息を潜めるようにしんとしている。スナックやバーのような、いわゆる接待を伴う飲食業は軒並み休業が続いている。「ただ、そうした店が情報交換の場であり、客も従業員も命綱となっている場合もあるのです」と語るのはアライアンサーズ代表の久保わたる氏だ。

上野、浅草のLGBT御用達店を歩く

 4月終わりの平日、日本有数の観光地である東京浅草の人出はまばらだった。浅草寺の西側に伸びる商店街、人気のカフェの前に置かれたアンティークな作りのベンチに、黒猫がちょこんと座っていた。いつもは順番待ちのためのベンチだ。

 「【コロナ対応】バー経営者の皆様へお役立ち情報」と記された用紙を手に、軒先の看板を一軒一軒確かめながら歩いているのはアライアンサーズ代表の久保わたる氏と社員の成清あきら氏だ。二人は界隈に点在するゲイバーを探し、用意したプリントを配布しているのだ。高齢者の生活に密着し、病院付き添い、老人ホーム施設の紹介や見守り、介護生活の相談など高齢者支援のトータルサービスを提供するアライアンサーズは同業他社にはない特徴をもっている。

上野駅近くで雇用調整助成金の案内などを配る久保氏(右)と営業担当の成清氏(左)(写真:末並 俊司、以下同)

 代表の久保氏が次のように語る。

 「私自身もLGBT当事者です。ゲイですね。この世界でも高齢化がいろいろな問題を引き起こしています。当事者である私自身、将来のことについて考えると、不安でいっぱいです。それは私だけではなく、老若男女同じだと思いますが、特にLGBT当事者の場合は介護や病院入院時の立ち会いをしてくれるパートナーがいなかったり、またLGBTに多いとされるHIV感染などの“特有の問題”を抱えていたりします。そうした不安を少しでも軽減できるサービスを確立したい。そんな思いからLGBTの高齢者支援を事業のひとつの柱と捉えているのです」

 レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー。これらの頭文字をとって「LGBT」と表記する。上野駅の入谷口近くや浅草には、一般にはあまり知られてはいないがLGBTを主な顧客とするバーやスナックが多くある。

 非常事態宣言が出され、静まり返った浅草の街を歩きながら、久保氏と成清氏は、「新型コロナウイルス感染拡大防止協力金」などの仕組みをわかりやすくまとめたプリントを店の郵便受けに入れていく。

上野駅近くの閑散としたビル。「このままじゃやっていけなくなる店も増えるかもしれません」と久保氏

 「東京では新宿の二丁目が有名ですが、あそこって観光地化も進んでいるし、LGBT以外の客も多い。かなり開かれた場所なんです。店主も客もわりと若い人が多いし、情報を発信することも受け取ることも得意な人たちが多いんです」(以下「」内はすべて久保氏)

店は大切な情報交換の場所

 アライアンサーズの創立は2018年。様々な企業とアライアンス(協業)し、ビジネスの手法で社会課題の解決を目指している。代表の久保わたる氏は今年35歳と若いが、迫りくる高齢化社会の担い手として、志は高い。

 「同じゲイでも、僕らくらいの年齢と70代とでは隔世の感があります。高齢のLGBTの方々は、それこそ親戚や家族との縁を絶たれているようなケースも珍しくありません。年をとって孤立する確率もストレートの人たちよりずっと高い。そうした人たちの情報交換の場として、ゲイバーやレズビアンバーが存在しているという面もあるのです。本業の高齢者生活支援とは違いますが、普段お客様をご紹介頂いている上野や浅草のゲイバーに役立てばと考え、給付金情報を纏めてポスティングをしてみました」

氏名や住所を書き込むだけで助成金を申請できるように作ったプリント

 新型コロナウイルス対策のため、接客を伴う飲食業は軒並み休業を余儀なくされている。LGBTを顧客とする店舗も同じだ。

 「ただ、こうした店は規模もさほど大きくなく、長期の休業は即廃業の危機に直結です。さらに、上野、浅草界隈のお店の店主は新宿二丁目などに比べて平均年齢が高いと言われています。ネットなどを使った情報収集も得意じゃない人が多い」

LGBT当事者の久保氏が会社を立ち上げるまで

 東京生まれの横浜育ち、気が付いたら女子よりも男子が気になっていた少年時代。久保氏は、東京の大学に入学後、新宿の二丁目でアルバイトをするようになったという。

 「はじめてのアルバイト先は二丁目のゲイバーだったのですが、その店のママがすごいお酒の飲み方をしていた。毎晩焼酎ボトル、2~3本を空にするような感じです。自分の母親くらいの年齢だったのですが、お酒が原因で身体を壊してお店をやめて……。その後はいわゆる引きこもり状態になってしまって、身も心もボロボロ。これを見て『ゲイの老後の難しさ』について切実に感じたんです」

 二丁目遊びが楽しい時期に感じた、人生観の大きな変化と当事者が抱える闇──そうした思いが久保氏の心に縫い付けられたのだった。

閑散とした浅草界隈。2020年5月上旬

 視野を広げてみたら同じような境遇の人ばかりいた。「HIV などの性病」「うつ病」「家族との不仲」「自殺」「覚せい剤」そして老後の問題「孤独死」などだ。

 「老後に天国はないかもしれないけど、今よりもマシにはできるはずだ。老後問題のモデルをつくれば、今の現役世代にも目標ができるはず!」

 歳を重ねるにつれ思いは徐々に強くなっていった。そして、サポートは自分が引退した後も続くようにするためにビジネスで取り組むと考えていた。

 「大切なお客様の人生に関わることなので、一時的なサポートで終わっては意味がありません。ある程度長いスパンで見ていかなければならない。そのために活動を会社組織化し、属人化から脱却した手法が適していると判断したのです」

 元々久保家は経営者一家で、起業家に対する憧れもあった。久保氏は大学を卒業後、東証一部上場の建設会社に入社した。

 「建設業界自体が男尊女卑、まさに男社会だと感じた。結婚してやっと一人前みたいな風土の同調圧力があり、ゲイの僕としては上司との付き合いが嫌いでした」

 建設会社退職後にIT会社で経験を積みながら、将来の起業への思いは日々つのるのだった。

他人の人生に関わる仕事

 俺たちみたいなゲイは長く生きても意味ないよね──。ゲイの親友がそんな言葉を残して自殺した。20代の後半だった。

 「僕にとって、親友の死と遺言が辛すぎました」と久保氏は語る。

 学生時代、新宿二丁目でアルバイトしていたお店のママは人生の後半で「飲酒、病気、そして引きこもり」になったという事実。そして「長く生きても意味がない」という親友の遺言が久保氏の中でつながった。

 「幸せのロールモデルって、世間では結婚や子育てをし、最期は子や孫に看取られるみたいなものでしょうか。当事者の場合本当に難しい。『結婚している人』『友達がいない人』『甥や姪などの親族と円満な人』等々。裾野が広すぎるので、各人の人生の進路は違えど、「老後の安心という終着地点は一緒』という理念で高齢者支援の会社を立ち上げる原動力となったのだと思います」

 建設会社からITのベンチャー企業に転職後の2018年11月、久保氏は高齢者支援をビジネスの柱とするアライアンサーズを立ち上げた。

 「高齢者支援の対象はセクシュアリティに関係なく行っているのですが、やっぱり心情としてLGBT高齢者の人たちに対する思いは強い」

アライアンサーズが提供するLINEを使った見守りシステムの登録カード

真夜中、突然の電話が・・・

 会社の立ち上げから1年ほど経過した2019年の秋、上野のゲイバーの店主、Aさんから連絡が入った。「息が苦しくて、震えが止まらない、助けてほしい」という内容だった。

 「夜も8時を超えていましたが、すぐに駆けつけました。家の中は足の踏み場もないほどの状態で、いわゆるゴミ屋敷のような状態……」

 一人暮らしの高齢者にはよくあることだ。「孤独→アルコール→精神状態の悪化→ゴミが捨てられない→健康を害す→病気発症」などの負のスパイラル。最悪の場合は孤独死だ。

救出当日の様子(久保氏提供、本人からの掲載許可はいただいております)

 「70歳近い方で、とにかくかかりつけの近所の総合病院に連れていきました」

 Aさんは現在、アライアンサーズが任意後見人となり、生活全般の支援を行っている。

 「Aさんの事例で良かったことは『助けてほしい』と言えたこと。これを言えない高齢者が本当に多い。勿論病気になる前も含め、『助けてほしい』でも『教えてほしい』でもなんでも構わない。人を頼れず孤立するケースが本当に多いんです。Aさんは今も病院で療養中ですが、私たちとの関係は良好でお見舞いに行くと凄く喜んでくださいます」

 今ではLGBTに理解のある医師、社会福祉士、行政書士、税理士などとの連帯の輪も広がり、今年の春に見守り支援サービスを拡充させた。

 「LGBT当事者も人に言えない秘密がある人もない人も気軽に相談して頂き、そして我々が困っている高齢者の力になりたいんです」

 夕暮れ時の浅草。「当面の間休業」と張り紙されたゲイバーの扉の前で、久保氏は上のように話してくれた。

 日本のLGBT人口は全体の7~8パーセントとする試算がある。現在65歳以上の高齢者は3600万人。つまり250万人以上の高齢LGBTが存在することになる。

 全ての人が安心して長生きできる社会を実現するために、アライアンサーズの取り組みは続く。

(タイトル部のImage:末並 俊司)