アスリートたちの活動を伝えたい

今後はどんな活動をしていきたいですか。

 動画配信に取り組むほか、引き続きパラスポーツを題材にした作品を描いていきたいという気持ちは大きいですね。制作活動を通じて、身体の制限を超えて可能性を広げていこうとしているアスリートたちの活動を、世の中に広く伝えていきたい。

 ただ、モデルの写真集めをどうするかが課題となっています。写真家の方々がお持ちの権利のこともありますので、こちらは今は休止しています。私個人では分からないところもあり、何らかの良いやり方を見いだせればと思っています。

 これとは別に、従来とは異なる題材で制作してみないかというご提案もいただいています。私の制作スタイルで対応可能なのかどうか、どのように進めればよいかといった点も含めて、検討している最中です。

人は皆、年齢を重ねれば身体の制約条件が増えてきます。日本は超高齢社会を迎えつつある中、人それぞれがどう喜びを見いだし、どう社会との関わりを持って生きるかというテーマに、焦点がより強く当たるようになると思います。障害がありつつイラストレーターとして日々の制作活動や暮らしを続ける中、人と社会の関わりについて何かご意見や感じるところはありますか。

 皆様から私の作品や制作活動に注目していただいている要因の1つには、私が身体上の制約を持っているということは間違いなくあるでしょう。しかし私としてはそれもOKでして、作品づくりを通して障害や福祉・介護のことをもっと知っていただきたいと思っています。

 私は以前、別府のセンターでリハビリ生活を続けていたのですが、この土地での生活はある意味カルチャーショックでしたね。車いすユーザーが当たり前のようにそばにいる感覚の土地なのです。

 センターでのリハビリを終えるくらいの時期に、入所している人たちなど複数人で、センターの近くにある飲食店に行きました。私のような車いすユーザーは事前にお店に連絡しなきゃいけないと言ったのですが、結局、予約もせず普通にみんなでお店に行くことになったのです。するとお店の人は戸惑いもせず迎え入れて、固定イスをすぽっと外して席を用意してくれました。さらには「これ使いますか?」と介護向けの食器までも用意してくれました。

 また、センターで出された最後のリハビリの課題が印象的でした。それは「1人でデパートに買い物に行って帰ってくる」というものです。1人でなんて無理でしょうと思ったのですが、スタッフは大丈夫だからやってみてくれと言いました。意を決して、私は自分で電話して介護タクシーを呼んで、デパートに行きました。心臓バクバクものでしたね。

 デパートに入ると普通に店員が対応してくれて、私がこれとこれを買いたいのですがと依頼すると、普通に店内を案内してくれました。その時買ったのは、妻のネックレスと、娘のおもちゃでした。今、妻(筆者注:取材時に付き添った千佳子氏を見やりながら)が付けているのがそのネックレスです。

今でこそ施設などのバリアフリー化やユニバーサル対応は進んでいますが、人口の多い東京圏でも、そこまで普通に対応されることは少なそうですね。

 私がいつも思うのは、まずは「心のバリアフリー化」が大事なんじゃないかということです。私もたまに買い物などで外出するのですが、スーパーマーケットに行くと、子どもたちが私のところに寄ってきて、車いすをじっと見て「ガンダムみたい」と言うのです。

 私が乗っている車いすは、機能性はもちろんですが、最終的には格好いいという基準で選びました。だから私にとって子どもたちのそういう反応はすごくうれしいことなのですが、親御さんが変に気を回して、子どもの行動を抑えてしまう。

 映画やドラマを観ていて気がついたことがあります。海外の映画やドラマだと、車いすユーザーが脇役やエキストラとして普通に映像に登場するのです。日本の映画やドラマだと、障害をテーマにしたストーリーであれば車いすユーザーが出てきますが、脇役などで普通に登場することは、まずないのではないでしょうか。

 ただ、こうした介護や福祉にまつわる様々な事情や雰囲気は、私も当事者になって初めて知ることになりました。介護や福祉のことにもっと気軽に触れられる環境があると、この辺りの雰囲気が変わってきて、良い方向に進むのではないかと思います。

 私は海でサーフィンをしている時に事故に遭って障害を持つことになりました。私はポジティブに物事をとらえる方ですが、事故から2年くらいの間はずっと「死にたい」とばかり言っていました。

 けれども家族の支えもあり、イラストの制作活動を通じて従来は考えられなかったような人の縁ができました。作品づくりを通じて、いろいろな立場の人たちを応援していきたいですね。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)