痛み止めに使われる消炎鎮痛薬に、心臓のポンプ機能を果たす筋肉(心筋)を効率的に再生させる効果があることを、筑波大学医学医療系教授の家田真樹氏と米ワシントン大学研究員の村岡直人氏らのグループが発見した。安全性が認められている安価な低分子化合物が、効率的な再生医療や創薬の新たなリソースになり得る可能性を示す画期的な研究成果だ。

 心筋細胞が心筋梗塞などで壊死すると、線維性の組織に置き換わる。線維性組織は拍動しないため、心不全や致死性不整脈の原因となる。現在、心筋の再生といえば、ES細胞(胚性幹細胞)や、iPS細胞(人工多能性幹細胞)から心筋細胞を誘導する手法が試みられている。幹細胞は自己複製能力と様々な細胞に分化する能力を持っているためだ。

 しかし、これらの手法の場合、まず幹細胞から作り出す必要があるため、心筋細胞にするまでに細胞の培養や分化誘導、精製の手間がかかる上、増殖能を持つ細胞が混入することによる腫瘍化のリスクが課題になっていた。

 今回の研究は、家田氏らが8年前から開発を進めている「直接リプログラミング」の技術を発展させたもの。同氏らは、2010年にマウスの線維芽細胞に3つの遺伝子を入れるとiPS細胞などの多能性幹細胞を経ずに直接心筋細胞に分化誘導できることを見いだし、一躍世界中の研究者の注目を集めた。

直接リプログラミング法とは何か

 家田氏がこの直接リプログラミング法の研究を始めたのは、米グラッドストーン研究所に留学した2007年のこと。「循環器内科医として、日々従来の治療法では治らない重症な心疾患の患者を診てきた。日本ではドナー不足により心臓移植件数も年間わずか40例ほど。また、様々な合併症を抱える高齢の心不全患者にはその道さえない。そのため、心臓の再生医療に取り組みたいと研究を始めた」と話す。

 ちょうど家田氏が留学する1年前の2006年には、山中伸弥氏(現京都大学iPS細胞研究所所長)が4つの遺伝子の導入により線維芽細胞をiPS細胞にできることを発見。それを機に、世界が一斉にiPS細胞を使った再生医療の研究に取り組み始めていた。「遅れて再生医療の研究を始めたこともあり、iPS細胞を使わない次世代の再生医療の研究をしたいと考えた。iPS細胞には、常に腫瘍形成のリスクがあることも念頭にあった」からだ。

 そこで家田氏が注目したのが、生体の可塑性(細胞が別の細胞に変身すること)。例えば、大動脈弁の線維芽細胞は骨芽細胞(新しい骨をつくる細胞)に転換して「大動脈弁の石灰化」を、胃粘膜は腸上皮に転換して「胃の腸上皮化生」を起こすことが知られているが、それらは可塑性の結果だ。「わざわざ幹細胞にまで戻さず、直接目的の細胞を作り出す方法を探った。すなわち、心臓再生においては、心臓内に豊富にある線維芽細胞の性質(プログラム)を書き換えることで心筋細胞にできれば、新たな心臓再生法につながると考えた」と家田氏。

 家田氏らは、心筋細胞のリプログラミングの転写因子(遺伝子の発現をオンにするスイッチ)を特定するため、心筋細胞のみで緑色の蛍光タンパク質(GFP)を発現するトランスジェニックマウスを作成し、心臓発生に重要な因子をスクリーニングして14の転写因子を候補因子として特定した。最終的に、Gata4、Mef2c、Tbx5(GMT)という3つの心筋転写因子の組み合わせにより、心臓線維芽細胞から心筋細胞へ誘導できることを発見した(図1)。

図1●3つの心筋転写因子で線維芽細胞から拍動する心筋を作製(出所:Cell.2010;142:375-86.)