人生の3分の1を占めながら、睡眠の世界は謎だらけ。世界主要国で日本人の睡眠時間は最短レベルで、健康上も悩ましい問題だ。世界トップレベルの睡眠研究をバックボーンに、睡眠をより簡便かつ正確に測定し、医療ソリューションを与えようというのが、筑波大学発のベンチャー、S’UIMIN(すいみん)のミッションだ。最高執行責任者(COO)の藤原正明氏に話を伺った。

脳波測定ウエアラブルデバイスを開発

 経営ビジョンには、「世界中の睡眠に悩む人々にとっての希望の光となる」を掲げ、目下、睡眠を診断するため、誰でも簡単に装着できる脳波測定ウエアラブルデバイス(図1)を開発中だ。

図1●脳波測定ウエアラブルデバイスのイメージ(提供:S’UIMIN)

 手本としているのは血圧計で、今や血圧は国民的関心事だ。これは、簡易な家庭用血圧計が普及したためで、医療機関のように緊張のない、落ち着いた状態で測定が可能になり、「家庭血圧」という言葉が生まれ、医学の教科書が塗り変わった。血圧に敏感になった一部の人では、測定だけで生活習慣が改善し値も良くなる恩恵さえもたらした。

 一方、睡眠の測定は、大がかりだ。睡眠時無呼吸症候群の診断に用いられるポリソムノグラフィー(PSG)は、検査に1泊の入院を伴い、就寝中に脳波、筋電、眼電、心電図などの電極、気流センサー、パルスオキシメーターなどを装着する。覚醒から眠りに落ちると、レム睡眠(高速な眼球運動を伴う眠り)とノンレム睡眠1~3(浅い眠り~深い眠り)を周期的に繰り返す。PSGで得られた膨大なデータは、その道に長けた臨床検査技師が解析し、睡眠をステージングしていく。

 もっと簡単な装置で、PSGに匹敵する結果が得られないか──。S’UIMINでは、やはり筑波大発のベンチャーであるサイバーダインとともに、ヘッドバンドのように容易に装着できる脳波測定デバイスの開発を目指した。アプリを通じてデータを送信すると、それを人工知能(AI)が解析して、睡眠のステージを判定し、たちどころに送り返してくれる。この“頭脳”部分の開発は、筑波大の計算科学研究センターとともに手がける。

ベンチャー社長解任後、柳沢氏から誘われる

 藤原氏は、東京大学大学院で獣医学を修め、中外製薬でバイオ新薬開発に携わるなどした後、いわゆる基盤技術型ベンチャーであるカイオム・バイオサイエンスの創業社長となり、2011年にマザーズ上場に導いた。その後、技術的な壁もあり、あらゆる手段を駆使して会社業績の回復を図ったが、2017年2月、育てた会社を突然事実上解任される。

 幸い、次なる仕事のオファーもあり、条件面なども申し分なく、そろそろ家族の意向に応えるべきとの思いもあって十中八九そちらに傾いていた。同時期に打診を受けていた睡眠ベンチャーの立ち上げには、断りのメールを書いていたが、それを見せた妻の助言で、1度だけ会ってみることにした。会ってしまうと、揺れる気持ちが押さえられなくなるかも、と予感しながら。

S’UIMIN最高執行責任者(COO)の藤原氏(写真:寺田 拓真、以下同)

 藤原氏を迎えたのは、筑波大の国際統合睡眠医科学研究機構の機構長で、脳内の睡眠関連物質オレキシンを発見するなど、睡眠の基礎医学研究で世界をリードする柳沢正史氏だ。その研究人生の原点は、大学院時代に強力な血管収縮物質であるエンドセリンを発見したことだった。実は1988年、中外製薬にいた藤原氏が、「すごい研究をやる人がいるな」と目を見張り、研究所内の論文抄読会で発表したのが、この論文だった。その一方的に憧れていた、1歳年上の柳沢氏が睡眠研究の第一人者となって目の前に現れ、熱く事業の構想を語っている。

 藤原氏の翻意は、柳沢氏に会った感激だけが理由ではない。もし、再度ベンチャーに挑戦するならば、2つのキーワードを絡めたいと思っていた。1つは、人工知能(AI)。そして、もう1つが、中枢神経だった。睡眠は、正にその2つのキーワードを射貫いていた。「ベンチャーはきついが、もう1回、より楽しいことをしてみたい」。

 2017年6月、藤原はまず、つくばグローバルイノベーション推進機構の職員となり、文部科学省に採択された「地域イノベーション・エコシステム形成プログラム」の統括者として、具体的な事業を担うベンチャーの起業時機を探っていた。

 参画から間もなく睡眠プロジェクト会議で、解析可能な脳波の生体電位が取れることが明らかになった。一方、解析する側のAIも、ベテラン検査技師の解析結果との一致率が8割を超えるまでになった。

 「これはのんびりしてられない」と夏休みに会社設立趣意書をまとめ、10月に起業、すべての時間をベンチャーに捧げる手はずが整った。社名のS’UIMINは、CEO(最高経営責任者)である柳沢氏の発案だが、これを「Sleep is Ultimate Intelligent Mechanism In Nature」の短縮形としたのは、藤原氏だ。1カ月ほど考え続けたある朝ひらめき、柳沢氏もうならせた。

トヨタも出資するファンドから資金調達

 S’UIMINは2018年10月、未来の脱自動車会社を目指すトヨタ自動車もLP(有限責任組合)として出資している「未来創生ファンド」から7億円の資金調達を行っている。さらに、筑波銀行や常陽銀行など、地元の金融機関などを含めて、約2億円を追加で得ている。

 現在は脳波測定デバイス開発の最終段階を迎えており、コードレス、軽量、PSGと同等レベルのクリアな脳波取得という目標を掲げ、“性能”と”寝心地”という相反する要求を満たすことに注力する。睡眠中は無意識下で制御不能な状況にあるため、ひと晩(約8時間)にわたるノイズとの戦いが勝負となる。

 睡眠の測定では、スリープウェル、パシフィックメディコ、大阪大学発ベンチャーPGVなどが、簡易型の睡眠検査機器や脳波センサーを開発しており、既に医療機器としての認証を取得したり、実用化している。遅れはとったが、技術力では負けない自負もある。世界トップレベルの柳沢氏の研究には、優秀な臨床検査技師たちや、日本睡眠学会の要となる臨床医たちが関心を寄せ、顧問やアドバイザーの契約を結んでいる。

 藤原氏は、「柳沢の求心力に支えられている面は大きいが、この事業を通じてその名声がさらに広がるようにしたい」と意気込みを語る。

 中外製薬時代、研究企画部門での広い疾患領域での研究支援と事業開発活動を経験すると共に、4年間米国に滞在して、当時米国で勃興していたベンチャー企業を回って共同研究のシーズを探し歩いた、目利きの経験が発揮されている。

 藤原氏は、ベンチャー経営の成功も失敗も踏まえ、ネットワークを広げており、S’UIMINには、最初から信頼できる、もしくは実績のある人間が集う。認証取得を見据えて、GEヘルスケアで技術部門の責任者や品質管理や安全管理責任者を務めていたメンバーも参加している。

CEOを務める筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長の柳沢氏(左)と藤原氏

 将来的に、開発した測定装置は医療機器としての認証を取得後、家庭用血圧計のように広く普及させ、睡眠障害診断のデファクトスタンダードにすることを視野に入れている。

 まずは、人間ドックあるいは健康診断のオプションとして、貸し出した機器で1週間ほど測定してもらい、睡眠を検査するサービスを目指す。「1週間の測定で健康診断時の一般的なオプション検査と同程度の金額に設定できれば、一定の希望者が出てくるのではないか」。測定だけでなく、何らかの介入(睡眠の指導や治療)というソリューションも用意する予定だ。

 一方、蓄積した膨大なビッグデータから、新しい科学的知見が生まれることも期待されている。例えば、特定の異常な睡眠パターンを示す人に、共通した遺伝子が見つかるといった具合だ。ヒトを含む動物は、なぜ眠くなるのか、なぜ眠らなくてはならないのか──ノーベル賞級の疑問の解明に一役買う可能性もあるのだ。

 「睡眠に対する意識を高めて、行動から変えていける社会を目指し、睡眠に悩むことなく健康に暮らせる社会を実現したい」。描く夢は、社会変革だ。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)