2020年5月、社会医療法人石川記念会HITO病院(愛媛県四国中央市)が、新型コロナウイルスの流行という有事の中で、地元の老舗中小企業と「マスクにつけれるアイシールド」(商品名)の新事業を創出するに至ったので、CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)事例として紹介する。

 CSVとは、米国の経営学者マイケル・ポーターが提唱する概念で、「企業が事業を営む地域社会によいことをしながら、みずからの競争力をも高めること」である。CSR(社会的責任)よりも攻めた、地域も企業もwin-winの概念だが、実現は容易ではない。マイケル・ポーターは「共通価値の戦略」(ハーバードビジネスレビュー2011年6月号)の中で、CSVの3つのフレーム、すなわち(1)製品と市場を見直す、(2)バリューチェーンの生産性を再定義する、(3)ビジネスを営む地域に産業クラスターを開発する──を示している。本事例は、そのうち、3つめの「ビジネスを営む地域に産業クラスターを開発する」起点となるものである。

 HITO病院のある四国中央市は、香川県、徳島県、高知県と県境を接する愛媛県の東端部に位置し、人口は8.6万人である。四国中央市は紙の町として知られ、紙製品の工業製品出荷額は全国1位である。HITO病院は、1979年に開設された石川病院を前身とする。2013年に新築移転したのを機にHITO病院と命名された。257床を有し、四国中央市の急性期病院として、各専門性を高めた高度医療を提供している。特に脳卒中や心疾患に対しては、圏域内で唯一救急対応が可能な施設となっている。

 最近までHITO病院と地域社会との関わりは、一部で地元企業から病院への紙おむつの納入があったものの、HITO病院の診療や救急受診、入院、人間ドックなどの医療を住民が受けるという、医療提供者と患者という関係性がほとんどであった。また、病院から地域へのCSRの取り組みとしては、医師が各自治体や小中学校に出向いて疾病予防や介護予防についての講演を行う出前講座や、毎年地域住民を病院に招いたHITOフェスタが開催されていた。

 本事例のスタートは、コロナ禍の医療用マスクの確保に迫られた危機からである。2020年4月、全国的な新型コロナウイルス感染拡大の影響は、感染者の確認されていない四国中央市にも既に及んでいた。HITO病院の医療用マスクの在庫が残りわずかとなり、各種医療資材の確保も難しくなっていた。普段マスクの調達は購買課の仕事であったが、通常ルートでは確保は困難になっていた。そこで、HITO病院地域包括ケア推進部の石津裕之部長が、今までこの地域で作り上げた人脈を頼りに地元企業を回って、マスク確保に奔走していた。

HITO病院地域包括ケア推進部の石津部長と病院全景(写真:HITO病院)

約1カ月で製品化に漕ぎ着ける

 その中で、4月3日、紙おむつの取引があったエルモアブランドのカミ商事から石津部長に、マスクの内側に敷くシート(商品名:ズレにくい!マスク用インナーシート)ならば、1万枚を提供できるとの提案があった。この商品は、のちにアイシールドの共同開発を行う高津紙器が、感染対策商品として既に商品化していたものだった。4月9日カミ商事とともに、高津紙器の高津俊一郎社長がHITO病院を訪れた。

完成した自社のフェイスシールドを着ける高津社長と本社工場(写真:高津紙器)

 高津紙器は、明治15年創業の歴史ある老舗中小企業である。紙箱や紙管など厚紙の加工を得意にしており、以前から自社の技術をヘルスケア事業に生かしたいと考え、様々な研究、開発を進めていた。また、2019年夏のえひめ医療機器開発支援ネットワーク主催のHITO病院での展示会にも出展していた。並行して、ヘルスケア事業に参入するため、新工場も建設中であった。

 2020年3月ごろから高津紙器では、クリアファイルを使ってフェイスシールドの試作に取り掛かっていた。そして4月9日の場に、前述のインナーシートだけでなく、顔全体を覆うフェイスシールドの試作品を持ってきていたのだった。HITO病院と高津紙器とは、4月以前の付き合いはなかったものの、HITO病院ではフェイスシールドも在庫が不足していた。フェイスシールドが市内で新たに調達できるようになることは病院にとって願ってもないことだった。

フェイスシールドの試作品(写真:HITO病院、以下同)

 ただ、高津社長の持参した試作品は、まだまだ使いにくさがあった。そこで石津部長は、すぐに100円均一ショップで材料を買い求めて、即日病院側からの要望を高津社長に伝えたのだった。最初は、この頭から被るタイプのフェイスシールドをHITO病院感染管理室の医師・看護師が一緒に製作し、完成に至った。この経験から病院は、高津紙器が紙加工会社でありながら、PETを材料にしてシールドも作れることを認識した。完成したフェイスシールドは、重さ・ムレ・曇りから長時間の使用は過酷で、かつ高価(当時700円)と課題が多かった。

 より快適なマスク装置型のシールドも、市場に既製品はあったものの、マスクと一体型であった。マスクが汚染されたら、シールドごと破棄が必要であり、新型コロナウィルスの有事にはすぐに使い切ってしまう恐れがあった。それであればマスクが汚染してもシールド部分は破棄せず、繰り返し使用できるシールドが開発できないかと、4月15日に石津部長は高津社長に相談を持ちかけた。これがHITO病院と高津紙器による、アイシールドの共同開発が始まった瞬間である。

完成したフェイスシールド

 高津紙器は、何度かHITO病院の感染管理医師や看護師からのフィードバックをもらいながら、アイシールドの共同開発を進めた。高津紙器では、設計開発の藤田智也チームリーダーが中心となり、これまで箱の設計で蓄積した加工ノウハウをシールドに生かしながら、シールドの厚み、重さ、形状などテストを繰り返していった。試作品に対するHITO病院のフィードバックの早さもあって、約1カ月で「マスクにつけれるアイシールド」の名前で製品化に漕ぎ着けた。

有事から生まれた新たなコラボレーションによる共通価値の創造

 通常、高津紙器が新商品を発売する場合は、製品化まで半年〜1年を要していたのに比して、尋常でない早さであった。特許は高津紙器が単独出願した。手作業ではなく、国産で大量生産が可能な仕様にすることができたため、定価1枚98円(税別、送料別)という低価格を実現した。

 着想からわずか1カ月後の5月18日に、正式に販売がスタートした。5月19日にはHITO病院に初回100枚が納入された。HITO病院側は共同開発に携わったことで、高津紙器 から、割安かつ優先的にアイシールドの供給を受けることができた。

「マスクにつけれるアイシールド」商品パッケージ

 本製品の利点として、安価で、繰り返し利用可能に加えて、以下の点が挙げられる。

(1)頭に被るタイプと異なり上部が空いているのでムレが少ない
(2)裏面が曇り止め加工になっている
(3)視界の歪みを低減するために上部に折り線がある。折ることによりシールドが平面となり視界がよりクリアになる
(4)マスク、防護服、シールドなどは、これまで中国、ベトナムといった海外製がほとんどであった。本品は国産であり有事の供給網維持にも有益である

 病院と共同開発したということ自体も、類似製品との差別化を図ることができ、販売の上では強みとなった。HITO病院に投入された5月19日から、総合診療科の筆者もこのアイシールド装着で初診外来を日々行っている。特に診療に支障はなく、視界は良好で安心感があり、半日の診療を連続して行うことができている。一般的な外来での利用では、利便性と飛沫感染防護の良いバランスが取れている商品だと感じた。

 なお、発売前のプレスリリースの準備は、HITO病院の広報部門が全て行った。HITO病院が培ったメディアのネットワークを活用したことで、取材は7社を数え、新聞・テレビ・オンラインなど全国的に多くのメディアに「マスクにつけれるアイシールド」のことが取り上げられた。高津紙器は宣伝費をかけることなく、全国に新商品をアピールすることができた。その結果、販売初月の5月だけで20万枚以上の枚数で、全国30以上の病院からの受注を受けている(「マスクにつけれるアイシールド」は高津紙器ホームページや各種通販サイト、ドラッグストア、ホームセンターから購入可能)。

 1カ月で製品化に漕ぎつけたため、現場で使う中での課題は複数見つかっている。高津紙器では、HITO病院からのフィードバックを引き続き受けながら、より役に立つ商品へ改良を進めている。

 新型コロナウイルスの流行という有事は、既存の地場産業に打撃を与える一方で、その緊急の状況が、新しいコラボレーションにつながった。平時ならば時間がかかる商品開発や病院における商品採用も、ごく短時間で実行することができた。

アイシールドを装着し診療に従事する筆者

 HITO病院から見ると、地域社会にとって新たな事業の創出という価値あることをしながら、その商品を病院の診療で活用することで、より安全な医療を地域社会に提供することもできるし、調達コストを抑えることもできた。HITO病院の理念「HITOを中心に考え、社会に貢献する」を体現したCSV(共通価値の創造)であった。この経験をきっかけに、HITO病院では医療で地域社会に貢献することはもちろんのこと、今後も地域社会とwin-winとなるような価値の創造を目指していく。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)


【筆者】

五十野 博基(いその・ひろき)<HITO病院 総合診療科 医長>
総合内科専門医・集中治療専門医・家庭医療専門医。新潟県出身。2008年筑波大学医学専門学群卒業後、筑波大学附属病院総合診療グループに所属しながら、2018年3月に筑波大学大学院で医学博士を、2020年3月に名古屋商科大学ビジネススクールで経営学修士を取得した。病院から患者さん、医療者、地域を笑顔にしたいという夢の実現に向けて、2020年4月より「いきるを支える」をコンセプトにしたHITO病院に夫婦で赴任して、現在に至る。