2020年4月7日に新型コロナ感染症の拡大に伴う緊急事態宣言が出されたことで、日本全国のジムやスポーツクラブが休業に追い込まれた。一方、同時に要請された在宅勤務や外出自粛により一般市民の運動する機会が減るという事態が生じた。そこで一気に存在感を増したのが、オンラインフィットネスサービスだ。

 在宅時間が増えたことで、日本では2000年代後半にヒットした「ビリーズブートキャンプ」DVDで再度トレーニングに挑戦する人が増加している。こうした中、LEAN BODYの展開するオンラインフィットネス動画配信サービス「LEAN BODY」は2020年4月に「令和版 ビリーズブートキャンプ」の配信を開始し、2020年5月時点で累計250万回再生となった。LEAN BODYがフィットネス動画配信サービスを開始したのは2018年3月。2020年3月には“コロナ支援”として試用無料期間を14日間に伸ばしたこともあり、2020年4月期には2020年2月期に比べて新規登録ユーザー数が約21倍に急増したという。

LEAN BODYは「令和版 ビリーズブートキャンプ」の配信を開始
ビリー・ブランクス氏のおなじみ短期集中型メソッドを日本人向けにアレンジしたという(写真:LEAN BODY)

 ただし、オンデマンドでの動画配信では人とのコミュニケーションが少なく、ユーザーにとっては運動を継続するのが難しい。そこで在宅勤務で普及したWeb会議ツール「Zoom」などを使ったパーソナルトレーニングやグループトレーニングのサービスが次々と登場している。変わったところでは、プロレス団体の1つであるDDTプロレスリングが、現役プロレスラーから指導を受けられる「DTTレスラーズ オンライン家庭教師」を2020年5月8日に開始した。オンラインサービス売買サイト「MOSH」ではフィットネスなどのオンラインレッスンを提供する事業者が急増し、4月の予約・取り引き件数が前月比260%増になったという。

AIパーソナルトレーナーがノートパソコンに登場

 Web会議ツールを使えば、遠方にいる講師や有名講師のレッスンもグッと受けやすくなる。とはいえ、場所の制約はなくなっても1人の講師が指導できる人数には限りがある。こうした課題の解決に向け、画像認識技術を活用したAIパーソナルトレーナーも登場した。

 マイクロエンタテインメントはイスラエルのスタートアップ企業Kemtaiが提供するAIパーソナルトレーナー「Kemtai」の日本展開を開始すると2020年5月13日に発表した。ノートパソコンのWebブラウザー経由で提供するサービスで、トレーナーによる手本の動画を再生しながら、カメラで撮影する動画からユーザーの動きを認識して手本との差を分析、実際のトレーナーのように「ひじをもっと上げて」「いい調子」といったリアルタイムでのフィードバックを返したり、動きをスコア化して評価したりする。年額は96米ドル(月額8米ドル相当、1米ドル=108円として約860円)とAI活用ならではのコストパフォーマンスを見せる。

AIがパーソナルトレーナーのように声掛けする「Kemtai」
ユーザーの動きを認識して正しいフォームに導いてくれる。Webブラウザーを介して、手持ちのノートパソコンで実行できるのが特徴だ(写真:Kemtai)

 既存のジムやスポーツクラブも手をこまぬいていたわけではない。東急スポーツオアシスは、他社に先駆けて2017年にスマホを使いフィットネス動画コンテンツを提供する「WEBGYM」アプリを開始している。“業界初”としたLIVEレッスン配信アプリ「WEBGYM LIVE」は2019年1月に開始した。ヨガやエアロビクスのほか、バイクやバランスボールなど、家庭にある運動用具を使ったプログラムも用意するのが特徴だ。新型コロナ感染症に伴う外出自粛などに合わせて、2020年2月末には期間限定での有料アプリの無償提供を発表し、2020年3月13日には無料ライブ配信イベントを行うなど、素早く対応した。

 他の大手各社も新型コロナをきっかけに一斉に無料動画公開などのオンラインサービスに踏み切った。例えば、セントラルスポーツは2020年5月11日に、YouTubeで「セントラルスポーツチャンネル」として無料ライブ配信を開始した。チャンネル登録者数は1万人を超え、スポーツクラブ事業と連動する新サービスとして2020年6月の継続実施を決定した。パーソナルトレーニングのRIZAPは会員向けに2020年5月7日にオンラインセッションを開始した。さらに、ショート動画SNSサービスのTikTokやYouTubeで無料動画コンテンツを提供し、新たな集客を狙う。

 ルネサンスは2020年5月15日から、各実店舗の講師が行うZoomを使ったオンラインレッスンを一般に向けて1レッスン550円(税込み)で提供し始めた。2020年6月15日からは月額3300円(税込み)の受け放題プランを導入する予定だ。

 最大手であるコナミスポーツは会員向けに他社のオンラインサービスを2020年6月30日まで無料提供することで、会員のつなぎ留めに注力する。2020年5月9日にトレーナーによるランニングを中心としたセッションの音声生配信サービス「LiveRun」の提供を開始した。2017年設立のベンチャー企業であるライブランが提供するサービスで、トレーナーの音声による生実況を聴きながら各ユーザーが別々の場所でランニングなどのトレーニングに取り組む。また、ヨガなどのオンラインライブレッスンを行う「SOELU」(SOELU)についても会員に向けて2020年5月11日から提供している。今後、オンラインフィットネスサービスを通じて、大手とベンチャーの協力体制が進む可能性もありそうだ。

ソーシャルでゲームから脱皮

 オンライン化が進むゲーム業界でもフィットネス分野が盛り上がりを見せる。任天堂の家庭用ゲーム機「Nintendo Switch」では、記録的大ヒットを飛ばす「あつまれ どうぶつの森」の陰で、「リングフィット アドベンチャー」がフィットネスゲームとして健闘を見せている。ゲーム機のコントローラを付属の「リングコン」と「レッグバンド」にセットし、エクササイズの動きによりゲームを進めていく。ゲームのストーリー性により運動を続けやすくしている。

 加えて、同タイトルは有償のオンラインサービス「Nintendo Switch Online」に対応している。自分のベストスコアを世界のプレーヤーと比べることができたり、エクササイズで得られたポイントを知人にプレゼントできたりするなど、ソーシャルゲーム的な仕組みによって継続的な利用を促している。

 リングフィット アドベンチャーは外出自粛となった地域などで注目が集まっていたと思われるが、そこに生産地である中国が新型コロナ感染症の影響を受けて生産・出荷遅延が生じ、品薄となったとして2020年2月6日には任天堂はお詫びを発表した。2019年10月18日に発売された年末商戦向け製品で出荷遅延などの影響も受けたにもかかわらず、年明け後も販売数を伸ばし2020年5月7日時点で全世界での実売数が273万本に達したという。

 新型コロナ感染症の流行を機に“ゲーム”から“フィットネス”や“スポーツ”へと脱皮しているのが、米Zwiftの自転車などに向けたオンライントレーニングプラットフォーム「Zwift」だ。2008年北京五輪の男子トライアスロン金メダリスト、ヤン・フロデノ氏は、医療機関向けなどの寄付を募るため、自宅でスイム(水泳)3.8km、バイク(自転車)180km、ラン(長距離走)42kmを走破するアイアンマン・ディスタンスに挑戦する様子をライブ配信しながら8時間33分39秒で完走し、完走時点で20万ユーロ以上の寄付金を集めた。そのバイクパートとランパートにZwiftを利用した。

オンライン上のバーチャル空間で自転車に乗る「Zwift」
利用料は月額1650円(税込み)。BluetoothやANT+による無線通信機能を備えたスマートトレーナー(10万円前後〜)と組み合わせる。スマートトレーナーは自動で負荷を調整し、平坦な道や坂道といった道の勾配を再現する。各メーカーが自社アプリとの連携利用を想定するほか、サードパーティーのアプリとも連動できるようにしており、Zwiftでは踏み込み出力の再現率誤差などの基準を設け対応するスマートトレーナーに認証を出している(写真:Zwift)

 Zwiftは、いわば自分のバイクがコントローラーとなるVR(仮想現実)サイクリングとして2014年にサービスを開始した。バイクの後輪部分にスマートトレーナーと呼ばれる装置を取り付け、バイクの出力をネット上の仮想コースでのバイクの動きに反映する。コースは現実の場所に因んだ場所も架空の場所も用意されており、時刻や天気によって変化するバーチャル空間での景色を走りながら楽しむことができる。

 また、バイクやホイール、アバター(自転車に乗っている人物)の外見やジャージを細かく設定することができ、オンラインコース上で他人と一緒に走ることも可能だ。「Zoom」や「Discord」などのビデオ通話アプリを併用して仲間同士でコミュニケーションをとることもでき、オンライン空間ながらも通常のツーリングに近い体験を得られる。

プロの露出から一般ユーザーに拡散

 当初、Zwiftはハイアマチュアの間で話題になっていたもののプロには「バーチャルのゲームをやっても速くなれない」とされていた。それがここ2〜3年で風向きが変わってきたところだった。米国ハワイ州コナで開催されるアイアンマン世界選手権大会で、10位入賞者のうち8人がZwiftユーザーだったなど、プロでの利用が盛り上がってきたのだ。

 同社公式イベントの一環として開催されるイベントZwift Academyが南アフリカのプロチームNTTプロサイクリング(旧dimension data)のトライアウトになったり、国際自転車競技連合(UCI)と「UCI Cycling Esports World Championships」を2020年に開催することで合意したりするなど、プロ層での利用が拡大していた。

 こうした状況の中、新型コロナ感染症の影響により都市封鎖や大会中止が相次ぐと、国内外のプロ選手が練習に加えてスポンサー企業のロゴを積極的に露出したりファンと交流したりする場としてZwiftを利用し、SNSで拡散した。レースを見て楽しむファン層にも認知が広がり、以前購入したロードレーサーバイクを再活用する人も増えているという。

 オンラインでの魅力の一つが、有名選手を間近に見ながら一緒に走れる点だ。2020年4月に開催された、イギリスに拠点を持つロードレースチームTeam INEOSと一緒に走る企画では、同時ログイン3万8000人を達成した。2019年10月時点での最高同時ログインは2万9000人で、半年ほどで1万人近く増えたことになる。同社ではユーザーの増加のためサーバー増強に追われているという。

仮想空間でイベントを開催
特に最近はチャリティーイベントで活用されている。Team INEOSのゲラント・トーマス氏はイギリスの国民健康保険サービス(NHS)へのチャリティーのためのグループライドを2020年4月に開催した。医療従事者の敬意を表して1日12時間走るトレーニングを公開し、約32万5000ポンドを集めた。Zwift自体も、2020年5月に新型コロナへの対応策を展開する国境なき医師団への寄付に向けて「Tour for All」を開催し、4週間に渡ってグループライドやレースを行っている(写真:Zwift)

 日本ではベータ版などの運用を2015年頃から始めた。従来、日本人を対象とするイベントの参加者は400〜500人だったが、2020年4月には参加者が1200人程度に急増したという。

 日本では自転車の通行に向く場所が少ないこと、猛暑や梅雨などで走りにくい季節が多いことから潜在的なニーズは高く、また海外アプリながらユーザーによる私的なイベント開催により日本人同士でまとまって行動できる点でも受け入れられていると、Zwift Japanではみている。横展開として、ランナーに向けてトレッドミルやスマートシューズを利用する「Zwift Run」もベータ版を提供している。

(タイトル部のImage:出所はZwift)