2008年に起業されたオーガンテクノロジーズは、理化学研究所の研究成果を中核とするベンチャーで、器官(organ、オーガン)の再生医療の先駆者である。豊かに生きるためのライフヘルスケアと、病気にならないためのメディカルヘルスケア、再生医療の領域において、歯の再生、毛髪の再生、人工皮膚、毛髪による健康診断を4本柱に、エビデンスのある事業構築に取り組んでいる。研究開発担当取締役で、理研チームリーダーの辻孝氏に話を伺った。

天然歯と同様の構造を持つインプラントを開発

 まず手掛けるのは、辻氏が再生医療に関わるきっかけとなった、歯の再生だ。乳歯が抜けて永久歯に生え替わるように、ヒトの歯は再生可能である。辻氏は2009年、歯胚(歯の種)を移植したマウスの歯の再生に成功した。しかし、歯胚を再生する幹細胞は成体からは見つかっていない。また、iPS細胞(人工多能性幹細胞)などによる技術は開発途上にある。

 このため、歯の欠損に対する伝統的な治療であるインプラントに着目した。インプラントの生物学的な課題は、人工の歯を歯槽骨に直接結合させることだ。天然の歯には、歯槽骨との間に歯根膜という組織があって緩衝剤の役割を果たし、歯の知覚神経とも連動して、噛み心地を支えている。

 そこで、オーガン社では、インプラント表面にセメント質を介して歯根膜を結合させ、天然歯と同様の構造を持たせたインプラントを開発中だ(図1)。

図1●歯根膜を有する次世代インプラントの開発(辻氏による、図2~4とも)

 「人工の歯であれば虫歯にならず、天然の歯の生理機能を回復し、加齢成長に従って移動し、神経機能も有するため理想的な歯の再生だ」と辻氏は語る。まずは、歯根膜の残っている人たちを対象にした治療法を開発し、その後は歯を喪失して時間がたった場合の次世代インプラントの開発を目指す。

今年中に男性型脱毛症を対象とした臨床研究を

 より実用化が近いとされるのが、毛髪の再生だ。体の諸器官を作り出す幹細胞は胎児期にのみ備わっているが、毛髪だけは別で、成体になっても周期的に再生を繰り返す。毛髪の再生にも、2種類の幹細胞が必要である。辻氏らは2012年、マウスの実験で、皮膚の毛包(毛をつくる器官)のバルジ領域から器官再生能を持つ上皮性幹細胞、毛乳頭から間葉系幹細胞を採取し、両者を組み合わせて二層構造の毛包の“種”を再生し、それを植えて毛髪を再生させることに成功している(図2)。

図2●細胞操作による毛包原基の再生

 実際には、種だけを植えると皮膚(切開部位)が閉じてしまい、健常な毛髪が生えてこなくなる。このため、手術用のナイロン糸を1本、種に埋め込んでおくと、そこが毛穴となって、糸は自動的に抜け、毛が生えてくる(図3)。

図3●再生毛髪原基移植による毛髪の再生

 ヒトでは、男性型脱毛症や先天性乏毛症、瘢痕性脱毛症などの治療を対象に、2019年中に大学病院で臨床研究を開始する予定で準備を進めている。将来的には「再生医療等製品」としての承認を目的とした治験の実施を考えている。男性型脱毛症の人向けには、自費で行う自由診療として一足早い実用化につなげ、希少疾患に対しては保険収載を目指す。

 2011年から7年がかりで製造法を確立しており、京セラとの共同研究で安定的な製造方法を開発し、製品の規格化にも成功している。

 辻氏は、「審美目的のQOL医療といわれる美容形成分野にも科学的にエビデンスのある再生治療を確立していきたい。毛包が再生できれば、同じ原理・原則に基づき、将来的に内臓諸器官の再生にもつなげられる」と意欲的だ。

外用薬などの評価のための人工皮膚を開発

 オーガン社の事業の3本目が、外用薬などの安全性・機能性の評価のための人工皮膚の開発で、2017年に同社から発売され、2018年には「中小企業新技術・新製品賞」優秀賞を受賞している。

 医薬品はもちろん、化粧品や医薬部外品も、生体に対する安全性の評価が必要である。従来は動物を用いた試験が行われていたが、欧米を中心として化粧品分野での動物実験禁止の流れが進み、日本でも全面的に禁止されるようになった。

オーガンテクノロジーズ取締役で理研チームリーダーの辻氏(写真:行友重治、以下同)

 これまで人工的に培養した皮膚代替物は、開発、製品化されていたものの、安全性は評価できでも、安定して機能性や有効性までを評価できる製品は十分ではなかった。そこで、同社では第2世代の人工皮膚として、ヒトの皮膚構造と機能を高度に再現した製品を開発した。生体の皮膚のように張りがあり、物質の機能性も調べられる。表面に塗布するだけでなく、下の培養液に入れれば、血液を介した投与も再現できる。化粧品であれば、保湿成分のヒアルロン酸やコラーゲン、角質細胞の形成に必要なフィラグリンなどは、製品により増加の程度に差があり、機能に応じた化粧品の格付けも可能になるとみられる。

 オーガン社は、2016年に毛包や皮脂腺など皮膚の付属器も備えた皮膚の再生にも成功しており、包括的に皮膚機能を再現する生体外皮膚器官系モデルの開発を進めている。辻氏は、「次世代型の人工皮膚を通して、ヘルスケア領域にさらに科学的なエビデンスを得られるシステムを導入し、企業の支援をしたい。世界基準になる評価法ができれば、企業の製品開発は効率的になり、人々の生活がより豊かになるだろう」と期待を寄せる。

毛髪分析で過去からの健康状態が分かる

 社会実装への道筋が明確に提示されている前出の3事業に加えて、新たに4本目の柱として模索、研究しているのが、毛髪からの健康診断である。2017年、理研のほか、民間企業19社の参加を得て、オープンイノベーションのコンソーシアムを立ち上げた。

 従来の健康診断は、採血など痛みや侵襲性を伴うにもかかわらず、日内変動が大きく安定性に課題がある。これに対して毛髪は、毛母細胞が分裂してできた、いわば細胞の標本であり、月に1cmほど伸びる。生体内で唯一、過去ログが長期にわたり保存される(図4)。

図4●毛髪の生物学的意義と位置情報による健康情報の蓄積

 毛髪の分析法には、形態分析と組成分析が実用化されている。前者は、毛髪の変形から、事件、事故などの法科学で利用される。一方、組成分析では、警察庁科学警察研究所や都道府県警の科学捜査研究所において薬物や麻薬などの摂取の解析を行っている。また、環境科学では重金属やミネラルなども解析されている。血液や尿中では薬物などは2週間で消失するものの、毛髪には代謝物が痕跡として過去ログに残っている。

 こうした分析は、健康診断にも応用できるはずだ。例えば、肝がんでは、毛髪中のカルシウム、糖、鉄が蓄積されるなど、いくつかの疾患で小規模化な報告がいくつかある。毛髪診断コンソーシアムは、毛髪の形態分析と組成分析について、2年がかりで健康データベースの構築と疾患の新規マーカーの同定を目指す。まず、健常者と病気の人の毛髪サンプルを形態分析するほか、組成解析としてアミノ酸、ミネラル、脂質、ホルモンなどの成分についてのデータベースを構築。健康や生活習慣に関する約200問のアンケートとも組み合わせる。発症前の段階で予兆が捉えられれば理想的である。

 毛髪健康診断の利用目的は、企業により、疾病予防やエイジング、ヘルスケア、ヘアケアなど、それぞれ異なる。企業が個人にあったソリューションを提案し、それを試してから、再び手軽に調べられるのが、毛髪の大きな利点である。

 器官の再生医療について、着想から20年近く研究をリードしてきた辻氏は、「健康医療において、豊かで健康になるように、あたかも車の自動運転のように人々の動線を変えたい。日本発の世界初のイノベーションで、グローバルに通用する研究開発の社会実装を目指す」と意気込みを語る。

(タイトル部のImage:行友重治が撮影)