新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに、人々の生活様式は大きく変化した。ニューノーマルと呼ばれる新しい生活様式がいま求められる中、日本のものづくりを支えてきたメーカーの多くがコロナ禍を機に生まれた新しい「健康・衛生の周辺市場」を意識した製品を次々に投入し、ヒット商品を生み出しつつある。そのベースにあるのは各メーカーが長年積み上げてきた技術や経験だ。

 総合スポーツメーカーのミズノは2020年5月、水着素材を採用したマウスカバーを数量限定で発売し、同社のウェブサイトに注文が殺到したのは記憶に新しい。このマウスカバーは、同社の水着や陸上ウエアに採用している2Wayストレッチトリコットという伸縮性に優れた素材を使用しており、フェイスラインにフィットするのが特徴だ。あくまで飛沫の飛散防止用のマスク、という位置付けで、ブラックやネイビーなどのシックな色に加えて、ローズなどの鮮やかなカラーも用意し、カジュアルに装着できるのが特徴だ。

 花粉や菌、ウィルスなどが口や鼻から入るのをシャットアウトする、というマスク本来の機能を追求すのではなく、あくまで他者への気遣いを表明する「マナー」を伝える道具としての、いわば「ライトユーザー向け」マスク。だが、5月15日に発売開始をすると、用意していた2万枚が即日完売した。

 マスクは、今回のコロナウイルスの流行で大きく社会的な位置付けが変わった商品だ。これまでのマスクが持つ「調子が悪い人」「アレルギーのある人がつけるもの」「表情を隠し、化粧が落ちてしまう」などのネガティブなイメージが大きく、できればあまり着けたくないと考える人が多かった。また、小売の現場などではこれまでマスク着用は顧客に対して失礼であると考える人も多く、従業員のマスク着用を禁止する企業もあった。

 しかし、そんな認識も今や変わりつつある。マスクは自分の身を守ってくれる衛生用品であると同時に、気遣いを伝えるコミュニケーションツールとなった。新型コロナウイルス特別措置法に基づき全都道府県に発令した緊急事態宣言が解除された後も感染の懸念がくすぶるなか、いまやマスクは日常の暮らしに欠かせない道具となっている。

 マスクだけではない。コロナ禍で人々の価値観がさまざまな場面で大きく転換した。そして「その中で生まれた新しい社会課題に真剣に向き合い、各メーカーがこれまで培った経験と技術を使って解決しようという動きが顕著になってきている」と、と話すのは、世界中から最新の雑貨を多く扱うセレクトショップ「アシストオン」の店主・大杉信雄氏だ。

 同店舗は、家電メーカーのバルミューダや文具メーカーのキングジムなど、現在多くのヒット商品を生んでいるメーカーの商品開発を流通の立場から手伝ってきた雑貨店。多くの企業が、商品開発のアドバイスを同店舗に求めて訪れる。その結果同店舗が取り扱う商品はほかの販売店に先駆けて販売するものがほとんどで、同店舗の売れ行きを参考に自社の商品選定をする大手流通のバイヤーもいるほど。「トレンドの実験場」として、最新の商品がこの店には集まる。

 その大杉氏によれば、「コロナ禍で変化した消費者ニーズを上手く先取りしたメーカーが新たな市場を作り出し、そこからヒット商品が数多く誕生し始めた」と言う。そして、そのキーワードが「健康・衛生の周辺」市場だという。健康に気を使う人々が、自分の普段の生活を少し便利にするのに役立つ商品。そんなニーズに応えた商品群である。

自転車関連製品を販売する「moca」が開発した「サイクルマスク」(出所:アシストオン、以下同)

 その代表と言えるのが、先のミズノのマウスカバーのようなライトユーザー向けマスクやその代替品だ。ゴム素材の5倍以上という伸縮性をそなえた弾性があり、速乾性や抗菌作用、抗UV機能などの性能を備えた「CREORA」と呼ばれる素材を使った、自転車愛好家やランニング愛好家向けの「サイクルマスク」は、5月の発売とともに同店舗の人気商品に躍り出た。

 また、いざという時に口や鼻を覆うことができる、肌触りの良いオーガニックコットンを使ったマフラー「ImabariMuffler 70」なども人気だという。通常のマスクでは息苦しかったり、肌荒れしたり、またはファッション性に気を配りたいといった多様化するマスクのニーズを捉えた商品が数多く出始めている。

愛媛県今治市の宮崎マフラーが製造・販売する天然のコットンを使用した「ImabariMuffler 70」。もともと、風よけや温度調節の機能に加え、日焼け止めや汗ぬぐいとしても使えることを想定したが、口元を隠すマスク的な用途としても人気になったという

「マスクをスマートに扱う」

 マスクが生活に欠かせない日常品となったことで、「マスクをスマートに扱う」商品にも注目が集まり始めた。マスクを一時的に取り外したり持ち運びしたい場面が増える一方で、使用済みのマスクを机の上に置いたり、鞄やポケットに直接入れて持ち運ぶのは抵抗感がある。そんな時に役立つ製品として、雑貨メーカーが開発に力を注いでいるのが「マスクケース」だ。

 アシストオンで人気があるのが、珪藻土を用いたバスマット「soil」などのヒット商品を生み出した石川県のイスルギのマスクケース。天然の珪藻土の大きな特徴である消臭性能を生かした製品になっている。ケースの素材に、ポリエステル糸に珪藻土を練り込んだ特殊生地を採用。また、珪藻土の粒などを入れた不織布製の内袋を用意した。さらに内側には仕切りがあり、未使用のマスクと使用済みのマスクを分けて収納できるなどの配慮をしている。

珪藻土を用いたバスマット「soil」などのヒット商品を生み出した石川県のイスルギのマスクケース

 また、山梨県市川大門の和紙メーカーの大直が世界的なデザイナーの深澤直人氏とともに作った和紙製の鞄・雑貨ブランド「SIWA |紙和」も、このマスクケースを5月販売し始めた。ケースの生地には、和紙特有の風合いがありながらも破れにくく、耐水性のある「ナオロン」という新素材を使用。ケース自体が封筒のように薄く、鞄やコートのポケットなどにしまいやすいのが特徴だ。今後同社は、同じナオロンを使ったマスクも販売する予定だ。繊維のように毛羽立ちがないため肌に優しく、かつ何度も洗って使い込むほどに柔らかくなって馴染んで愛着が湧くという、機能性にとどまらないマスクの魅力を訴えていく。

和紙製の鞄・雑貨ブランド「SIWA |紙和」のマスクケースとマスク

 使用中のマスクを一時的に保管するケースだけではなく、使用前のマスクを自宅にストックするためのケースも、アシストオンでは売れているという。奈良県生駒郡のインテリア雑貨メーカー、山崎実業では1カ月分(約30枚)のマスクを収納できる「マスクホルダー」を発売。ケースの背面にマグネットが付いており、玄関扉などにくっつけることができる。外出時はケースの底面からマスクを引き抜いて使用する。

リモートワーク環境の健康維持にもニーズ

 同店舗で1万円以上の高額な商品の中でヒットしているのが、リモートワークをきっかけに、自身の健康を見直そうという視点の仕事道具だという。運動不足になったり、自宅のダイニングチェアやソファなどで仕事をする機会が増加したことで、肩こりや腰痛、頭痛といった不調に悩まされる人が増えたからだ。

 そうしたリモートワークで環境が変わったビジネスパーソンの健康に対するニーズを捉えたのが、名古屋市のクッション・ピローメーカーの「ジスクリエーション」が発売する「ISU-ZABU」だ。ISU-ZABUは、椅子や座椅子と組み合わせて使用する、座布団の進化版。

 体に負荷のない姿勢は、背骨がゆるやかなS字カーブを描いた状態だと言われている。しかし、パソコン作業に集中していると、どうしても前のめりになったり、猫背になったりしてしまうことが多い。ISU-ZABU には45㎝程度の背もたれが付いている。その背もたれを折り曲げて使用することで、背中のカーブを支え、正しい姿勢に導いてくれるというもの。

ジスクリエーション」が発売する「ISU-ZABU」。背もたれを伸ばしたり折りたたんだりすることで、リラックスしたい時、パソコンなどの作業をしたい時などそれぞれの状況に合わせ、負担の少ない姿勢になるように調整できる

 コロナ禍以前、東京オリンピックを見据えたリモートワークへのニーズを見越して開発したものだが、自宅勤務が突然求められるようになったことで、急速に需要が高まってきたと言う。ここ数ヶ月間で1500個を販売。愛知県豊橋市の製綿会社の職人が1つ1つ手作りしている商品ということもあり、現在は生産した途端に在庫がはけていく状態だという。

 同様に、「バランスボール」と呼ばれる球状の椅子に高級ソファーに使われる生地を被せ、インテリア性を高めた米vivora社の「Luno」も、この4月から需要が高まり、人気の商品となっている。

米vivora社の「Luno」。バランスボールに高級ソファに使われる生地を被せ、インテリア性を持たせることで人気商品となった

 これら商品に共通しているのが、自社の技術を生かしつつも変わりゆく市場を観察しながら消費者のニーズを捉えようとする、ものづくりの姿勢だ。社会の変化を先読みし、そこで起こるであろう、ユーザー自身すら感じ得ないようなちょっとした不便を敏感に感じ取りながら、それをこれまでその企業が培ってきた技術や素材で解決する。ユーザーを綿密に観察しながら社会課題の解決につなげるという、まさに「デザイン思考」のプロセスを活用したものづくりは、世の中の流れが大きく変わる時にこそ有効になる。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)