昨年4月、全国8番目の地域医療連携推進法人として設立された日光ヘルスケアネット。日光市全体を対象地域とし、事務局が市に置かれて副市長が代表理事に就任、さらに市内にある8病院すべてが社員として参加するなど、地域にがっしり根を下ろした連携推進法人だ。医療スタッフ不足など日光市の医療・介護が直面する諸課題を解決するために、様々な取り組みに着手し始めている。

地域医療連携推進法人、日光ヘルスケアネットの認定式の様子。2019年3月28日に栃木県庁で行われた。福田富一・栃木県知事(写真前列中央)、代表理事で日光市副市長の上中哲也氏(前列左から2人目)、参加する医療機関の経営幹部が列席した(提供:日光ヘルスケアネット)

 地域医療連携推進法人は、厚生労働省が創設した制度で2017年度から都道府県による認定が始まった。医療機関、自治体、非営利の介護事業者などが社員として参加する一般社団法人を、いわばプラットフォームとして設立し、そこが医療連携推進方針を定め様々な事業に取り組む。医療機関同士の協調を推進力として、医療提供体制の充実や地域包括ケアの構築を進めていこうという趣旨だ。

 現在、全国で20ほどの連携推進法人が設立されているが、日光ヘルスケアネットのように、一つの自治体が前面に出た法人はめずらしい。事務局は日光市今市保健福祉センター内に置かれ、日光市は職員2人を出している。

中立の立場で参加者間の調整

日光市(にっこうし)
栃木県北西部に位置する。人口8万805人(2020年6月1日現在)。2006年3月に2市2町1村が合併し、面積は1449.83km2となった。栃木県全体の4分の1を占め、全国で3番目に広い市となる。市街地の標高約200メートルから2000メートル超の山まで高低差があり、都心部と比べて夏は涼しく、冬は氷点下になることも多い
日光市(県西保健医療圏)と栃木県全体の医療従事者数の比較
※いずれも人口10万人あたりの医療施設の従事者数(出所:日光ヘルスケアネット)

 東照宮や華厳の滝など有名観光地を抱え、鬼怒川、川治、湯西川など温泉場にも恵まれた日光市。2006年に2市2町1村が合併して新たなスタートを切ったため、面積は栃木県全体の約4分の1を占めるに至った。その大部分は山間地。医療機関の多くは市南部のJR・東武鉄道の日光や今市の駅近辺に立地し、市の北側から西側にかけては医療機関が乏しく、中には医師のいない地区もある。

 加えて、(1)2015年に約8万3300人だった人口が、30年後にはほぼ半減する、(2)同じ期間に、高齢化率は32.5%から49.8%に増え、ほぼ2人に1人が高齢者に、(3)人口10万人あたりの医療スタッフ数、特に医師数が栃木県平均の3分の2程度と少ない、(4)2025年には市内にある急性期の病床は過剰になる半面、回復期の病床は大幅に不足する──など、地域や医療提供体制に関する問題が山積していた。

 そこで、栃木県や県の医師会が日光市内の病院経営者らに呼び掛けて医療連携に関する勉強会を立ち上げ、地域医療連携推進法人の設立を検討し始めた。実は日光市も、山間部を中心に6診療所(指定管理を含む)を運営している地域医療の担い手。少子高齢化対策は市の最重要施策でもあり、積極的に検討に参加したという。

 そして互いの利害対立もあり得る参加医療機関とは違う、行政という中立的な立場で、発足後は連携推進法人の運営を担うことになった。事務局長の亀田隆夫氏は、「参加者の意見の調整役を果たしていく。市が事務局を務めることは、参加する中小規模の医療機関の不安解消にもつながるだろう」と、地元自治体が関与する意義を強調する。事務局は、市の健康課と同じ場所に置かれており、行政と協働するうえでも好都合だという。

 最終的な意思決定権を持つ連携推進法人の社員は、医療法人7法人、学校法人獨協学園、公益社団法人地域医療振興協会、診療所を運営する地元の医師会長、そして日光市。経営している施設は下表の通り。市内にある全8病院がすべて加わり、病床数の合計はほぼ1000床(診療所を含む)。介護老人保健施設の入所定員も400人を超える規模となった。

日光ヘルスケアネットの社員と主な開設施設
カッコ内は病床数または入所定員。日光ヘルスケアネットのウェブサイトを基に日経BP作成

医療機器の相互利用は患者にもメリット

日光ヘルスケアネットのウェブサイト

 「地域医療機関が一体となって医療提供体制の維持・確保を図るとともに、介護・福祉の充実にも努め、地域医療構想の達成と地域包括ケアシステムの構築に積極的な役割を果たす」──。これが日光ヘルスケアネットの理念だ。運営方針は、それをより具体化し、参加医療機関相互の機能分担・業務連携による良質、効率的、安定的な医療提供体制づくりや、回復期病床の充実を図るための病床種別の転換などを掲げている。

 さらに、「医療従事者の確保・育成のための仕組みづくり」「医療機器等の共同利用等が行える仕組みづくり」「在宅医療の充実のための取り組み」などを連携推進業務として計画している。

 2019年8月には、下表に掲げた4つのワーキンググループ会議を立ち上げ、事業内容の具体的な検討に着手した。

ワーキンググループ会議と検討内容
日光ヘルスケアネットのウェブサイトより。その他、「ホームページを通じた普及啓発」、「専門職募集の一部共同実施」、「研修会の共同実施」、「地域医療介護総合確保基金の事業アイデアの提案」について、上部組織の実務者協議会などで検討している

 これらのうち、参加医療機関に生じるメリットが大きく、かつ議論が進んでいるのが医療機器の共同利用。「マニュアルの素案ができあがりつつあり、地元医師会で調整に入っている。今年度前半に契約するところまで持っていきたい」と事務局長の亀田氏は話す。獨協医科大学日光医療センターはもちろん、すべての参加施設が所有する機器を、相互に使える仕組みにする方向。「外来を受診せず直接検査を受けに行けるので、患者のメリットも大きい」(亀田氏)。

新型コロナで一部計画停滞も、プラットフォームで横の連携は進展

 一方、機能分化・連携とそれに伴う患者紹介など、医療連携の中核をなす業務の検討はこれからが本番。「時間をかけて丁寧に進めていきたい。入退院調整のワーキンググループでは、円滑に紹介できる仕組みづくりを検討している。今年度は回復期病床を確保するために、機能分化・連携に関する計画づくりも行う予定。参加している医療機関で十分議論した上で、作成していきたい」と話す。

 ウェブサイトを立ち上げて、住民や医療従事者に対する地域医療連携推進法人の普及・啓発にも力を入れている。看護師をはじめとする専門職が登録できる画面も設け、地域で働いてくれる医療スタッフの発掘も実施。市内の医療機関は、どこも人員に余裕があるわけではない。一定の経験を積んだスタッフが、将来日光ヘルスケアネットの参加施設に就職してくれるのを期待しての取り組みだ。今年度中には連携推進法人のロゴマークも作成し、さらに地域への浸透を図る予定だという。

 だが、新型コロナウイルスの感染拡大は、日光ヘルスケアネットの事業にも影響を及ぼした。例えば企画した市民向け講座は、感染防止のために中止に。医療スタッフ向け専門研修も中断を余儀なくされている。

 一方で、連携推進法人のメリットを知らしめた面もある。保健所や市などと、参加している医療機関の情報交換の場となったのだ。これまで市内の病院に一堂に会してもらうには、調整にかなりの時間と労力が必要だった。それが連携推進法人というプラットフォームがあり、メール1本で連絡が取り合える関係ができていたため、発案から1週間で開催にこぎつけることができた。

 「参加している病院や老人保健施設で感染者が出た場合に、他の患者や入所者をどこでどう受け入れるかなど、検討すべき事項が浮き彫りになった」と、亀田氏は情報交換の成果を話す。

急性期2病院の新築移転への対応がカギに

 日光ヘルスケアネット発足の背景には、参加病院の新築移転計画もあった。最も病床数の多い獨協医科大学日光医療センターが、2023年をめどに現在の市の東端から、10㎞ほど南のJR今市駅に近い産業団地に移転を予定しているのだ。

獨協医科大学日光医療センター。施設の老朽化などを理由に、2023年をめどに同じ市内で新築移転の計画を進めている(提供:獨協医科大学日光医療センター)

 移転に際しては、県の土地公社が開発した土地を、市が買い上げ無償で同病院に貸与する計画だ。幹線道路にも近い場所でアクセスは大幅に向上、市外の医療機関を受診していた患者の一部が戻ってくるなどして、患者数の増加が予想される。だがベッド数は現状維持の計画のため、すぐ満床になり、新規の入院受け入れが難しくなる事態も想定される。それを防ぐためにも、市内の他の病院や介護施設と積極的に連携し、可能な患者の転退院を促進する必要があるわけだ。

 日光市では、同センターと次に規模の大きい医療法人明倫会今市病院が、急性期医療の主な担い手となっている。日光医療センターが移転すれば、今市駅の周辺に機能が近い2病院が立地することになる。実は今市病院も、同時期に近隣への新築移転を計画しており、やはり患者数の増加が考えられる。そのためこれら2つの病院の機能分担と連携が、地域医療の大きな課題となるわけだ。

 一方、市立の6診療所のうち、休日急患こども診療所を除く5診療所は、医療資源の乏しい地域に位置している。地域医療の砦として総合的な診療を行っており、機能分化・連携の計画の中に、自治体立の医療機関ならではの役割を明記したいという。そのうえで、「在宅医療の拠点化を目指すなど、さらなる機能向上を図りたい。診療所間の医師の相互派遣も検討したい」と亀田氏は語る。

 新型コロナウイルスという思わぬアクシデントに見舞われた日光ヘルスケアネット。「規模や機能があまり違わない病院が参加した連携推進法人はほかになく、情報入手の面などで苦労はあるが、私個人としては、設立初年度に一定の課題に取り組めたと思っている」と亀田氏は話す。2023年という期限を考えれば、設立2年目の今年度は、連携推進法人のさらなるメリットを参加施設や地域にもたらすことが求められるだろう。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)


出典:「新・公民連携最前線」2020年6月25日付の記事より