2035年には68万人の介護職員が不足する──経済産業省による推計だ。早急なる対応が必要だが、68万人といえば、例えば現在の島根県の人口とほぼ変わらない。右から左に準備できる数字ではないし、業界では今現在もすでに人手不足が叫ばれている。そうした中、最先端の技術を駆使して、諸問題に立ち向かっているのが社会福祉法人『善光会』だ。その取り組みを紹介する。

 経済産業省は2018年4月、介護の担い手に関する問題点と提言をまとめた報告書『将来の介護需給に対する高齢者ケアシステムに関する研究会』を発表した。

 同報告書を大意要約すれば以下のような内容だ。

 「今後危惧される介護人材需給の大きなギャップを低減するため、人材確保はもちろん、介護サービス提供の質・生産性の向上を同時にやっていかなければならない」

 提言として一番にあげているのが「介護機器・IT等を活用した介護サービスの質・生産性向上」である。

 まさにこの分野で、業界のトップを走っているのが社会福祉法人の善光会。善光会が運営する複合福祉施設「サンタフェガーデンヒルズ」を訪ねた。

複合福祉施設「サンタフェガーデンヒルズ」の外観(写真:末並 俊司、以下同)

 東京都大田区の海岸沿いにある同施設は地上10階建てで、デイサービスや特別養護老人ホーム、障害者支援施設、養護老人保健施設など、複数の介護関連施設がフロア分けされている。

 1階の入り口を入ると、まるでホテルのような光景が広がる。介護施設特有の匂いも一切ない。ウイルス除去や除菌、消臭などの働きを持つ二酸化塩素を機械的に作り出す専用の機器が働いているおかげだという。他にも目に見えない部分で様々な最新機器が稼働中だ。

 同法人の理事である宮本隆史氏と、サンタフェ研究所所長の松村昌哉氏に話を聞いた。

3本柱は基礎研究、コンサル、自社開発

善光会理事の宮本隆史氏

 「私どもの法人は、ここサンタフェガーデンヒルズ以外にも、都内に5施設運営しています。各施設での日々の業務に加え、『基礎研究、コンサル、自社開発』の三本柱を設定し、法人全体として取り組んでいます」。(宮本氏)

 今回、取材したのはサンタフェガーデンヒルズの2~6階をしめる特別養護老人ホーム(以下特養)の「フロース東糀谷」だ。全室が個室のユニットタイプと呼ばれる施設で、短期入所を合わせると定員は180人だ。窓の外に広がる海と室内の柔らかい照明が相まって、ちょっとしたリゾートホテルのフロアを歩いている気分にさせてくれる。

 特養と聞いて、どういったイメージを思い浮かべるだろうか?

 2000年に介護保険がスタートするまで、介護が必要な方々を支えたのは「措置制度」だった。措置とは「取り計らって始末をつけること(大辞泉)」である。要介護度が増し、家庭での生活が難しいと判断されれば特養などへの入居措置がされた。どちらかというと、上から施すイメージの制度だ。

 自宅介護が一般的だった80年代くらいまでは、介護が必要な老人に割くための福祉予算が圧倒的に少なく、いろいろな意味で行き届かない施設も多かった。2000年に介護保険がスタートし、介護度に応じて利用者がサービスを選択できる時代となった。措置時代から考えれば、大きな転換だ。利用者ニーズに合わせ、特養もその姿を変えてきている。

 松村氏は次のように語る。

 「私どもの法人は、『オペレーションの模範となる 業界の行く末を担う先導者になる』という理念のもとに日々の業務を行っています」。

 キーワードは『生産性』だ。

 民間の有料老人ホームを含めた介護施設では、入居者と介護・看護職員の比率を3:1以下にすることが介護保険法により規定されている。この人員配置要件は入居者が施設を選ぶ際の目安としても使われる。

 3:1の施設であれば、入居者3人に対して介護・看護職員が1人。左の数字が小さくなればなるほど「介護・看護職員の割合が多い良い施設」というのが一般的な感覚だ。ところが善光会はここを問題視する。

介護の実態をデータ化して問題を特定

 「介護保険法の上での人員配置は3:1ですが、現状では施設の全国平均は2:1ほどになっています。将来的な人員不足の問題を解消するためにも、我々は現場の生産性を上げることで、この数字をより3に近づけてくことが必要だと考えています」。(宮本氏)

 一般のサービス業であれば、技術革新や企業努力などで、より少人数での業務を可能にし “生産性”を上げることができる。ところが介護業界では法律で人員削減の上限が定められている状態なのだ。

サンタフェ研究所所長の松村昌哉氏

 「もちろん、介護は基本的に労働集約型のサービスです。現場から人の手をなくしてしまうことはできません。ただ、ロボットやセンサーの技術を効果的に使うことで、より効率的な業務の推進は検討できるはず。そうした思いから2013年に『介護ロボット研究室』を、そして17年、蓄積された見地と技術を福祉業界全体に広めていくための『サンタフェ総合研究所』を設立しました」と松村氏はいう。

 介護ロボットとは、いわゆる人型のロボットから、腰や腕に装着するもの、また広義には天井や床に設置するセンサー類までを総称する概念だ。これら機器の研究・開発はもちろん、既存の商品のモニタリングから検討まで、業務は幅広い。

 まず、介護とはそもそもどういった仕事なのか。スタッフたちの24時間を細かく検証することで何にどのくらい時間を割いているのかをあぶり出した。

 「ストップウォッチを片手に、秒刻みで計っていくのです。食事介助、着替えの手伝い、トイレ介助、声かけ、事務作業……。ありとあらゆる業務にどれだけの時間が要されているのかを可視化し、検討材料としたのです」。(松村氏)

 こうした細かい作業のおかげで、「直接介助(食事介助や着替えの手伝いなど)」「間接介助(声かけや見守りなど)」「間接業務(連絡や事務作業など)」の時間配分と、ロボット機器との相性が見えてきた。

 「我々の施設では『ハイブリット特養プロジェクト』と題し、1つのフロアに集中的に機器を導入することで、その効果の有無を検証できるように工夫しています。これまで100種類以上のロボットを導入し、検証・検討を重ねてきました。結果、特に業務の削減が図れそうなのが、センサー機器との相性がいい『間接介助』の部分でした」(松村氏)。

3つのサービスを統合して新サービスに

 そして開発されたのがスマート介護プラットフォーム「SCOP(Smart Care Operating Platform)」。これはセンサー機器のまさに集大成だ。排尿のタイミングを知らせてくれる「Dfree」(トリプル・ダブリュー・ジャパン)。立体的な視野で入居者の動きを知らせる「シルエット見守りセンサ」(キング通信工業)。刻一刻の眠りの状態を知らせる「眠りSCAN」(パラマウントベッド)。以上3つのセンサー機器を1つのプラットフォームに集約したのがSCOPだ。「尿意」「動き」「眠り」、入居者の状態を多角的に捉えることで、『今どういった状態なのか』『駆けつけの必要があるのか』『声かけだけで対処すべきか』などの判断ができる。

「SCOP」の概要。各種センサーからのデータを受け取り効率的に介護を行う(出所:善光会)

 宮本氏はこう話す。

 「うちの施設は、夜勤時の16時間は、20人のお客様に対して、介護職員が1人で対応するシフトになっています」

 全国どこの施設も、夜勤はこのくらいの人員で回している。中には50人の入居者に対して1人、という施設さえある。だから「夜勤の間は座るヒマもない」といった愚痴をよく聞く。

 「以前、夜勤帯のスタッフの総移動距離を計測したことがあります。多くのスタッフは1回の夜勤で10キロメートル前後を移動していることが分かった。中には15キロメートルというスタッフもいて、計測したこちら側も驚いたほどです」(宮本氏)

 SCOPを導入したおかげで、スタッフの手待ち時間が大幅に増加し、「巡回・見守り」を中心に約37%の業務効率が向上したというから驚きだ。ほかにも、セグウェイをはじめとする各種機器の運用も行っているが、その詳細については後編に譲る。

 「現在、私どもの運営する施設の人員配置は平均2.8:1までになっています」(宮本氏)。

 介護ロボットやセンサー技術を駆使し、マンパワーを裏から支えてきたおかげといえそうだ。だた、これらロボット機器をいくら導入しても、運用できる人材がいなければ宝が生かされることはない。そこで今年始まったのがスマート介護士資格だ。

 「実際の業務で介護ロボットやセンサー機器を効率的に活用して、現場をリードしていくことのできる介護士を育てるために、善光会が主導するかたちで立ち上げた資格です。今年3月に第1回の試験を行いました。現在全国に1000人弱のスマート介護士が活躍しています」(宮本氏)

 後編では実際のスマート介護士に登場いただき、実際の介護ロボットやセンサーの詳細について語っていただく。

(タイトル部のImage:末並 俊司)