3つのセンサーを統合した新プラットホーム「SCOP」を導入することで業務効率化を進める社会福祉法人『善光会』(前編はこちら)。後編では、善光会が主導するかたちで今年立ち上げた資格「スマート介護士」にスポットを当てる。実際の業務でセンサーやロボットやセンサーを効率的に活用して、現場をリードしていくことのできる介護士のことだ。登場いただくのは谷口尚洋氏。これまで様々な機器を試用し、現場の声を開発側にもフィードバックさせてきたこの世界のエキスパートだ。

「夜勤の時はセグウェイが大活躍。歩く距離が以前の4分の3になりました」と谷口尚洋氏は語る(写真:末並 俊司、以下同)

 「本来は夜勤の時にしか使わないのですが」とおっしゃる谷口尚洋氏に、無理をいってセグウェイに乗ってもらった。

 「夜勤時はこれが大活躍です。おかげで16時間の勤務中、歩く総距離が4分の1は減っていると思います。さらに、複数のセンサーを統合した『SCOP(Smart Care Operating Platform)』システムのおかげで、ぼくの体感ですけど、以前に比べたら半分以上、移動距離が減っていると思います」(谷口氏)

 お邪魔した特別養護老人ホーム(以下特養)「フロース東糀谷」の4階は、最新の介護ロボットやセンサー機器を集中的に導入する「ハイブリット特養プロジェクト」の実施階だ。これまで100種類以上の機器が試験導入されてきた。

スタッフはみな骨伝導式のヘッドホンを着用。耳をふさぐと入居者の声や異変を聞きのがしてしまうからだ

 「そのすべてが使えるわけではありません。開発業者さんは介護の現場をあまり知らないことも多く、痒いところに手が届くような機器になっていないこともある。現場で我々が実際に使ってみて、これではちょっと、とお返ししたものも結構あります。また、こちらの意見をフィードバックすることで、より使いやすい機器になったものもあります。例えば、排尿のタイミングを知らせる『Dfree』(トリプル・ダブリュー・ジャパン)などがそうです」(谷口氏)

各種センサー機器が大活躍

 排尿予測デバイスのDfreeは、下腹部にセンサーを当てておくことで、膀胱の膨らみを感知し、排尿のタイミングを知らせてくれる機器だ。

 「尿意は、人によってそれぞれです。膀胱の大きさ、溜まる量によっても違います。また、70%溜まったところで尿意を感じる方もいれば、80%溜まらないと感じない方もいる。そうした個人差があることをお伝えしたことで『そろそろ通知』という機能が追加されました。それぞれの方の排尿データを取ることで、ある方は70%の段階で“そろそろですよ”と知らせる、別の方は60%というふうに個別に設定できるようになったわけです」(谷口氏)

 Dfree単体でも素晴らしいデバイスだが、他の機器と組み合わせて使うことで何倍もの効果を発揮する。

 「『眠りSCAN』(パラマウントベッド)は、マットレスの下に敷くことで、入眠状態や呼吸、心拍数などを計測できるセンサー機器です。24時間モニターすることで、ベッドにいる時間、離れている時間、ベッドにいて眠っている時間、ベッドにいて眠っていない時間などを細かく知ることができるのです。Dfreeと組み合わせて使うことで、排尿があり、かつ意識のあるタイミングでおむつ交換に入れます」(谷口氏)

マットレスの下に敷く「眠りSCAN」。紹介してくれているのは善光会広報の永坂健泰氏

 夜中、時間を決めて一斉におむつ交換をする方法もあるが、利用者の眠りを妨げがちだ。仮に排尿があった方だけをピックアップできたとしても、睡眠時におむつ交換をすると、その方の眠りを覚ましてしまうことになる。Dfreeと眠りSCANを組み合わせて使うことで、睡眠を妨げずに、おむつ交換ができるわけだ。

 「『シルエット見守りセンサ』(キング通信工業)も大変優れた機器です。人の動きを立体的に捉えることで、ベッドから起き上がって立ち上がるまでの一連の動作を、“起き上がり”、“はみ出し”、“離床”など段階に合わせてスマホやタブレットなどのデバイスに知らせてくれます」(谷口氏)

 つまり、ベッドの上で体を起こしただけなのか、ベッドから降りようとしているのかが、離れていても手元で把握できるわけだ。

センサーデバイスのプラットホーム「SCOP」とは

 Dfree、眠りSCAN、シルエット見守りセンサの情報は、善光会が橋渡しとなって開発した情報プラットフォームであるSCOP上に、一括表示される。わざわざ各々のデバイスにアクセスする必要はなく、SCOPのアプリを立ち上げるだけでいい。

「SCOP」の仕組み。3つのセンサからの情報をアプリで確認できる(出所:善光会)

 「一般の企業さんも、こうしたシステムを作ろうとなさっているのですが、複数サービスを統合しようとすると、必ず利益の食い合いが起こってしまいます。その点、うちは社会福祉法人なので、このシステムをヒットさせて儲けてやろうという意識がない。だからこそ複数企業のあいのりであるSCOPが実現したともいえます」。(谷口氏)

 SCOPを使って、寝ているときの状態や排尿などのタイミングを細かくモニタリングすることは、スタッフサイドの業務効率を上げるだけにとどまらない。

 「例えば、眠りSCANはベッドの中にいるけど眠っていない時間を可視化してくれます。夜中、ベッドに横になってはいるけど、完全に眠ってはいない。そうした方は昼間、傾眠になりやすい」。(谷口氏)

 傾眠とは「意識がなくなっていく第一段階で、うとうとしていて睡眠に陥りやすい状態(大辞泉)」だ。おかげで日中の運動量が減り、食事の時間になってもうとうとしたまま食べられないといったことにもなりやすい。

 「そうした方には、例えば昼間にやっていただくことを用意したり、レクリエーションの参加を促したりして、なるべく日中に活動していただくようにします。そうすることにより、夜間の眠りが改善され、以前は食事介助がないと食べられなかった方でも、ご自分で食事をするようになる、などの事例がたくさん発生しています」。(谷口氏)

まだまだある先端機器

 もうひとつ、コニカミノルタが開発した「ケアサポートソリューション」も大活躍している。これは天井にセンサーを設置し、利用者が動けばそれを察知して起動する仕組みだ。その際、シルエットの映像がこれもやはりスタッフの持つスマホやタブレットに送信される。さらに、スマホなどを介して、遠隔での声かけも可能だ。

 「例えば夜中目が覚めてしまい、起き上がったとしても、『どうなさいましたか、まだ夜ですよ』などの呼びかけだけで、安心して再びお休みになるかたも多くいらっしゃいます。以上のようなセンサー類のおかげで、以前は全てのナースコールや、離床センサーのアラームに対応して、訪室(部屋を訪ねること)していましたが、現在はこれもかなり減っています」。(谷口氏)

天井に設置された「ケアサポートソリューション」(写真:末並 俊司、以下同)

 ほかにも、腕に装着することで、筋肉に伝わる微量の電気信号を読み取り、関節の可動域を広げるロボットスーツ「HAL自立支援用(単関節タイプ)」(サイバーダイン)や、ベッドから車椅子などへの移乗の際に役立つ移乗サポートロボット「HUG」(FUJI)なども利用者、スタッフ双方の負担を和らげる一助となっている。

腕の動きをサポートするロボットスーツ「HAL」(左)と移乗の際に便利な移乗サポートロボット「HUG」

 「近い将来訪れるであろう、介護スタッフの大量不足時代に向けて、これらの介護ロボットの活用は避けて通れません。また、それぞれを使うだけではだめで、組み合わせることでどういうオペレーションが構築できるのか。そうしたところにも目を配りながら、業界を支えていきたいと考えています」。(谷口氏)

 これまで蓄積してきた知見を、より広く伝えるため、善光会は今秋をめどに『介護ドック』の立ち上げを予定している。

 善光会理事の宮本隆史氏はこう説明する。

 「要介護状態ではあるけれど、施設に入居するほどではない。そうした方々に私どもが運営するショートステイやデイサービスをご利用していただく。そこで生活や排尿、眠りのパターンなどを、最新のセンサー機器を使うことで見える化し、この情報を家庭での介護に役立ててもらうわけです。こうした取り組みが広がれば、より長く住み慣れた自宅で暮らすことができる社会になると考えています」

 全国で68万人の介護スタッフが不足するとされる2035年は、もうすぐそこだ。この危機を乗り切るため、イノベーションの波に乗り遅れるわけにはいかない。

(タイトル部のImage:末並 俊司)