人工知能(AI)やIoT、ビッグデータ技術を活用して先進的な医療サービスの実現を目指す「AIホスピタル」プロジェクト。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の1つとして2018年10月に研究開発がスタートした。2020年6月10日には、SIP第2期で採択された「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」の社会実装に向けたプロジェクト開始を日本医師会やプロジェクト参画機関5社(日本ユニシス、日立製作所、日本アイ・ビー・エム、ソフトバンク、三井物産)などが発表した。

SIP第2期で採択された「AIホスピタルによる高度診断・治療システム」の社会実装に向けたプロジェクト開始の記者会見の様子(出所:日本医師会の2020年6月15日付ニュースリリース「内閣府 日本医師会 医薬基盤・健康・栄養研究所共同記者会見」)

このAIホスピタルとは何か。プロジェクトのリーダーを務める中村祐輔氏(がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター所長)が「DLLAB(Deep Learning Lab)Healthcare Day 2020」(日本マイクロソフト主催、2020年2月開催)で解説した内容を基に紹介していく。

「医療分野では情報量が年間で30倍に増える」

 AIホスピタルプロジェクトは、高度化・複雑化・多様化している医療において、先端技術を用いることで高度で先進的な医療サービスの提供を可能にすることをゴールとしている。同時に医療業務の効率化を図り、医療従事者の抜本的な負担軽減の実現を狙う。2022年度末をめどに、AIホスピタルシステムを10施設のモデル病院に導入し運用することを目指している。

 中村氏は、現在の医療現場で最も必要とされるAIは、先端情報をキャッチアップし、医療従事者が共有できるようにする仕組みだと指摘する。「医療の分野では情報量が年間で30倍に増えると推測されている。いくら自分の専門分野だといっても、最新情報をすべてキャッチアップするのが難しい状況にある。医療従事者が知っておくべき必要最低限の情報を、ラーニングシステムによって共有できるようにAIを活用することが求められる」(同氏)。

 さらに、意志決定や治療に患者自身が積極的に参加するアドヒアランスが重要視される中で、医療従事者がインフォームドコンセントに膨大な時間と負担を強いられていると中村氏は指摘する。「AIを利用したインフォームドコンセントの補助は、医療従事者の負担軽減の観点からも早急に開発し、社会実装する必要がある」(同氏)と訴える。

AIロボット「EMIEW」で小児患者の不安と看護師の負担を軽減

 AIによるインフォームドコンセント補助や音声認識で診療記録を文書化するシステムの開発は、すでにモデル病院で実証段階に入っているという。具体的には、看護師が身につけたピンマイクを使い口述で看護記録を作成するシステムだ。

 あるいは、アバター(自分の分身となるキャラクター)を使って、患者が望む(信頼を寄せる)医療従事者の声を人工的に作成し、患者説明や誘導を行うといったシステムも開発している。「医療用語集36万語、医薬品や治療に関する用語集5万4000語、合計で約42万語の医療に特化した用語集を構築した。現在、モデル病院で話し言葉が適切に変換できるか検証している」(中村氏)。

 その1つが、国立成育医療研究センターと日立製作所の共同研究である。日立のAIロボット「EMIEW」を活用して小児患者への検査説明や検査室への誘導を行う研究で、小児患者の不安軽減と看護師の負担軽減について検証している。「小児患者の検査では、静かに検査を受けられるよう鎮静薬や麻酔を使用するケースがある。AIロボットの補助により鎮静剤の使用を回避できれば、身体的リスクや負担を減らせる」と中村氏は言う。

(出所:国立国際医療研究センターと日立製作所の2019年9月17日付ニュースリリース「コミュニケーションロボット「EMIEW3」を活用した"入院説明業務補助・代行の医療従事者負担軽減効果"の評価研究を開始」)

AIロボ活用で「医療従事者の被曝量が実測値で60%削減」

 慶応義塾大学病院では、PET検査の際の検査室への患者誘導にAIロボットを利用した実証研究を行っている。PET検査ではFDG(フルオロデオキシグルコース)と呼ぶ、グルコースに放射能を出す成分(ポジトロン核種)を組み込んだ薬剤を注射する。

 被験者の体から放射線が出るため、医療従事者が誘導すると微量ながら被曝する。医療従事者の被曝を避けるために、注射を受けた後はAIロボットがガイドする取り組みだ。「医療従事者の被曝量が、実測値で60%削減できることが確認されている」(中村氏)。

がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター所長の中村氏(写真:Beyond Healthが撮影)

 こうしたAI活用が医療現場に広がってくると、「医療現場が機械的で冷たくなると指摘する人が多い」と中村氏。しかし、「AIで診療の効率化を実現することで、医療従事者に時間的余裕が生まれる。(その結果として)もっと患者に向き合い、心が通う医療現場を作り上げることが、我々の最終ゴールだと考えている」(同氏)と語った。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)