引き金になった悲しい出来事

 若山氏には忘れられない出来事がある。それはさくらの里山科がスタートする1年ほど前のこと。

 「うちの法人の訪問介護とデイサービスを利用して在宅で暮らしていた方がいらっしゃいました。80代後半の男性で、おひとり暮らしでした」

猫も9匹いる(写真提供:さくらの里山科)
猫も9匹いる(写真提供:さくらの里山科)
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 この男性には少なくとも10年以上生活を共にする飼い犬がいた。ひとりと一匹の生活は、男性にとってかけがえのないものだった。

 男性は認知症を患っており、介護サービスの助けがないと生活はできない状態だ。認知症が悪化すれば、いつかは自宅での生活に限界がくる。若山氏をはじめ、サービスを提供するスタッフの全員がそう考えていた。

 ただ、そのためにはペットの存在がネックとなる。男性は犬と離れて生活することを頑として承服しない。私企業の高級な介護付き有料老人ホームであればそうしたニーズに応えることも考えられるが、件の男性にはそんなお金はない。選択肢は比較的安価に利用できる特別養護老人ホームとなる。ただ、当時は動物といっしょに住むことができる特別養護老人ホームはなかった。

 「男性は、だんだんと認知症が悪化し、自宅の独り暮らしが難しくなってきました。ても、ペットのことだけは分かるんです。離れたくないと最後までおっしゃっていましたが、ついにおひとりでの生活が限界となり、泣く泣くペットを保健所に託したのです」

 とはいえ10歳以上の老犬だ。引き取り手が現れることはまずないだろう。となれば殺処分だ。男性は当時かなり重度の認知症になっていたが、飼い犬を手放すことがその子の死につながることだけは理解していた。伴侶とも言えるペットと別れ、施設に入居した男性は毎日を泣いてくらしたという。

 「結局、それから半年ほどで亡くなってしまいました。人生の最晩年をそんなふうに過ごすなんて、こんな辛いことはありません」

 こうした経験がペットと暮らすことのできる「さくらの里山科」の運営に生かされているのだ。同施設がオープンしたのは今から8年前、2012年4月のことである。