日本人女性の11人に1人が発症する乳がん。女性のがんで最も多く、患者数は今後も増加すると予測されている。乳がんは早期に見つけて治療すれば、命を落とさずにすむし、治る確率も高い。乳房を残すことも可能だ。そこで早期発見のために欠かせないのが、乳がん検診。国は40歳以上の女性に、2年に1回、マンモグラフィ(乳房X線撮影)検査による乳がん検診を推奨している。

しかし、日本人女性の乳がんは、そもそもマンモグラフィ検査では見つけにくいという特徴がある。理由は、「デンスブレスト(高濃度乳房)」が多いからだ。湘南記念病院乳がんセンター 副センター長で医師の井上謙一氏は、この問題をAI診断を活用することで解決し、乳がん検診のさらなる精度向上を目指している。

「雪山で白うさぎを見つけるようなもの」

 乳房は、主に乳腺とそれを支える間質、そして脂肪で構成されている。この乳腺の密度が高い乳房を「デンスブレスト(高濃度乳房)」という。「日本人などアジア人女性は欧米の女性に比べ、乳房が小さめで硬く、乳腺密度が高い特徴がある。実は、アジア人女性の約7割がデンスブレストに該当し、しかもデンスブレストだと乳がんの発症リスクが上がるとも指摘されている」と井上氏は話す。

 マンモグラフィの画像では、乳腺は白く、脂肪は黒く写る。実は、がんも白く写るので、乳腺密度が高いとどちらも白く写って見分けにくい。下の画像を見てほしい。これは乳腺密度に応じて乳房を4タイプに分けたもの。脂肪がほとんどを占める「脂肪性」、脂肪の中に乳腺がまばらに存在する「乳腺散在」、乳腺の中に脂肪が混在する「不均一高濃度」、そして乳腺が多く脂肪がほとんどない「極めて高濃度」だ。このうち後者の2つがデンスブレストに当たる。

「不均一高濃度」と「極めて高濃度」がデンスブレストに該当する。がんも白く写るので、目視では判別が難しい(図:井上氏提供の画像を基にBeyond Healthが作成)

 各画像の上にある円は、乳がんの白さを模したものだ。デンスブレストでは、この白く映るがんが白くて密な乳腺の中に潜んでいるのだから、見つけるのがいかに難しいかわかるだろう。「雪山で白うさぎを見つけるようなもの」という例えもあるほどだ。

 現在、乳がん検診では、日本乳がん検診精度管理中央機構で認められた「検診マンモグラフィ読影認定医師」2人が画像を読影して乳がんの有無を判定するダブルチェック体制をとっている。乳がん検診の全国比較試験(J-START)によると、乳がん検出の平均精度は、がんをがんとして見つける「感度」が77%、がんでないものをがんでないと判定する「特異度」が91.4%という成績だ。「例えば米国の場合は、感度が70~90%と地域によってばらつきがある。日本はデンスブレストが多い割には健闘している方だと思うが、まだまだ改善の余地はある」と井上氏。

 読影認定医にはAランクとBランクがあり、Aランクの場合は感度が90%、特異度が92%に達するが、Bランクになるとそれよりも低くなる。Aランクの認定医は全体の1割程度に過ぎないので、読影技能は医師によって隔たりがあるのが現実だ。この隔たりをなくして、乳がんの見逃しを極力減らし、日本全体の検診精度を底上げするにはどうしたらいいか──。そこで井上氏が考えたのが、AIの力を借りること。つまり、AIにマンモグラフィ画像を読影させる方法を構築することだった。

「感度」は17ポイント、「特異度」は8ポイント改善

 「もともとパソコンオタクだった」という井上氏は、2016年からAIについて本格的な勉強を始め、AI診断の開発に取り組んだ。湘南記念病院乳がんセンターで撮影したマンモグラフィ画像のうち、「乳がん」「良性腫瘍」「正常組織」の3タイプ、合計4万7282枚を切り出し画像にし、畳み込みニューラルネットワークを用いてAIに学習させた。

 その結果、AIの自動判定によってがんを正しく見つけられる感度は93.9%、がんでないものを正しく判定できる特異度は99.2%という学習結果が得られた。「かなりいい成績なのではないかと思っている」と井上氏は自信をのぞかせる。AIが判定した結果は下の画像のように、がんのある部位が赤くなるようにプログラムされているので、乳がんの有無が一目瞭然だ。

AIが画像を自動判定し、乳がんのある部位を赤く示す。がんを正しく見つけられる確率は9割以上(図:井上氏提供の画像を基にBeyond Healthが作成)

 それにしてもAIはどうやって「雪山」のような乳房から「白うさぎ」ならぬ乳がんを見つけ出しているのか。「AIが見ているのは、人間の目では判別できない画像上の微妙な白さや明るさの違い。それらを鋭敏に捉えて、がんであるかどうかを鑑別していると考えられる」(井上氏)。

 このAI診断は、井上氏が所属している湘南記念病院で撮影されたマンモグラフィ画像を元に構築された。しかし、日本では10社ほどがマンモグラフィを販売しており、メーカーによって画像の調整や仕上がりに微妙な違いがあるという。そこで井上氏らは、AIがどのメーカーの画像でも高い確率で判別できるようにするため、特定非営利活動法人「神奈川乳癌研究グループ」による多施設共同研究にも取り組んでいる(代表は聖隷横浜病院乳腺科・徳田裕医師)。

 乳がん検診を行っている神奈川県下の18医療機関が参加し、各医療機関で撮影されたマンモグラフィ画像を一括してAIに学習させ、メーカーの異なる画像でも高精度で自動判定できるようにするわけだ。「今年前半には終了予定で、今年度中の学会発表、ないしは論文投稿を目指している」(井上氏)。

 同様の研究は全国規模でも進行中だ。こちらは「ディープラーニングを用いたコンピューター自動診断システム(DLADs)」の臨床試験で、国立がん研究センター東病院乳腺・腫瘍内科 医師の向井博文氏が代表を務める。全国の医療機関からマンモグラフィ画像を集め、一気にAI診断の精度を高めていこうというものだ。もちろん、井上氏も参加している。

5年後の実用臨床目指し、ビジネスパートナーを募集中

井上氏(写真:加藤 康)

 マンモグラフィ検査については欧米諸国でもAIによる診断システムが構築されているが、大きくて脂肪の多い欧米女性の乳房画像で学習したAI診断が、日本でも同様の精度で役に立つかどうかはわからない。「だからこそ、日本人の日本人による日本人のためのAI診断を開発したい。データ収集と開発に2年、健康保険の承認に1年、企業とのコラボやAI診断の精度検証に2年、合計で5年後には臨床現場で使えるようになることを目標にしている」と井上氏は意気込む。

 実際の方法としては、ソフトウエアのような形で病院のパソコンにインストールしたり、Web APIを使ってインターネット上で画像をアップロードしたりする方法が考えられるという。いずれも従来のインフラをそのまま使え、パソコン1台あれば容易に導入できるのが強み。井上氏は実現化に向け、ビジネスパートナーを募集中だという。

 「マンモグラフィの読影に慣れていない医師にとって、AI診断は大きな助けになる。今後、乳がん検診にAI診断が活用されるようになれば、全国平均の感度が90%くらいにまで引き上げられるようになるかもしれない。また現在、読影は2人の医師が行っているが、一次読影をAIが担い、二次読影を読影医師が担当するというやり方も可能だろう。そうすると人件費が半分になり、読影日数も短縮して、検診システムの効率化にもつながる」と井上氏は語る。

「早期発見の可能性」にも期待

 現在、マンモグラフィで乳がんを見つけにくいデンスブレストの人に対しては、自費診療にはなるが、超音波(エコー)検診の併用が推奨されている。マンモグラフィとエコーを併用すると、マンモグラフィ単独よりも乳がん発見率が1.5倍増えるからだ。では、エコーを受けた方がいい人、つまりデンスブレストの人はどうやって見分けるのか。「現状では医師がマンモグラフィ画像を見て判定している。目視のため医師によって見立てが異なり、6割程度しか判定が一致しないとの報告も。そこで、ここでもAIを使い、デンスブレストを客観的に定量化することを考えた」と井上氏。

 方法は、マンモグラフィ画像の脂肪組織の輝度(白さ)を基準にして、乳腺の輝度を相対的に数値化するというもの。それを視覚化した「ヒートマップ」が、下の画像だ。脂肪の輝度を1として、それよりも輝度が高くなるとピンクやオレンジ、赤などの色で示される。この相対輝度に基づいて算出すれば、乳腺濃度の定量化が可能だという。この技術に関しては目下、特許を申請中。日本人のデンスブレストを定量評価する研究も進行中だ。

乳腺濃度が高くなるほど赤やマゼンタ、オレンジ、ピンクが多くなる。画像中の脂肪を基準にして色分けするので、マンモグラフィの機種が違っても同じように算出できる(図:井上氏提供の画像を基にBeyond Healthが作成)

 このヒートマップには、乳がんを早期発見できる可能性も秘められている。下の画像は、2018年に乳がんが見つかって手術をした患者のもの。上段のマンモグラフィ画像では2018年になるまで特に変化が見当たらないが、下段のヒートマップ画像を見ると2015年の段階から赤い部分、つまり乳腺濃度の高い場所が見てとれる。目視では判定困難なわずかな変化が、すでに3年前から現れていたわけだ。「乳腺濃度を経時的に比較することで変化をいち早くつかむことができ、乳がんの早期発見につながる可能性がある」(井上氏)。 

2018年に乳がんが見つかった患者。ヒートマップ画像を経年的に見ると、3年も前から変化が現れていた。今後、早期発見に役立てられる可能性がある(図:井上氏提供の画像を基にBeyond Healthが作成)

 なお、AI診断はエコーにも応用ができるという。下はマンモグラフィと同じ技術を用いてAIにエコー画像を学習させたもの。「悪性病変あり」の確率が90%以上なら赤く、良性なら青く光るようにプログラムしている。「今あるエコーにこのAI診断を組み込めば、もっと診断精度が上がる。技術的にはそれほど難しくないはず」と井上氏は言う。

しこりが検出された場合、悪性は赤く、良性は青く、色分けして示される。エコーの場合、AIの自動判定の感度は95.7%、特異度は97.9%だった(図:井上氏提供の画像を基にBeyond Healthが作成)

「人か、AIか」ではなく、「AIを使う医師か、使わない医師か」

井上 謙一(いのうえ・けんいち)
1999年、旭川医科大学卒業。北海道大学医学部第一外科に入局、消化器外科医として地域医療に従事。2009年、北海道大学大学院医学研究科高次診断治療学専攻博士課程修了。癌研有明病院乳腺外科シニアレジデントなどを経て、2011年から現職。日本外科学会専門医、日本乳癌学会専門医。AIを用いた乳腺画像の解析研究で、日本乳癌検診学会2017年度ピンクリボン賞、第12回「乳癌の臨床」賞優秀賞、第26回日本乳癌学会学術総会のExcellent Presentation Awardを受賞

 マンモグラフィやエコーの画像データは医療機関にたくさん保存されている。眠っている画像データを活用すれば、これまで以上に精度の高いAI診断が可能になる。井上氏は、「その恩恵は正しい診断、早期発見、早期治療、死亡率低下と、患者さんにすべて還元される」とした上で、最後に次のような話を紹介してくれた。

 「2016年、インターネット上で病理医とAIががんの判定を競い合うコンテストがあった。結果は、AIの誤診率が7.5%、病理医の誤診率が3.5%。人間の方がまだ上を行っていると思いそうだが、実は誤診率が0.5%と最も低かったのは、AIを使った病理医だった。『人か、AIか』ではなく、『AIを使う医師か、使わない医師か』で、医療の質が大きく変わる時代になったわけです」。

(タイトル部のImage:加藤 康)