「楽天グループは正式にヘルスケア事業に参入した」──。楽天 会長兼社長の三木谷浩史氏は、2019年7月1日に都内で開催した事業戦略説明会でこう宣言した(関連記事)。同氏が自ら舵を取って事業化に乗りだしたのは、「光免疫療法」という新しい概念のがん治療薬「RM-1929」だ。このRM-1929を含む光免疫療法を創り出したのが、米国国立衛生研究所(NIH)の国立がん研究所(NCI)がん研究センターに籍を置く日本人研究者、小林久隆氏である。光免疫療法の概要と可能性について小林氏に緊急インタビューを実施した。
注)インタビューは米国の小林氏と2019年7月7日にメールで実施した。

7月1日に都内で開催した事業戦略説明会の様子。中央が三木谷氏(写真:Beyond Healthが撮影)

再発・転移にも有効な可能性

 がん治療でやっかいなのは、がん細胞がもともと自分の体から発生していること。このため、がん細胞を攻撃するタイプの抗がん剤は全身の正常な細胞も傷つけてしまい、がんを克服しても体力の回復には長い時間がかかることが知られている。また、免疫力からがん細胞を守っているメカニズムを抑えることでがん細胞を殺す免疫療法では、正常な細胞も免疫システムの攻撃を受け、自己免疫疾患を発症するといった副作用が報告されている。

 これに対し、光免疫療法では、がん細胞に吸着する性質を持つ抗体と、光を当てると細胞を壊す性質を発揮する物質を結合させて静脈注射で送り込み、がんの部位だけに光を当てることでがん細胞を壊す。これにより、がんには破壊的なダメージを与えながら、全身への影響は最小限に留めることができる。さらにこの治療法によって体の免疫システムが“起動”し、転移してしまった場合など、全身にちらばった同種のがん細胞を駆逐できる可能性も示されている。

 このように大きな可能性を持っているのが、光免疫療法である。小林氏に話を聞いた。

光免疫療法の優越性とメカニズムは…

光免疫療法(PIT)の優越性は。

米国国立衛生研究所・米国国立がん研究所の小林久隆氏。手にしているのはRM-1929ではないが、ある抗体にIR700を結合させた抗体複合体(画像提供:小林氏)

小林 RM-1929などのPIT治療薬は、抗体とIR700という物質を分子同士で結合したもので「抗体複合体」と呼ばれます。抗体ががん細胞の表面にある受容体というタンパク質に結合している時、かつ特定波長の光(RM-1929では690nmのレーザー光)を当てた時だけ、細胞を壊す「細胞傷害性」を発揮します。がん細胞に結合していない治療薬の分子に細胞破壊性はなく、PIT治療薬が結合してない周辺の正常な細胞にレーザー光が当たっても細胞破壊は起きません。

PIT治療薬ががん細胞を破壊するメカニズムを教えてください。

小林 抗体複合体にレーザー光が当たると、水溶性だった分子が脂溶性に変わるほか、分子の形状が大きく変化します。これらの変化により、抗体複合体が結合しているがん細胞の細胞膜が壊れて周囲の水分が急速に流れ込み、がん細胞は膨張・破裂します。興味深いのは、ほぼすべての生理現象が停止する摂氏4度でも細胞破壊が起こることで、これは、PITによる細胞破壊が、何らかの物理的な現象であることの大きな証拠だと考えています。

PIT療法は、がんが転移してしまった場合にも有効ですか。

小林 PIT療法はがん細胞を物理的に破壊するため、がん細胞に特有のたんぱく質が性質を保ったまま流れ出します。その結果、破壊されたがん細胞に対する強い攻撃力を持った免疫細胞を作り出すことが可能です。これが、この治療法に「免疫」という言葉が入っている理由の1つです。しかし、身体には、自分の体の細胞に対する免疫を抑える機能があり、がん細胞もこの機能をうまく利用していますので、PIT療法でがん細胞を破壊しただけでは、転移がんへの攻撃が起こりにくいことが分かっています。

楽天メディカルのプロジェクトに大変感謝

がんに対する免疫を抑える仕組みを働かないようにする研究を進めていますね。

小林 がん細胞が免疫による攻撃を逃れる仕組みとしては、本庶佑先生のノーベル賞受賞でよく知られるようになったPD-1/PD-L1や、調節型T細胞の働きがあります。動物実験の段階ですが、PIT療法と同時にPD-1阻害薬を投与する研究や、がん細胞ではなく、調節型T細胞を抗体複合体で攻撃する研究を進めています。

 その結果、PIT治療とPD-1阻害薬を併用したマウス実験では、複数の部位に発生させた大腸がんのうち、1カ所だけにレーザー光を当てたところ、光線を当てていない部位のがんも消失し、8割が完治(がんが画像上消失)するという劇的な結果が得られました。また、調節型T細胞に対するPIT治療併用については現時点で論文審査中ですが、より多種類のがんに有効との結果が得られています。

光免疫療法(photoimmunotherapy)をデータベースで検索すると1983年以降、多くの研究者が手掛けてきたようです。

小林 抗体で光吸収剤を運搬するという試みは以前からありました。しかし従来の研究は、試験管内では細胞毒性を発揮するものの、抗体複合体が不溶性であるため、静脈注射では腫瘍に届かなかったり、活性酸素で細胞破壊をもたらす仕組みで、数時間の光照射が必要などといった特性がありました。私たちは、以前の研究とは異なることを示すため、新たな治療法の正式名称を「近赤外光線免疫療法(Near Infrared Photoimmunotherapy)」としています。

楽天メディカルが実施した臨床試験では好結果が得られましたね。

小林 私がこの治療法を開発した目的は、できるだけ多くのがん患者さんに、少しでも早くお役に立つことです。ですから、三木谷浩史さんがあれだけ多忙な中、多くのエネルギーを割いて楽天メディカルのプロジェクトを進めていることに、大変感謝しています。

(タイトル部のImage:小林 久隆氏が提供)