コロナ禍一色の2020年も折り返し、徐々に日常が戻りつつあるが、依然としてリスクは潜む。せっかくの夏休みも、例年のように旅行や遠出を楽しむことは難しそうだ。そんななか注目を集めているのが、植物や緑の力を健康に生かす「ガーデンセラピー」だ。豪華なガーデン(庭)がなくても、プランター1つから始められるという。一般社団法人日本ガーデンセラピー協会理事長の高岡伸夫氏と、千葉大学大学院園芸学研究科准教授で園芸療法士の岩崎寛氏に話を聞いた。

一般社団法人日本ガーデンセラピー協会理事長 高岡伸夫氏
一般社団法人日本ガーデンセラピー協会理事長 高岡伸夫氏
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 テレワークや時差出勤の増加で注目されたものの一つが住環境だった。「仕事部屋がない」「夫婦げんかが増えた」といった悩みもあれば、「断捨離してスッキリ」「単身赴任が解消された」という前向きな声も聞かれる。いままでは1日の大半を職場で過ごした人も家にいる時間が長くなったことで住まいへの関心が高まり、春以降はガーデニング市場が活況だという。

 「もともと人々の生活は自然とのつながりの中にあった」

 そう語るのは日本ガーデンセラピー協会理事長の高岡氏だ。高岡氏は1980年にタカショーを設立し、1998年にガーデニング業界初の株式上場を果たした。近年は緑に囲まれた住まいの魅力に着目し、芳香療法・芸術療法・森林療法・食事療法・園芸療法の5つからなる住まい方療法を提唱。そして、特にガーデンに特化した療法として開発したのが「ガーデンセラピー」だ。

 「ガーデンは日本語だと『庭』だが、本来の意味はもっと広く、旧約聖書では理想郷として『エデンの園(Garden of Eden)』が登場。つまり、ガーデンは自然とのつながりの象徴であり、文明や文化そのものなのだが、現代人は都市化と共に自然から遠ざかってしまった。これがさまざまな不調の原因ではないかと考え、再び自然とのかかわりを見直そうという思いからガーデンセラピーを提唱するに至った」

季節の移り変わりを存分に楽しめるように設計されたガーデン。自然と人が集い、誰もが穏やかな表情を浮かべる(写真提供:高岡伸夫氏)
季節の移り変わりを存分に楽しめるように設計されたガーデン。自然と人が集い、誰もが穏やかな表情を浮かべる(写真提供:高岡伸夫氏)
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 ガーデンセラピーとは住まいに植物を取り入れ、日常的にさまざまなカタチで自然と接することにより、健康な暮らしと健康寿命の増進を実現する療法のこと。高岡氏の自宅にあるガーデンはまさにそのコンセプトを体現するような場所だ。敷地には四季折々で多様な表情を見せる樹木が植わり、木漏れ日が心地よいテラスには地域に暮らす人々が自然と集って交流している。

ラベンダー畑でわずか5分間過ごすだけで体調に変化が

 植物や緑が健康に良いというイメージは多くの人が持っていると思う。自然豊かな環境だと清々しい気持ちになったり、美しい庭園に佇むと穏やかな心持ちになったりする。しかし、それが単なる思い込みなのか、本当に植物による効果なのか、誰にでも効果があるのかなどと考えていくと、明確に答えられる人は多くないだろう。

千葉大学大学院園芸学研究科 准教授 一般社団法人日本ガーデンセラピー協会理事 岩崎寛氏
千葉大学大学院園芸学研究科 准教授 一般社団法人日本ガーデンセラピー協会理事 岩崎寛氏
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 それをサイエンスとして研究しているのが千葉大学准教授の岩崎氏だ。自然や植物などの緑を扱う分野と、看護や予防医学といった人の健康を扱う分野とを融合した「環境健康学」を専門とし、植物の療法的効果、医療福祉施設の緑化、緑地福祉(人と植物の関わり)などを研究する。

 「植物による生理・心理的効果を調べた研究がある。被験者はラベンダー畑あるいは芝生地で5分間座って休憩してから血圧を測定。安静時の数値をもとに高血圧・正常値・低血圧の3グループに分けて検証したところ、高血圧群は血圧が下がり、低血圧群は血圧が上がり、正常値は大きな変化がなかった。つまり、いずれのグループも血圧が正常な値に近づいたということ。ラベンダーと芝生との比較では、ラベンダーでより顕著だった」

 この研究結果をもって「植物は健康に良い」と言えるわけではない。植物の効果と一口で言っても、いかなる効果を期待するかで前提条件から変わってくる。ただ、人間が植物から何かしら影響を受けているのは間違いない。岩崎氏は人間の「恒常性(ホメオスタシス)」への影響を指摘する。

人間の恒常性(左図)は神経系・免疫系・内分泌系からなり、ストレスを受けると調和が乱れる(中央)。緑は神経系が受けるストレスを緩和し(右)恒常性の維持に貢献する(画像提供:岩崎寛氏)
人間の恒常性(左図)は神経系・免疫系・内分泌系からなり、ストレスを受けると調和が乱れる(中央)。緑は神経系が受けるストレスを緩和し(右)恒常性の維持に貢献する(画像提供:岩崎寛氏)
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 「ヒトの身体には神経系・免疫系・内分泌系があり、それらが調和していると体調が良い状態。しかし、ストレスを受けると交感神経・副交感神経のバランスが崩れ、血圧や脈拍が上がり、神経系に負荷がかかる。そうなると、免疫系や内分泌系にも影響して体調を崩す。植物や緑は神経系にかかるストレスを緩和することで恒常性の維持に貢献するのだと考えられる」

家で過ごす時間が長くなったからこその楽しみ方

 ラベンダー畑に5分間滞在するだけで身体に良い影響があるのならば、積極的に自然との接点を増やしたいところ。しかし、今年の夏は登山や海水浴が難しい。また、テレワークを継続する企業もあり、家にいる時間は長い傾向が続くだろう。そうなると、熱中症対策と三密対策を行ったうえで近所を散歩するのが手軽で良さそうだが、ある程度の規模、雄大さのようなものがないと効果は得られないのだろうか。

 「植木鉢1つでも大丈夫。ある研究報告ではフェイクグリーンでも効果があった。重要なことは本人が植物や緑に触れて『心地よい』と感じられること。フェイクだと気付いてしまうと効果がなくなる。また、植物や緑の効果は五感のすべてで感じることができる。ラベンダー畑が芝生よりも優位だったのは香りがあるから。植木鉢でハーブを育てて食べれば、視覚・嗅覚・触覚・味覚で効果を感じられる」(岩崎氏)

ベジトラグは高さがあって作業がしやすいと人気(画像提供:タカショー)
ベジトラグは高さがあって作業がしやすいと人気(画像提供:タカショー)
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 ガーデニングは前かがみの姿勢が続くため、腰に負担がかかるのがつらいところ。そうした不安を抱える人たちから注目されているのが家庭菜園用プランター「ベジトラグ」だ。木製のプランターに足がついた構造で、大人でも立ったままで作業できる。植物にとっては底が床から離れるので水はけや風通しがよく、日当たりも良好。しかも、底部が三角形なので土の深い部分と浅い部分があり、根菜とハーブなど複数品種を同時に育てることができる。

 「家庭菜園で本当に楽しいのは食べるとき。育てる努力や大変さを乗り越えて実ったものを収穫し、いただくときに心から楽しいと思えるはず」(高岡氏)

 家庭菜園は気軽に始められるのが魅力だが、病院や公園、各種施設に植物を植えるとなれば、専門的な知識が必要だ。日当たりや土壌などの環境を考慮するのはもちろんのこと、せっかく植樹したのに害虫や落葉対策が行き届かず伐採するケースもあるため、長期的な視野で選定しなければならない。特に病院や福祉施設ではセラピー効果を期待する人が多いが、病院には病院にふさわしい緑化がある。「見た目に美しくても患者に適さない樹木もあるので、植物・緑と医療の双方の知識をもって緑化を推進するべき」だと岩崎氏は指摘する。

 日本ガーデンセラピー協会ではガーデンセラピーの普及のために、ガーデニングや庭の知識・ノウハウと医学的な知識を有する人を認定する資格制度を設けている。累計受講者数は650人超で、問い合わせは増えているという。何かとストレスの多い現代社会、ほっと心を癒す緑や植物が身近に増えることを願っている。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)