日本の精神疾患の患者数は約420万人。中でも最も多いのがうつ病で約3割を占める。働けない、企業の休業補償がかさむ、などの経済損失が大きく医療費の増大も国家予算を圧迫する。

※ 厚生労働省「H29 患者調査」より。躁うつ病を含む気分障害の割合

うつ病の治療の第一選択は薬物療法と「認知行動療法」と呼ばれる心理療法だ。単独の治療より双方を組み合わせることで、より治療効果が増すこともわかっている。しかし、認知行動療法は、セラピストの数が十分でないことや、その技量のばらつき、治療機関が限定されるなど様々な制約がある。

そんな中、研究が始まったのが認知行動療法のVR化だ。従来は治療者との対話やテキスト、模擬演習などで行われていたロールプレイングや訓練を、VRによる“限りなくリアルに近い”体験学習に置き換える。これにより、ポジティブ感情や意欲の低下といったうつ病の中心的症状の早期改善を目指すというものである。VRの活用は在宅での治療も可能にし、治療内容の均質化にも寄与することが期待される。

こうしたアプローチについて、年内の臨床試験を目指して準備を進めている国立精神・神経医療研究センターとジョリーグッドの共同研究チームメンバーに、うつ病治療におけるVRの期待と可能性を聞いた。

VRを用いた治療のイメージ(出所:ジョリーグッド)

世界に遅れをとる日本の「認知行動療法」、IoTで巻き返しを

 認知行動療法(Cognitive behavioral therapy、以下CBT)とは、不安症や恐怖症、うつ病などの精神疾患に対して行われる心理療法の一つで、物事の受け取り方や考え方を見直し、目の前で起きた出来事に現実的な対処ができるよう手助けする。

 例えば飛行機恐怖症では、頭では「飛行機は安全である」と理解しているのに、実際の飛行機を見ると恐怖心がわき、乗れなくなる。CBTではセラピストとの対話や曝露(恐怖をもたらす刺激や、恐怖感に自分を曝露し慣れていく)などを用いて、飛行機は怖いという認知を少しずつ正し、飛行機を見ても恐怖心がわかなくなる、あるいは、恐怖を感じつつも飛行機に乗れるようにしていく。

 実はCBTへのVRの活用は、米国や欧州ではすでに90年代から、帰還兵のPTSD(心的外傷後ストレス障害)治療などで行われている。例えば先の飛行機恐怖症に対しては、コンピュータグラフィックス(CG)で空港やタラップ、機内などの様子を再現した映像を見せて疑似体験をさせ、徐々に恐怖心を減らして飛行機に乗れるようにする。

 比して日本は、「VR以前に、CBTの社会実装が不十分である」と、国立精神・神経医療センターの伊藤正哉室長は話す。その理由として「残念ながら、日本には心理療法の臨床研究を、薬剤などの治験と同等の科学的手法を通して検証する試みがかなり限定されていた。薬物療法の治験は製薬会社主導で多額の予算をかけられるが、対話が中心となるCBTは、研究者が細々と人力で、長い期間、かなりの労力を投入して実施するしかないのが実情であり、それを支援する研究費も限られている」(伊藤室長)。

 VRの活用も、不安症や恐怖症に対しては海外のソフトウエアを輸入し、10年ほど前から行われてはいるものの、実施施設は極めて限られているという。国立精神・神経医療研究センターでも従来型の対面によるCBTで、安全かつ効果の高いメソッドを研究してきたが、それに加えて3、4年前から、世界的なIoTの発展を背景に「スピードをもって世界レベルの治療や社会実装に追いつくには、IoTを積極活用すべきと考えるようになった」(伊藤室長)。

 そこで、インターネットやスマートフォンのアプリなど種々のツールを検討しはじめたところに出会ったのが、スタートアップのジョリーグッドが手掛けるVR技術だった。