今のところ根本的な治療薬や治療方法が見つかっていない認知症。加齢にともなって確実に増加する病気だが、早期に発見すればその後の病状の悪化をなだらかにする方法はいくつもある。ただ認知症を正確に診断するのは、実は容易ではない。医師と対面し、いくつかの質問に答えてもらう方式が一般的だが、拒否反応を示す人も少なくない。認知症診断の世界に大きな革命をもたらすかもしれない新技術に注目が集まる。

 毎年夏に行われる日本メンズ・ヘルス医学会(大阪府大阪市)が今年も7月13~14日に開催された。メンズ・ヘルスだけにこだわらず、様々な方面から意欲的な研究発表が行われた。なかでも注目度が高かったのが、大阪大学大学院医学系研究科 准教授の武田朱公氏が行った講演だ。

 JVCケンウッドとの共同研究の内容は、被験者がモニターを“見るだけ”の認知症検査だ。既成概念を壊すその研究に俄然興味が湧く。

講演中の大阪大学大学院医学系研究科 准教授の武田朱公氏(撮影:末並 俊司)

 認知症の有病率は加齢にともない確実に増加する。70歳を過ぎると目に見えて増加しはじめ、80歳代の前半ではおよそ10~15%が認知症の何かしらの症状を持っていると言われる。そして80歳代の後半では15~25%。90歳以降になると、およそ30%が認知症に罹患する。

 厚生労働省の推計では、2025年には認知症者数が700万人を超える。65歳以上の実に5人に1人という計算だ。

 これらの数字の元になっているのが認知症検査。専門の医師と対面し、15~20分ほどの質疑と応答で行われる。

「年はおいくつですか」
「今日は何年の何月何日何曜日ですか」
「今私達がいるのはどこですか」
「これから言う3つの言葉を覚えてください。後でまた聞きます」(例:桜、電車、犬)
「100から7を引いてください」

 我が国で最も一般的と言われる「長谷川式認知機能検査」の質問内容だ。丁寧に上から順番に質問するケースもあれば、医師との何気ない会話のなかに織り交ぜることもある。

 どちらにしろ、こうしたいくつかの質問を被験者に投げかけ、回答から30点満点のスコアが割り出される。20点以下は認知症の疑いが高いとされ、認知症であることが確定している場合は20点以上で軽度、11~19点の場合は中等度、10点以下で高度の判定となる。

「これが正解です」と口に出すことも、指差すことも必要ない

 武田氏とJVCケンウッドの共同研究で生まれた認知機能評価システムは、検査する側とされる側の間にモニターが介在する。検査される人は、このモニターに映し出される映像・画像を基本的には「見るだけ」だ(図1)。

図1●視線検出技術を利用した簡易認知機能評価法(出所:武田氏)

 これは、JVCケンウッドの視線計測装置「Gazefinder」のシステムを応用したものだという。「被験者の目の動きを正確に捉えることができるカメラで、モニター上のどこを見ているかを検出する。被験者にモニターで画像を見せ、その人がどこをどれだけの時間見ていたのかを正確に計測し定量化することができるのです」(武田氏)

 こうした技術を前提に、例えば次のような図形を被験者に見てもらう。2つの五角形が重なったこの図形。右の3つの中から同じものを選んで「見るだけ」だ(図2)。「これが正解です」と口に出すことも、指差すことも必要ない。

図2●被験者がどこをどれだけ見ているかがマーキングされる(出所:武田氏の講演のスライド)

 健常者であれば似たような図形の、似ている部分とそうでない部分を見つめ、やがて同じ図形を選び出し、同じ図形であることのポイントとなる部分を注視する。

 一方認知症を患っている場合であればポイントは定まらず、視線は画面の上をさまようことになる。顕著にあらわしているのが図3だ。

図3●左は視点が拡散、右はポイントを注視(出所:武田氏)

 丸と三角が触れ合った図を見せ、別の画面の4つの図形から同じものを選んで「見て」もらうという検査だ。

 健常高齢者は、正解図形を見る段階からポイントとなる部分を注視しているが、アルツハイマーを患う方の視線は図全体に拡散されているのが分かる。

 そして次の画面(図4)から正解を見つめてもらうのだが、視線を示すマーカーの分布の観察だけでその違いは瞭然だ。

図4●右は効率的に正解にたどり着いている(出所:武田氏)

 「健常高齢者の方はポイントとなるところを集中的に、認知症を患っている方は正解がわからずランダムに。健常高齢者の注視率81% 認知症患者の方は23%。このように、モニターの前に座っていただいて、2分50秒の中で様々な画像を見ていただきます。それぞれに正解画像があり、見ている視点プロットを計測、定量化することで認知機能のスコア化をするわけです」(武田氏)

これまでの認知症検査との違いとは?

 Gazefinderを使った視線計測による認知機能検査の最大の特徴を武田氏は次のように言う。

 「例えば代表的な認知症検査の長谷川式認知機能検査は30点満点のテストです。1つひとつが正解もしくは不正解なので、どのパターンで認識したとしても、全体が30点満点でしかない。つまり30ビットの情報ということです。一方、視点検査は、時間は3分弱のテストですが、連続的に視点を追いかけているので、見ている場所、時間、見る順番など、全体を考えると、理論的には100億ビットくらいのパターンとして認識することができます。この大規模なデータをAI・機械学習を用いて解析することでさらに高精度の評価が可能になると期待される。これが今までの認知症検査との一番の違いです」(武田氏)

 現在は認知症の中でもアルツハイマー型認知症を中心に検証を行っているというが、今後はさらに多くの認知症に対応を広げていくことも考えられる(図5)。

 「認知症には少なくとも8種類以上の型があります。それぞれの患者さんの特徴を正確に分析することで、目の前にいらっしゃる被験者がいったいどの型の認知症なのかを知ることもできるはず。現在そうしたアルゴリズムを開発中です」(武田氏)

図5●認知症には様々な型がある(出所:武田氏)

 武田氏は認知症診断の重要性について次のように語る。

 「2017年にTHE LANCETという医学雑誌に掲載されたある論文が今でも印象的に残っています。人生全体を通して考えた場合、いくつもある認知症のリスクファクターに対し、人が介入可能なものがどのくらいあるかということを検証した論文でした。これによると、全体の35%が現実的に介入可能なリスクファクターであるとのこと。つまり正確な診断さえできれば3割以上のリスクファクターを取り除くことができる可能性が生まれるということです」(武田氏)

 ところが既存の認知症検査には拒否反応を示す人も少なくない。また、導き出される診断結果はどうしても大づかみで、かゆい所の全てに届いているとは言い難い。事実、約75%の認知症患者が診断されることなく見逃されているという調査もある。(ADI World Alzheimer Report 2011)

 冒頭に例として紹介した「長谷川式認知機能検査」はこれまで多くの診断実績を残してきた素晴らしい認知症検査の方法である。ただ、「今日の日付」「今いる場所」など、だいの大人に対するには、あまりにも低い段階からの質問からはじめなければならない。これは検査する側とされる側の両者にとって、大変ストレスフルなものであるとも言える。

 対して基本的にモニターを見つめるだけのGazefinderを使った認知機能評価システムであれば、かなりの部分のストレスが解消されるだろう。

 検査に臨む人が増えれば、それだけ診断の手がかりとなる情報の蓄積が増える。これが早期診断、早期発見、そして早期介入へとつながるのだ。

 認知症の新たな地平を示す技術「見るだけの認知機能評価システム」の展開から、今後も目が離せない。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)