近年、増加傾向の発達障害の一つに自閉症スペクトラム障害がある。患者は匂い、光、音などの特定の感覚に過敏あるいは鈍感だったり、身振りや言葉でのコミュニケーションが困難だったりする。このため、日常生活で強いストレスを感じやすく、そのような場面では頭突きなどの自傷行為や強いかんしゃく、噛みつきなどの攻撃性を示すことがある。これらの症状は「易刺激性」と総称される。

本人のみならず、家族にとっても辛いこれらの症状が「水溶性食物繊維の摂取」という食からのアプローチで軽減できた──。そんな研究結果を京都府立大学大学院生命環境科学研究科の井上亮氏らが報告した。食から自閉症治療に挑む研究の一つであり、話題の「脳腸相関」ともつながる、興味深い報告だ。

 対人コミュニケーション障害と繰り返し行動、興味や関心へのこだわりの強さなどを中核症状とする発達障害、自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder=ASD)。医療現場では、自閉症、アスペルガー症候群、広汎性発達障害を包括してASDと総称しているが、知能や会話能力、症状の現れ方には個人差が大きい。これまでの研究で、ASDでは脳や神経伝達物質になんらかの異常があること、家族や兄弟間で遺伝する素因があることなどがわかってきている。

 米国小児科学会によると、ASD児は1990年前半から増加傾向にあり、88人に1人の子どもに認められ、男児の比率は女児の4倍とされる(※1)。日本でも、公立小中学校で通級(通常の学級に在籍しながら個別の特別支援教育を受ける)による指導を受けている自閉症児は10年で4倍に、と大きく増加している(図1)。

※1 American Academy of Pediatrics 2NDEDITION

図1●自閉症児は10年で4倍に
通常学級に通いながら個別の特別支援教育を受ける自閉症児は10年で4倍になっている。平成29年度の自閉症の小学生は1万6738人、中学生は2830人(出所:文部科学省「平成29年度通級による指導実施状況調査結果について」)

ストレスから自傷や攻撃行動などの関連症状が出る

 ASD児では、強い不安や緊張などのストレスから易刺激性が一時的に強まることがある。

 ASD児の発達支援と治療にあたっている滋賀医科大学小児発達支援学部門特任准教授の阪上由子氏は、「ASD児は、言葉をやりとりしたり、気持ちを共有したりすることが苦手。また、同じ行動を繰り返し、変化を嫌い、特定の感覚にも過敏であるということなどから、ストレスを感じた時には火が付いたように泣いたり、頭突き、体のあちこちに噛みついたり、跡が残るくらい自分でほほを叩くなどの自傷行為や、攻撃性、興奮を示すイライラ行動が多くなる」と解説する。

 また、夜なかなか寝付かない、頻回に起きるといった睡眠障害も生じやすい。「治療の現場では毎日の子育てで疲弊している養育者の負担を軽減するためにも、ASD児の関連症状がなんとか改善すればと考えている」(阪上氏)。

図2●京都府立大学大学院生命環境科学研究科 井上亮氏
京都府立大学大学院農学研究科博士後期課程修了、農学博士。英国国立ローウェット研究所腸管免疫研究室などを経て現職。腸管機能(免疫)、腸内細菌叢を主な研究テーマとする(写真:本人提供)

 本人も家族も苦しむこれらASD児の易刺激性を、日常的な食というアプローチで軽減し、治療に寄与することができないか、と考えたのが、京都府立大学大学院生命環境科学研究科 動物機能学研究室講師の井上亮氏である。腸内に膨大な数で生息している腸内細菌叢や腸の免疫システムの研究者だ(図2)。

 「2010年以降、メタゲノム解析によって、自閉症児に特有の腸内細菌叢の乱れがあることが活発な話題になってきた」と話す井上氏は、2016年に阪上氏と最初の共同研究を行った。この研究によって、自閉症児の腸内細菌叢は定型発達児と異なっており、ブラウティア菌という腸内有用菌が少ないことなどを見いだした(※2)。

※2 Biosci Biotechnol Biochem.;80(12):2450-2458.2016

ASD児には腹痛、便秘などの消化器症状がある

 実は、ASD児には、行動やコミュニケーションの障害という中核症状とは別に、腹痛、便秘、下痢、嘔吐、腹部膨満といった消化器症状が併存しやすい。その不快感が入眠困難や頻回の中途覚醒といった睡眠の問題や、かんしゃく、自傷行為の悪化の要因となりうると考えられている。

 「慢性的な便秘などの消化器症状が易刺激性を悪化させるのなら、腸内細菌叢を健全な状態に変えることによって、ASD児のイライラ症状を改善できるのでは、と考えた」(井上氏)。

 こうして、「消化器症状」に着目し、「食」で腸内細菌叢の状態を改善することで、ASD児の易刺激性という「医」の問題を解決する研究が始まった。

無味無臭の水溶性食物繊維が突破口に

 腸内細菌叢を変えるための介入試験の候補となった素材が「水溶性食物繊維」だ。水溶性食物繊維は、腸内細菌のエサになり、それによって腸内細菌の数が増えるなどして腸内細菌叢を健全な状態に保つ作用があることが近年活発に研究され、“腸活素材”として話題になっている。

 大麦やワカメ・昆布などの海藻、納豆、果物やゴボウなどの食品に多く含まれるため、こうした素材を食事に加えてとらせるのがいい。だが、ここで立ちはだかるのが、大多数のASD児にある偏食だ。

 ASDの子どもは、限られた種類のものしか口にしない場合が多い。特定の食感や色の食べ物を嫌がったり、決まった皿でしか食べなかったりなど食事の仕方に強いこだわりを示す子どもも。「特に、白いご飯にこだわる子が多く、肉も薄くないとかみ切れず、吐き出したり、みそ汁の上澄みだけを飲んだりという子など、とにかく変化を嫌う」(阪上氏)。

 食への強いこだわりをクリアし、食品の味や形状を変えずに水溶性食物繊維を増やす方法として使われたのが、無味無臭、水に溶けやすいパウダー状の水溶性食物繊維(グアー豆由来)だった(図3)。「保護者の方には、ごはんに混ぜて炊いても、飲み物やみそ汁に入れてもいい、というふうにお願いした」(阪上氏)。

図3●試験に使用した、無味無臭のパウダー(写真:スタジオキャスパー)

イライラ症状が減り、炎症性サイトカインが減少

 13人のASD児に、1日あたり6gの水溶性食物繊維をとってもらったところ、2カ月後に、1週間あたりの排便回数が平均で1.3回から2.8回と2倍に。自傷行為、他者への攻撃性、かんしゃくといった興奮性行動も減った。腸内細菌叢をみると、前回の研究において自閉症児で少ないことが確認されていたブラウティア菌が定型発達児に近づき増加(図4)、血液中の炎症性サイトカインも減少していた。

図4●水溶性食物繊維で有用菌が増えASD児のイライラ症状などが改善
自閉症スペクトラム障害の児童13人(平均年齢6歳)にグアー豆由来の水溶性食物繊維を1日当たり6g、食事に加えて与えた。2カ月後、排便回数が増加し、イライラなどの興奮性行動が改善、定型発達児と比べて少ないブラウティア菌も増加。血液中の炎症性サイトカイン「IL-1β」「IL-6」「TNF-α」が減少した(データ:J Clin Biochem Nutr.;64,3,:217-223, 2019)

 減少したサイトカインは、「IL-1β」、「IL-6」、「TNF-α」の3つ。「いずれも脳の炎症に関わることが報告されている炎症性サイトカインの代表格。調べた中で低下したのが、この3つだった。自閉症の人の血液中でもこれらのサイトカインが上がっていることが欧米の研究で報告されている」と井上氏は説明する。

 脳と腸が、自律神経やサイトカインを介して密接につながりあうという「脳腸相関(brain-gut interaction)」、「脳-腸-腸内細菌叢軸(brain-gut-microbiota axis)」というキーワードは、近年、医学界でも話題となっており、脳の機能の異常の一つでもあるASDも、腸との関わりが強いとする見方が強い。

 「脳の炎症は、自閉症はもちろん、うつ病やパーキンソン病など脳の機能障害の原因の一つとなる。腸の炎症を抑えることによって、自閉症児のイライラが抑えられたのではないか」(井上氏)。井上さんは、この研究成果を今年3月に開催された日本農芸化学会2019年度大会で発表し、「優秀発表・トピックス賞」を受賞した。

「食事」で腸から、脳の「医」の問題の解決に挑戦

 今回得られた結果について、医師である阪上氏は、「ASD児の攻撃性や興奮、自傷行為の一因である、慢性便秘による生理的不快感が改善することによって易刺激性が軽減したのでは、ととらえている。因果関係を突き止めるには、脳内の炎症に腸内細菌叢が関わっている、というさらに踏み込んだ証拠も必要となる」と話す。

 また、今後への期待として、「易刺激性という随伴症状に早期に介入することで、ASD児の生活の質の改善、ひいては中核症状の予後を改善することにつながれば」と阪上氏は話す。

 ASD児の腸内細菌叢を変えることと、さまざまな易刺激性改善のメカニズムを突き止めるには、研究規模を拡大する必要がある。しかし、「クリニックや総合病院の医療者には強い関心を示していただくものの、試験の管理やサンプル、アンケート回収を行う人手が足りず、頓挫している。研究の精度を高めるには、プラセボ(偽薬)を設定したRCT試験を行いたいが、保護者の方の気持ちを考えるとプラセボを設定しにくいという課題もある。ASD児の腸内環境改善への道筋は見えてきた。将来的により多くのASD児に試してもらい、本人や家族、教育現場のQOL改善につなげたい。そのためにも中規模、大規模の調査を行っていただける協力機関を現在探している」と、井上氏は研究への熱意を語る。

 私たちの腸に、どのような腸内細菌がどのように生息しているかが生活習慣病や免疫などの健康に密接に関わることがわかってきた今、発達障害にともなう症状改善にも「腸からのアプローチ」という新たな活路が見いだされそうだ。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)