グルコースが細胞に取り込まれる仕組みを利用

 BBBには選択性があり、酸素に加えて、脳の唯一のエネルギー源であるブドウ糖(グルコース)などは透過させられる。これには、グルコースの細胞への取り込みを仲介する糖輸送担体が必要だが、グルコーストランスポーター1 (GLUT1)と呼ばれる分子は、全身組織の中でも脳血管内皮細胞に著しく多く発現していることが知られている(図1)。そこで横田氏は、片岡氏のナノマシンに注目し、医工連携の研究が進められた。

図1●脳に薬剤を届ける「B-Smarter」法(ブレイゾン・セラピューティクスによる)
図1●脳に薬剤を届ける「B-Smarter」法(ブレイゾン・セラピューティクスによる)
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 脳に届けたい薬剤を内包し、グルコースで修飾したナノミセル「B-Smarter」を、空腹のマウスの静脈内に投与し、その後にグルコースを投与することにした。すると、血糖値の上昇に伴い、投与されたミセルの約6%が脳内に移行するという、従来あり得ないほど高い送達率を達成した。この結果を社会実装化するために設立されたのが、ブレイゾン社である。同社では、小型のサル(コモンマーモセット)を用いた実験も進めており、霊長類でもこうした脳内移行が起こることを確認している。

 戸須氏は、「ナノマシンの精密な設計技術と、血糖値を制御するという生理学的特徴を組み合わせる方法が、鍵となる」と語る。ヒトの場合、ナノミセルは静脈投与しなくてはならないが、血糖値を上げるのは、空腹時に食事をしてもらうだけでいい。

 2015年に創業されたブレイゾン社は、「脳疾患の新薬開発にパラダイムシフトを起こす」を旗印に掲げる。「B-Smarter」に関する特許は、まず2017年2月に日本で、次いで欧米でも成立した。学術論文も上梓されたことで、本格的な実用化を目指して、薬学博士で国立がん研究センターなどでの研究経験もある戸須氏が、社長として招き入れられた。

 2018年には、ファストトラックイニシアティブなど、3社のベンチャーキャピタルを引受先とする第三者割当増資で約6億4000万円を調達している。スタッフも、研究員を含めて14人にまで増えた。川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター(センター長は片岡氏)の一角に研究室を構えており、2019年には米国の大手企業との共同研究を開始し、ボストンのLabCentralにもラボを開設した。同年6月には、経済産業省が推進する、官民によるスタートアップ支援プログラム「J-Startup2019」に選定された(関連記事)。