日本国際交流センター(JCIE)と東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)は、健康長寿の実現や高齢者ケアの品質向上に資する取り組みを表彰する「第1回アジア健康長寿イノベーション賞」の受賞団体を決定し、受賞発表式を2020年7月31日に開催した。日本を含むアジア12カ国・地域から134件の応募があり、大賞にタイとベトナム、日本の3団体が、準大賞にはタイと日本、インドネシア、韓国、マレーシア、ベトナムの7団体が選ばれた。

 アジア健康長寿イノベーション賞は、日本政府によるアジア健康構想(Asia Health and Wellbeing Initiative:AHWIN)の一環として、JCIEとERIAが創設した事業。「テクノロジー&イノベーション」「コミュニティ」「自立支援」の3部門を設け、高齢化によるさまざまな課題を解決する革新的なプログラムやサービス、製品、政策を表彰する。

JCIE理事長の大河原昭夫氏(出所:発表会のスクリーンショット)
ERIA事務総長の西村英俊氏(出所:発表会のスクリーンショット)

 JCIE理事長の大河原昭夫氏は「アジア全域で急速に高齢化が進む中、互いに事例やノウハウを学び合う必要がある」として、「優れた取り組みを発掘し、知見をアジア地域内で共有・拡大したい」と、同事業の目標を述べた。

 大賞を受賞した3団体は次の通り。テクノロジー&イノベーション部門は、モバイル・アプリを用いて低所得層向け在宅ケア事業を展開するタイの高齢者発展財団(Foundation for Older Person’s Development、以下FOPDEV)。コミュニティ部門は、さまざまな世代間の交流によって高齢者の社会参加を促すベトナムのヘルプエイジ・インターナショナル・ベトナム(HelpAge International in Vietnam:HAIV)。自立支援部門は、病院と自治体が協力して脳卒中の再発予防を支援する長野県駒ヶ根市である。

「テクノロジー&イノベーション部門」で大賞を受賞したタイの高齢者発展財団(出所:JCIE・ERIA)
「コミュニティ部門」で大賞を受賞したベトナムのヘルプエイジ・インターナショナル・ベトナム(出所:JCIE・ERIA)
「自立支援部門」で大賞を受賞した長野県駒ヶ根市の市長・伊藤祐三氏(左)と昭和以南総合病院の院長・村岡紳介氏(右)(出所:JCIE・ERIA)

 以降では大賞3団体の取り組みの詳細を紹介していこう。

【テクノロジー&イノベーション部門】アプリで介護者/被介護者の利便性を向上

 テクノロジー&イノベーション部門大賞のタイのFOPDEVは、アプリを活用して地域ボランティアと介護者が知識と技能を共有しながら介護サービを提供するプラットフォーム「バディ・ホームケア」を構築し、運用している。介護者や医療ボランティアスタッフが高齢者(被介護者)を訪問し、アプリを活用して健康状態などの情報を収集することで、被介護者のニーズを把握。医療・介護の専門家は、それに合わせてケアプランを作成・更新する。同時に介護者には、専門家グループからアドバイスを送る。このように、有用な情報を被介護者と介護者の双方に提供することで、質の高い在宅ケアを目指す。

高齢者発展財団の活動
アプリを活用して在宅介護サービスの品質向上を図る他、若年層の職業訓練や就業も支援する(出所:FOPDEV)

 この仕組みの利点の1つは、介護に携わる多くの人が地元の出身者であることだ。というのも、山岳地方には独自の方言があり、行政の担当者には理解できないケースもあるのだ。地元出身者の介護者がアプリを活用すれば、行政の方針を被介護者にスムーズに伝えられる。FOPDEVは、山岳民族の若者に介護の職業訓練と就業の機会を提供することで、若者の経済的自立と介護者の確保を図っている。チェンマイ大学の看護学部がプログラムを設計し、これまでに35人の若者が受講。15人が介護者としてバディ・ホームケアで働き、他の20人もヘルスケア分野で活動しているという。

 バディ・ホームケアについて、ERIA事務総長で選考委員も務めた西村英俊氏は「アプリを活用して地域医療のモニタリングシステムを作り、複数の課題を解決した点で、ユニークなアプローチ」と位置づける。具体的には、被介護者とその家族、介護者の間で健康情報を共有する手段を提供しながら、介護者不足、若年層の雇用機会の不足という2つの問題にも対応したことを評価した。「技術としては最も進んだものではないが、シンプルな技術をイノベーションに富んた形で応用した」ことが大賞受賞の決め手になったとしている。

【コミュニティ部門】自助組織モデルを構築し3000団体に複製

 コミュニティ部門大賞のベトナムのHAIVや各地のパートナー団体が運営するコミュニティー組織「多世代自助クラブ」は、地域内でさまざまな世代間交流を図り社会参加を促すことで、高齢者の健康増進を目指す。2006年にHAIVがモデルを発表し、現在はベトナム全土で約3000団体が活動している。総会員数は約16万人で、メンバーの約70%が高齢者だ。

多世代自助クラブの活動
ゲームや家庭訪問などの社会的・文化的活動の他、定期的な健康診断や治療、保険サービスを受ける支援、ボランティアによる在宅サービスも展開している(出所:HAIV)

 HAIVは、自助クラブのモデルを作成し、各コミュニティーでの設立を支援する一方で、実際の運営やリソースの確保、意思決定はクラブそれぞれに委ねる。新たなクラブを立ち上げる際は2年間にわたって補助し、各クラブの経済的な自立を支援するという。HAIVは現在、パートナー団体の育成を目的として、モデルのスケールアップに取り組んでいる。オンラインで利用できる教育資料を作るなどして各地でパートナー団体を育成する他、アジア諸国での展開に向けて教育資料を共有する予定だ。

 大賞受賞の理由は「医療や社会参加の機会を提供するだけでなく、技能の開発や所得を得るための活動を通して高齢者を力づけている」(西村氏)こと。選考委員は、ベトナムの多くの地域でモデルが複製されていることが「持続可能な取り組みであることを示している」とみる。

【自立支援部門】セルフマネジメントで脳卒中の1年以内再発率を低減

 自立支援部門大賞の駒ヶ根市は、周囲4市町村によって運営されている昭和以南総合病院と連携し、脳卒中患者自身が再発予防に取り組む“セルフマネジメント”を支援。地域の課題である脳卒中の再発・重症化予防に取り組んでいる。地域全体で住民の健康意識を高め、セルフマネジメント支援を通じて専門家が効果的にかかわることを目指す。

 駒ヶ根市は従来、他県や長野県の他の地域に比べて脳卒中による標準化死亡比が高いという課題を抱えていた。昭和以南総合の入院患者データを調査したところ、脳卒中の再発率(2014年10月~2015年9月)は20.5%。その30.4%が最初の1年以内に再発していたことが分かった。つまり「最初の1年間をうまく乗り越えられれば再発率は低くなる」(院長の村岡紳介氏)。この知見を元に、駒ヶ根市と昭和以南総合病院は、セルフマネジメントの仕組みを作った。血圧管理や医薬管理、食事・運動といった生活管理を患者任せにすれば、継続されにくい。そこで入院中から、患者教育用の「脳卒中予防ノート」と活動量計を使ってセルフケアプランの作成を支援。退院後1年間は、患者が専用アプリを活用して健康状態を記録したり、看護師や管理栄養士と年4回の頻度で面会したりして、セルフマネジメント力を高める。

* 標準化死亡比(standardized mortality ratio:SMR) 厚生労働省の統計では「基準死亡率(人口10万対の死亡数)を対象地域に当てはめた場合に、 計算により求められる期待される死亡数と実際に観察された死亡数とを比較するもの」と定義する。

脳卒中による死亡比の比較
2008〜2012年の主要死因別標準化死亡比で、女性の場合(出所:駒ヶ根市・昭和以南総合病院)
昭和以南総合病院における脳卒中の再発例数
2014年10月〜2015年9月のデータ(出所:駒ヶ根市・昭和以南総合病院)
「脳卒中予防ノート」と活動量計(出所:駒ヶ根市・昭和以南総合病院)
退院後に年4回実施する面会(出所:駒ヶ根市・昭和以南総合病院)

 プロジェクトを実行した結果、1年以内再発率が低下し、2019年には5.6%に改善した。脳卒中は生命にかかわる疾患であると同時に「後遺症を残しながら地域に戻って生活を再開する疾患に変わってきている」(同氏)。その点で「地域包括ケアシステムの構築にとっても重要な疾患」(同氏)。同プロジェクトによって再発率を下げることが、大きな役割を果たすとみている。

駒ヶ根市における脳卒中患者の1年以内再発率
2017年に10%だった1年以内再発率は、2019年には5.6%に低下した(出所:駒ヶ根市・昭和以南総合病院)

 西村氏は、このプロジェクトを成功に導いた「自治体と病院、患者、家族の緊密な協力は、現在のコロナ禍においても重要性を持つ」と指摘。大賞選出に当たっては、高齢者が自らの健康状態を理解して目標を設定し、健康を積極的に管理していくプログラムが持つ「潜在的可能性」も評価したという。

(タイトル部のImage:出所はJCIE・ERIA)