あのキユーピーが、がん発症リスク判定サービスの事業化を目指している。2020年7月には、マイクロRNA(がんの増殖や転移に深く関わっている分子)の測定装置に関する研究を東京家政大学と共同で進めると発表した(関連記事:あのキユーピー、がん発症リスク判定サービス事業化を目指す)。

実は同社では、食でがんを予防する研究を2013年に開始。2018年には将来の発がんリスクを判定する研究を始めていた。食品メーカーの立場から、どのような立ち位置でがん発症リスク判定サービス事業にかかわっていくのか。同社 研究開発本部 グループR&D推進部 未病改善プロジェクトチーム チームリーダーの河野純範氏と同 コーポレート・サイエンティストの大塚蔵嵩氏に話を聞いた。

インタビューに応じたキユーピーの河野氏。大塚氏はオンラインで参加(写真:小口 正貴)

がん発症リスク判定サービスに取り組むことになったきっかけは。

河野氏 マイクロRNAとがんの関係性の研究で知られる落谷孝広教授(東京医科大学 医学総合研究所)との出会いがきっかけです。落谷先生が国立がん研究センターで勤務されていた際に、がん関連の研究でキユーピーとしてご一緒させてもらいました。

 ご存じのように落谷先生はがんリスクの早期判定研究のパイオニアであり、1滴の血液から13種類のがんを検出する技術を2019年末に発表しました(関連記事:「血液1滴で13種がん検出」、実用化が目前に)。落谷先生はさまざまな企業やアカデミアと連携していますが、キユーピーもその1社。2013年から共同研究を進めてきました。弊社の大塚(蔵嵩氏)が落谷先生と連携して研究を続けています。

食品メーカーが貢献できることがたくさんある

食品メーカーとして、どうかかわる考えでしょうか。

河野氏 根底には、病気になりにくい体を作る観点から、食品メーカーが貢献できることがたくさんあるのではないかとの思いがあります。マイクロRNAの発現量の差が、がんに影響を及ぼすことが明らかになりつつある中、マイクロRNAが体調のバロメーターとして機能するという仮説をもとにマイクロRNAの発現量を調節する食品素材を探してきたのです。既にこれまでの研究を通じて、いくつかの素材を発見しつつあります。

大塚氏 一般的には、玉ねぎに含まれるケルセチン、ウコンに含まれるクルクミンなどがマイクロRNAの発現に影響を与える天然化合物として知られています。ですから、日常の食生活からもマイクロRNAの発現量を改善できる余地はあると考えています。

河野氏 こうした“予防”に近い形でがんの発症リスクを抑制する研究を重ねてきましたが、改善できる食品の見通しが立ち始めたこともあり、2019年からは次の段階へとシフトしました。それが東京医科大学、横浜国立大学と共同でスタートしたNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトです。

どのようなプロジェクトですか。

河野氏 研究テーマは「生体データを用いて発がんリスクを説明できる“高信頼性進化的機械学習”の研究開発」。AIの基盤技術開発事業で、AIの実用化テーマとしてマイクロRNAによるがん未病状態判定を目指します。AI研究を主導するのは横浜国立大学の長尾智晴教授、落谷先生率いる東京医科大学が医学的見地からの信頼性評価、我々がデータの有効性検証と社会実装の検討といった役割分担です。同様のプロジェクトを2024年まで継続します。

NEDOプロジェクトにおける横浜国立大学、東京医科大学、キユーピーの役割(出所:キユーピー)

 血液中のマイクロRNAのバランスを測ることで、本当にがん発症前の段階を検知できるのか、または未病状態を判定できるのかが研究の中心となります。むろん、これは弊社だけでできるものではありません。そうした背景もあって連携しやすい国家プロジェクトで進めていきます。

改善策がセットではない未病判定は不安を与えるだけのものに

具体的な進め方は?

大塚氏 プロジェクトの研究では、体内、特に血液中のマイクロRNAを網羅的に測定する予定です。健康な人、がんに罹患した人、がんリスクが高いと判断できる人──こうした人たちの血液を測定し、その結果をAIで学習・分析します。最終的には、マイクロRNAのデータを入れればがんの未病状態が判定できるシステムを開発するのが目標です。

 今回のNEDOプロジェクトの目的が「説明できるAI」なので、少ないデータで良い結果が出せるAI開発にも注力します。現状ではAIの判定結果があっても、なぜAIがその結果を出したかの根拠を説明できず、ブラックボックスになることがほとんどです。横国大の長尾先生は判定結果の精度を維持しつつ、根拠を伝えることを得意としているため、まさに適任と言えます。

 この姿勢はキユーピーの事業にとっても重要な要素です。なぜなら我々が提供しようとしているのはがんの未病状態、これからがんになるリスクの判定だからです。「あなたはがんになるリスクが高い」と言われたとき、「マイクロRNAがこの数値だからリスクが高い」といった根拠とともに伝えることが肝になります。

 その結果、ターゲットを明確化でき、最終的には食品で改善することにつなげられます。改善策がセットではない未病判定は、不安を与えるだけのものになってしまいますから。

2020年7月に発表した、東京家政大学とのマイクロRNA測定装置に関する研究はどうつながるのでしょうか。

河野氏 我々が実際にがんの未病状態を判定するサービスを提供する場合、一般的な測定方法ではコスト面で現実的ではありません。そのため、ある程度安価で早期に測定できるキットを開発する必要があります。その測定装置を東京家政大学、自動車用アンテナメーカーのヨコオと協力しながら開発していきます。

大塚氏 この装置の特徴は、安価で非常にコンパクトな点。最終的にはノートパソコンほどの大きさを目指しています。

河野氏 我々が検体を提供して、NEDOプロジェクトではマイクロRNAを網羅的に解析し、東京家政大は独自の測定装置で測定し、データの連携を図るフローです。2023年末ごろから実証実験を開始し、NEDOプロジェクトが終了した2025年には本格的なサービス提供を目指したいですね。診断ではないので、薬機法の範囲外での展開になります。

プレーヤーが多いことは追い風に

マイクロRNAを用いたがん発症リスクの判定には、様々な企業が乗り出してきています。キユーピーならではの価値や強みは何でしょうか。

河野氏 冒頭に話したように、食品メーカーだからこそのアプローチが強みです。がんは国民の2人に1人が罹ると言われる病気。マイクロRNAを改善することが発症リスクの抑制につながるとの明確な指標を示すことができれば、普段の食生活から行動変容を促すことができるようになります。それが、キユーピーが目指す最終ゴールです。

食品メーカーならではのアプローチでがんに立ち向かう(写真:小口 正貴)

 プレーヤーが多いことは逆に追い風と捉えています。一昔前はマイクロRNAって何?という人がほとんどでしたが、“血液1滴で検査できる”というインパクトのおかげか、だいぶ認識されてきたように思います。実用化が始まれば、マイクロRNAの認知度は一気に高まるはずです。そこまで行けば、目指すゴールにぐんと近づくでしょう。

(タイトル部のImage:小口 正貴)