シェフでもあり医師でもある「シェフドクター」。現在、世界には20人ほどいるという。そんなシェフドクターの一人、ロバート・グラハム氏にインタビューする機会を得た。「医食同源」をキーワードに様々な活動を展開するグラハム氏は、「日本が元々持っている食文化の良き側面に目を向けてほしい」と語る。

ロバート・グラハム氏 FRESH Med代表
米ストーニーブルック大学医療センター医学部で医学の学位を取得、ハーバード大学公衆衛生大学院で公衆衛生学の修士号を取得。料理学校の米Natural Gourmet Instituteを修了し、世界で約20人のシェフドクターの一人に。医師に健康的な料理を作る方法を教え、2010年には米ウォールストリートジャーナルの「キッチンで医師に健康になる方法を教える」という記事で取り上げられる。2012年には病院でヨガや瞑想などを取り入れた健康プログラムを開始。2013年にニューヨークのレノックスヒル病院の屋上庭園で野菜の栽培を始める。2015年には米国のカンファレンス「TEDxManhattan」で「FARE WELLNESS : Back to Our Roots」というプレゼンテーションを実施し、統合医療と伝統医学を現代の医療健康システムに取り入れる自らの試みを説明した。2016年に医療プログラム「FRESH MEDICINE」を開始。「料理医学」と称して「フードファースト」の生活スタイルおよび新しい医療健康モデルの提唱者として活動している(写真:著者)

世界でも数少ないシェフドクターとして、食と医療を結びつけた活動を幅広く展開しているそうですね。まずはメインの活動である「FRESH MEDICINE」についてうかがえますか。

グラハム FRESH MEDICINEは「医食同源」の考え方をベースにした個人や企業向けのプログラムです。ここでのFRESHは私の造語で、食事(Food)、リラクゼーション(Relaxation)、運動(Exercise)、睡眠(Sleep)、幸福(Happiness)といった5つのアプローチを統合して健康を目指すという考え方です。

 手法としては、現代医療、それから鍼などの伝統療法を組み合わせて、ホリスティック(全体的)かつウェルビーイング(心身共に健康的であること)の観点から、総合的に治療やアドバイスを提供します。瞑想やヨガなど精神的なアプローチも推奨しています。

 提供形態は主に2つあります。1つは、私をはじめとした医師が患者に対して1対1でサービスを提供するものです。医学的な知見からアドバイスをしますが、薬を提供する際にも、ちゃんとその背景となる情報を提供します。というのは、薬を出すにしても、なぜその薬が必要なのかという情報が必要だからです。そして薬がすべてではありません。治療と同じくらい、健康に関する情報を提供し、健康に関する行動を習慣づけてもらうことを重視しています。

 もう1つは法人向けで、多くの場合、最初に経営トップと私で1対1のミーティングを持ちます。そのミーティングでは、従業員に健康に関する正しい知識や動機づけを持ってもらうにはどうしたら良いかといった相談から始めます。

 日本企業も同じだと思うのですが、実は米国企業の間でも、従業員の健康問題は非常に重要視されつつあって、企業向けのプログラムにはニーズがあるんです。最近CWO(Chief Wellness Officer)を設置する企業が増えていますが、私も企業でそれに類する役割をしていた経験があります。

 もっとたくさんの企業の声に応えられるようにと、最近はオンラインプログラムも開始しました。こちらはネットを通じてFRESH MEDICINEの考え方を学べるものです。これで従業員が席に居ながらにして直接学べます。

各国それぞれにある「医食同源」を思い出してもらう

グラハムさんはご自身で直接、医師に料理を教えていたそうですね。今まで、どのくらいの医師に料理を教えたのですか。

グラハム 今まで600人くらいの医師に教えました。みんな料理を好きになってくれましたね。

 医師はみんな、人のために貢献したいと思って医師になるのですが、どうしても15分などの限られた時間の中で対応するしかなく、不満がたまっています。そんな中、私の料理教室のプログラムには「従来の診療とは違う形で人の健康に貢献したい」という思いを持った医師たちが集まってきてくれて、毎回盛り上がりました。30人しか枠がないところに60人くらい応募が来たりしました。料理を学ぶ中で、医師たちは人に対する愛の気持ちを思い出したように見受けています。

キッチンでのグラハム氏(画像提供:ロバート・グラハム氏)

 色々な出身の医師が足を運んでくれたのですが、私はイタリアにはイタリアの、中国には中国の、米国には米国の、といった具合に、各地域の事情に合致した「医食同源」の考え方に基づくレシピを渡しました。実はそれぞれの地域に元々そういう考え方があるんです。私は各国の医師たちがそれらを思い出せるようにカスタマイズして渡しているわけです。

 日本では成人の肥満の人は全人口の約4%程度にとどまっており、米国に比べたら圧倒的に低い。これは日本の伝統食が「医食同源」に基づいているからだと思うのです。ですがその一方で、日本人の胴囲の数字を見ると年々上がってきています。私は、最近、行き過ぎた西欧化が日本人の健康を損ねていくのではないかと危惧しています。

 ただ、私は明るい側面も見出しました。今回私は「スマートキッチン・サミット・ジャパン」(主催:シグマクシス、2019年8月8~9日)で講演するために日本に来たのですが、ある日本人の聴講者の方に「ありがとう」と言われました。その人は「元々日本にもあった医食同源の大切さを、あなたがあらためて教えてくれた」とおっしゃいました。

子どもたちにもっと安全な食を提供すべき

教育機関や政府にも医食同源の考え方を啓発しているとか。

グラハム はい。以前、ニューヨーク市に対して子どもたちの給食を変えようと提言しました。今このプロジェクトは進行中です。最近はワシントン州にも行ってきました。

FRESH MEDICINEのホームページ(http://www.freshmednyc.com/

 親たちは、生まれてから就学時までの小さい自分の子供に対して、栄養にも原材料にもこだわり、良い品質の食事を与えて育てます。でも学校に入学すると、それらの配慮がまったく意味がないものになってしまうんです。米国の学校給食は、とてもひどいものです。加工食品、白砂糖たっぷりの食事、健康的ではない加工乳などが平気で出されています。加工食品の摂取が長期に渡って増えると死亡率が高まるというデータがあります。また、今の米国の子どもたちは高コレステロール食によって親世代よりも寿命が短くなるという予測まであるほどです。

 そんな食事で子どもたちがまともに勉強できると思いますか? 子どもたちに白砂糖を与えすぎると騒ぎ出し、落ち着きがなくなります。そんな子どもたちを抑え込むために、薬を与えたりするケースもあります。おかしな話ですよね。

 食事は本当に大切で、まさに「医食同源」なのですが、特に子どもたちについては、それを強調しすぎることはありません。大人は選択できますけれども、学校に通っている子どもたちは選択できませんから。

米国で広がるオーガニック食品

 私が提案する食事は、野菜中心で、肉は最低限に減らします。また、全粒粉、ソイミートなどの肉の代替品、そして白砂糖以外の甘味類などを使います。高血圧症とか糖尿病とか、それぞれの疾患に応じて最適なレシピをデザインしました。米国ではそれに基づいたミールキットも販売しています。

 私がレシピを考案するうえで大切にしているのは「CAT」という考え方です。CATはコスト(Cost)、アクセシビリティ(Accessibility)、テイスト(Taste:味)の略です。食材は高い品質であることが大前提ですが、それでもある程度安くなくては続けられません。

 また、日常で手に入れやすいものでないといけない。そしてもちろん味も大事です。美味しくなくては続けられませんから。私が考案したレシピには50%が肉で50%がマッシュルームのハンバーグがあるのですが、私が作ったハンバーグを食べた人は、誰も半分がマッシュルームだなんて気付きませんでしたよ(笑)。

食材の品質が大事で、しかも手に入れやすいものであるべきというお話ですが、オーガニック食品は一般的に高価です。例えば日本では現状、無農薬あるいは有機栽培の野菜は、慣行農法により作られた野菜の2倍程度高い値段がつけられています。また、手に入れられる小売店も限られています。

グラハム 実は米国でもこの5年から7年でずいぶん変わってきたのです。オーガニックの食材は、以前はとても高かった。けれども多くの人がオーガニックを求めるようになって、変わりました。

 例えば米国で有名なスーパーマーケットであるウォルマートはどちらかと言えば庶民向けですが、ここが今かなりの量のオーガニック食品を売っています。値段もリーズナブルなレベルにまで下がってきました。

 つまり、米国ではオーガニックが一般消費者でも手が出せる値段になってきたということです。オーガニックを求める消費者が増えれば生産者もたくさん作るようになり、値段も下がっていきます。それは日本も同じではないでしょうか。

屋上の野菜畑で新鮮な食を病院に

病院の屋上を野菜畑にする活動をしてきたそうですね。

グラハム 「食事を改善すれば、それ自体が良い薬になる」というのが私の考え方です。病院の屋上を野菜畑にしたのは、私がかつて勤めていたニューヨークのレノックスヒル病院が最初でした。この病院の屋上に野菜畑を設けて、そこで取れた新鮮な野菜を、病院の食堂で提供できるようにしました。

病院の屋上に開いた菜園(画像提供:ロバート・グラハム氏)

 ほら、あそこに屋上庭園があるじゃないですか(と筆者の後ろ、ビルの窓の外に見える屋上庭園を指差す)。私はこういう美しい屋上庭園を見ると、なんで野菜を作らないんだろう?と思ってしまうんです。

日本のビジネスパーソン、そして医療・健康分野に携わっている日本人にひとことお願いします。

グラハム 今までの話と重なりますが、日本人の皆さんには「Be Careful(気をつけて)」と言いたいです。元々日本にあった「医食同源」を大切にしてほしい。日本の食には叡智があります。そこに西洋的なサイエンスが重なり合うことで、もっと良いものになるでしょう。私はFRESH MEDICINEで、伝統とサイエンスという2つが重なり合った領域を追求し、広げていくことを目指しているんです。

(タイトル部のImage:ロバート・グラハム氏が提供)