日本は世界にさきがけて超高齢社会を迎えた。同時に超少子化も進む。介護を必要とする人が増え、介護を供給する側の人口が減る傾向だ。高齢化が進む先進国に共通の悩みだが、そこにテクノロジーのメスを入れ、問題解決に向けての新たな治療を行う人たちがいる。東京大学先端科学研究センターの檜山敦氏はバーチャルリアリティ(VR)、IoTなどの情報メディア技術を駆使し、サイバースペースと個人・社会を融合させ、超高齢社会の問題に新たな光を当てる。

 東京都目黒区駒場の東京大学駒場リサーチキャンパス内にある研究室、通称「リビングラボ駒場」にお邪魔した。パソコンや工作機器が並ぶデスクの向こうに、土足厳禁の小上がりスペースがあり、その脇には一般家庭にあるような炊事場も完備されている。

 「研究の内容を生活空間の中に落とし込むさいに、こうしたリビングスペースっぽい場所を利用して検証することができます。ここはそうした目的のための空間でもあります」

 東京大学先端科学技術研究センター講師の、檜山敦博士(工学)は教えてくれた。

東京大学先端科学研究センター講師の檜山敦氏(写真:末並 俊司)

 小上がりスペースには掘りごたつ式の広いテーブルもあり、ここで学生たちのプレゼンを聞くこともあれば、ざっくばらんな議論の場として使うこともあるという。檜山氏はここで超高齢社会の問題解決に向けた研究を行っている。

 「Gerontology(老年学分野)研究にバーチャルリアリティや、AI、ロボットなどの技術を活用して、問題解決の手がかりを探るのが私の研究分野です」(檜山氏)

 ひとくちに超高齢化の問題といっても、切り口は様々だ。檜山氏はSocial(社会)Personal(個人)、Mental(心理面)、Physical(身体面)の四つの要素を整理し、支援の方向性をマトリクスに表わして概念化している。

(図:東大 稲見・檜山研究室の説明を基に著者が作成)

 Socialの軸とMentalの軸が囲う領域は例えば「社会参加の支援」。MentalとPersonalが囲う領域は「生きがいの創出」。こうして整理した領域のそれぞれについて最先端のテクノロジーを駆使した研究を行っている。

それぞれの領域に具体的な研究内容を当てはめてみると…

 下の図はそれぞれの領域に当てはまる具体的な研究の内容が示されたものだ。

(図:東大 稲見・檜山研究室の説明を基に著者が作成)

 「こうした研究に10年以上取り組んできました。行動支援の部分だと、テレプレゼンスロボット。例えばタブレット端末の使い方等の講習会を遠隔地同士で行う場合、Skypeを使って、パソコンやタブレットを見ながら行ってきました。ただ、これにはやはり限界があります」(檜山氏)

 講師がカメラに向かってしゃべる。離れた場所にいる受講生が、画面に映る講師の言葉を聞く。遠隔講義といえばたぶん今でもこれがスタンダードな方法だろう。

 「ただ、これでは臨場感が伝わりにくく、講師との心理的な距離も遠い。ところがテレプレゼンスロボットを導入すると風景ががらりと変わります」(檜山氏)

 テレプレゼンスロボットとは、ごく簡単に説明すると、講師の顔を映し出す卓上型ディスプレイを講師の顔の動きに同期させて向きを変えるシステムだ。例えば仙台にいる講師が、右を向けば、西宮にあるテレプレゼンスロボットも右を向くし、左を向けば左を向く。講師がうなずけばディスプレイもうなずく。

 「おかげで講師と受講生の心理的な距離が縮まり、コミュニケーションの頻度が増えて講義終了後には講師の顔が映し出されたテレプレゼンスロボットとツーショットで記念撮影する受講生まで現れたほどでした」(檜山氏)

テレプレゼンスロボットと記念撮影する受講生(出所:東大 稲見・檜山研究室)

 つまり、受講生は目の前にあるテレプレゼンスロボットを単なるロボットではなく、そこにいるひとりの人間として意識するまでになったということだ。

 超高齢社会の問題のひとつとして、リハビリ指導員や理学療法士、作業療法士などの偏在が言われている。こうした人材も大都市には多く存在するのだが、地方で確保するのは難しい場合もある。テレプレゼンスロボットの技術があれば、人材の偏在問題を解決するための大きな布石になるだろう。

最先端のジョブマッチング

 現在檜山氏が最も力を入れているのがジョブマッチングの研究だ。

 「1960年代までの日本人の一生は、就労期の後、引退してから亡くなるまでの時間が相対的に短かった。リタイヤしてから介護が必要になるまでの健康な時期も短かったということです。平均寿命が伸びることで、今ではリタイヤ後の健康な時間が数十年長くなりました」(檜山氏)

 つまり、元気なシニアが増えたということだ。檜山氏はここに焦点を当てる。

 「『地域の元気高齢者を集める』という言葉の英訳『Gathering Brisk Elderly in the Region』の頭文字を取って『GBER(ジーバー)』とよぶシステムを構築しています」(檜山氏)

 2055年には1人の若者が1人の高齢者を支えなければならなくなる時代がくると言われている。現在の仕組みのままそうした社会を維持することができるだろうか。

 「65歳以上の8から9割の人は自立した生活ができる元気高齢者であることが分かっています。そうした人たちが活躍できる環境を情報通信技術で展開することができれば、社会をもういちど見つめ直すことができると思っています。高齢者に対する技術的なサポートといえば、ケアばかりにフォーカスしがちで、新しい人生の時間に対する取り組みがほとんどなされていないと言っていい。そこで研究を続けていくなかで生まれたのが、GBERなのです」(檜山氏)

 カテゴリーの領域として「ジョブマッチング」という言葉を使ってはいるが、マッチングするのは「仕事」ばかりではない。ボランティア、生涯学習など広い意味での社会参加活動を射程に置く。そうした社会参加をしたいと考えている「元気なシニア」をマッチングするプラットフォームがGBERなのだ。

 「高齢期になってくると心身のコンディションも個人差が大きくなります。だからそれぞれの状態にあった形での社会参加の促進を特に意識しています」(檜山氏)

 スマートフォンやタブレットのブラウザーからアプリにアクセスする。カレンダーを開いて、自分の時間の都合がつく日付をタッチするだけで、エントリー可能だ。午前、午後、一日中など、細かな情報を発信できると同時に、自身の生活圏内でどのような地域活動が募集されているのかを把握できる仕組みになっている。

GBERのスマホの画面(出所:東大 稲見・檜山研究室)

参加しやすさへの工夫

 「ただ、インターネット上に自分の情報を公開することに慣れていないシニアが多いのも事実です。インターネットで必要な情報にたどり着く、ということには慣れているのですが、SNSに自身のプロフィールなどの情報を公開するのには抵抗がある。そこで『Q&Aカード』という機能を盛り込み、『◯◯に興味があるか』などの質問にYES、NOで答えられるようにして、情報発信のハードルを下げる工夫もしています」(檜山氏)

 最初に導入したのは千葉県柏市にあるセカンドファクトリーという一般社団法人だった。

 「およそ100人ほどの団体です。参加している方々にGBERを使っていただいています。アクティブユーザはそのうちの30人強なのですが、2016年からの3年間で、延べ参加人数は2700人を超えています」(檜山氏)

 檜山氏は特に男性はこうしたテクノロジーを使ってほしいという。

 「東京のベッドタウンでもある柏市では、退職を控えた多くの男性は仕事をしている昼間は東京の職場にいて、自宅には戻ってくるのは夜になってしまう。土日も疲れをとるために休む必要があると、帰属する地域コミュニティを持たないまま過ごしてしまうことが多くなりがちです。反対に、大部分の時間を地域で過ごしてきた女性は、ママ友など地域にコミュニティを作るのが得意です。引退後のQOL(Quality of Life)にはこれが重要な意味を持ちます」(檜山氏)

 中高年の引きこもりが問題になっている。今年3月、内閣府は全国に61万人の中高年引きこもりがいると発表した。その4分の3が男性なのである。地元コミュニティとの距離がこの男女差に現れているのかもしれない。

 また災害などが起こった場合にもご近所コミュニティは大きな力を発揮する。

 6400人以上の死者・行方不明者を出した1995年の阪神・淡路大震災では、地震によって倒壊した建物から救出され生き延びることができた人の約8割が、家族や近所の住民等によって救出された。災害弱者となりやすい高齢者こそ、GBERのようなテクノロジーを使って地域との結びつきを強めておく必要があるのもしれない。

 後編では、VRを使った生きがい創出の現場をリポートする。

(タイトル部のImage:末並 俊司)