介護現場にもエンタメを

 四肢に麻痺のある星野さん(70代)は電動車椅子の愛用者だ。この日も愛車を操って、ぐるりと一周し、360度の景色を楽しんでいた。

 「こういうのがあると本当に楽しいし、実際に行ってみたい。とか、行くために頑張ろうって気になれるからとても感謝しています」(星野さん)

電動車椅子を操る星野さん

 星野さんは電動車椅子利用者としての生活を次のように語る。

 「電動車椅子って便利なんだけど、遠出する時はいろいろと注意が必要です。一応背中のポケットに予備の電池を常備しているから、数時間の外出なら大丈夫。でも、途中で電池切れになったりしたら、誰かにお願いして電池を交換してもらうんです。ひとりで海外にでも行ってみたいと思うけど、英語で電池交換のお願いとか難しかったりするから、バーチャル旅行で体験できるのはとても助かるわね」

 手に若干の拘縮がある方も、ゴーグルの向こうに広がる景色を指差すために腕を上げる。そうした光景がそこかしこで見られた。

 「福祉の現場って基本的に介護保険ですべてを賄っていこうとします。なので、三大介助と言われる『食事』『排泄』『入浴』がメインになって、介護保険でカバーしきれないエンターテイメント的なものはおろそかになりがちです。ただ、長い人生を考えたときに、エンタメを抜きにはできない。そうした部分で力になっていきたいと考えています」(登嶋氏)

 登嶋氏が所属する稲見・檜山研究室の檜山敦氏は次のように語る。

 「VRで思い出の空間を追体験するという考えがとても面白い。昔のことを思い出してもらって活性化につなげるいわゆる『回想法』的な治療効果もあると思われます。またVRは『体験』なので、身体を動かすことが前提になってきます。例えば一般的な回想法の椅子に座ったままのものが多けど、VRを使えば必然的に身体を動かすことにつながる効果が得られます。こうした体験のどの部分がどういった効果をもたらすのか、それを目に見える形で定量化していく研究を今後やっていかなければならないと考えています」(檜山氏)

 登嶋氏と檜山氏は、VR動画製作を介したアクティブシニアの社会参加も視野に入れているという。

 「ヒヤリングして、撮影に行って、編集して、お見せする。全ての工程をひとりでやっているとなかなか大変です。そこで、撮影の部分に関してはアクティブシニアの方々にお願いできないかと考えたのです。そうした目線でワークショップを開催したところかなり好評でした」(登嶋氏)

 ワークショップには60~90代のアクティブシニアが参加している。自身の旅行や外出のついでに動画を撮るといった試みも始まっているのだ。

 2055年には1人の若者が1人の高齢者を背負う時代になるとする調査もある。しかし、背負う側に回れるシニアは少なくない。そうした方々の力を借りながら、VR旅行の取り組みは、今後も進化をするに違いない。

(タイトル部のImage:末並 俊司)