前編に続き、東大先端技術研究センター 稲見・檜山研究室の超高齢社会における先端技術の活用について見ていく。後編ではバーチャルリアリティの技術を使った生きがい創出の実際の現場にお邪魔した。稲見・檜山研究室に所属する学術支援専門職員の登嶋健太氏に案内役としてご登場いただく。

 高校を卒業後、整骨院で施術にあたる柔道整復師として活動していた登嶋氏は、「ある時期から整骨院に通ってくるお年寄りたちの話に興味を持つようになったのです」と語る。

 「若い体育会の学生などもくるのですが、毎日のように通っていらっしゃるお年寄りたちのことのほうが気になり始めた。5年ほど前から、◯◯さんは転んで入院しちゃったよとか、寝たきりになって介護施設に入ったよとか。そういう話を聞かされると他人事ではないような気分になってきたのです」(登嶋氏)

東京大学先端科学研究センター学術支援専門職員の登嶋健太氏(写真:末並 俊司、以下同)

 そうしたこともあり、登嶋氏は介護施設の機能訓練指導員として活動するようになったという。もともとITなどの分野に興味のあった登嶋氏は、2016年ころから、バーチャルリアリティ(VR)を使った心のリハビリの可能性を探るようになった。

 「2016年はVR元年と言われたりしました。数万円の資金があれば、360度カメラで撮ってきた映像をスマホや簡単なVRゴーグルで提供できるようになってきたのです。そうした背景もあり、まずは自分ひとりで撮ってきた映像をお年寄りの方々に見ていただく、という活動を独自に始めたのです」(登嶋氏)

 当時登嶋氏が勤めていたのは介護予防に特化したデイサービスの事業所だった。比較的元気なお年寄りが集まるデイサービスではあったが、身体機能を向上させるのは容易なことではない。

 「介護サービスを提供する場合、最初にケアプランを作ります。例えば『杖をついてでもひとりで外出できるようになりたい』とか『ゆくゆくは旅行に行けるようになりたい』とか、そうした要望を聞いてプランを作ります。はじめは『◯◯できるようになりたい』というキラキラした想いがあるのですが、毎日リハビリをやってくなかで、このモチベーションを維持していただくのはすごく難しい」(登嶋氏)

思い出の場所を写真でめぐる

 少しでもやる気を維持してもらおうと、登嶋氏は2014年ころから、「思い出の場所写真」の活動を始めた。デイサービスの利用者にヒヤリングをして、その人の「思い出の場所」の写真を取りに行くのだ。写真を見せて「懐かしい気持ち」になっていただき、モチベーションをアップするという試みだ。

 こうした地道なボランティア活動を続けると同時に、実は写真の限界も感じていたという。

 「『あー懐かしい』と感じていただき、『また行ってみたいな』との気持ちを引っ張り出す一定の効果はあるのですが、例えば『このお地蔵さんのお向かいに駄菓子屋さんがあったでしょ』なんて言われると、写真ではお手上げなんです。仕方ないからまたその場所を撮りに行く、という繰り返し(笑)」(登嶋氏)

 360度カメラであれが「全てを見たい」という利用者の気持ちに答えられる。そう考えた登嶋氏は2016年ころから、自腹で機材を用意し、お年寄りたちに「VR旅行」の醍醐味を味わってもらうようになった。

 「VR映像ですからゴーグルを付けると、前後左右上下、自分の向いた方向の景色を見ることができます。普段車椅子で生活している方でも、振り返るために思わず立ち上がるなど、その方の眠っていた能力を引き出す力は絶大です」(登嶋氏)

 そして2016年、東京大学、先端科学技術研究センター講師の檜山敦氏が主催する「日本バーチャルリアリティ学会」のセッションに参加したことで、大学における研究とのつながりができ、現在は学術支援専門職員として活動しているのだ。

VR旅行の実際

VR旅行に集まった方々

 7月某日。東京都千代田区の福祉センターで定期的に行われているVR旅行の現場にお邪魔した。

 この日の参加は6人ほど。定刻の10時30分。ラジオ体操から始まり、その後は編み物やパソコン作業など、思い思いの活動をする。

 その間、登嶋氏は部屋の隅でVR旅行の準備に大わらわだ。大きなスーツケースいっぱいに詰まったVRのゴーグルをテーブルに並べ、撮影してきた場所が分かるように、卓上のプロジェクターで画像をセットする。

 この日VR旅行をするのは「ハワイのオワフ島」だ。どのゴーグルにどの映像が映し出されるのか、ナンバリングしたゴーグルを、映し出される場所がわかるようにテーブルの上に並べて準備完了。

 「それでは皆さん、本日もよろしくお願いいたします」と挨拶した後「今日は、ハワイのオワフ島にお招きいたします」。VR旅行のスタートだ。

 千代田区福祉センターで行われるのはこれが初めてではない。参加してくれている方々も、慣れたもの、

 「1のゴーグルではなにが見られるの」

 「お、これはダイヤモンドヘッドだね。若い頃行ったよ」

 など取り組みに対して積極的だ。

 ただ、うまくいくときばかりではないと登嶋氏は言う。

 「中にはこういう大げさなゴーグルを被ることを嫌う方もいらっしゃいます。そうした場合は、ダンボール製の組み立てタイプのゴーグルを使い、ご自分で組み立てるところから初めて、最終的にこれを目にあてて見ていただく、といった流れを作ったりもします」(登嶋氏)

介護現場にもエンタメを

 四肢に麻痺のある星野さん(70代)は電動車椅子の愛用者だ。この日も愛車を操って、ぐるりと一周し、360度の景色を楽しんでいた。

 「こういうのがあると本当に楽しいし、実際に行ってみたい。とか、行くために頑張ろうって気になれるからとても感謝しています」(星野さん)

電動車椅子を操る星野さん

 星野さんは電動車椅子利用者としての生活を次のように語る。

 「電動車椅子って便利なんだけど、遠出する時はいろいろと注意が必要です。一応背中のポケットに予備の電池を常備しているから、数時間の外出なら大丈夫。でも、途中で電池切れになったりしたら、誰かにお願いして電池を交換してもらうんです。ひとりで海外にでも行ってみたいと思うけど、英語で電池交換のお願いとか難しかったりするから、バーチャル旅行で体験できるのはとても助かるわね」

 手に若干の拘縮がある方も、ゴーグルの向こうに広がる景色を指差すために腕を上げる。そうした光景がそこかしこで見られた。

 「福祉の現場って基本的に介護保険ですべてを賄っていこうとします。なので、三大介助と言われる『食事』『排泄』『入浴』がメインになって、介護保険でカバーしきれないエンターテイメント的なものはおろそかになりがちです。ただ、長い人生を考えたときに、エンタメを抜きにはできない。そうした部分で力になっていきたいと考えています」(登嶋氏)

 登嶋氏が所属する稲見・檜山研究室の檜山敦氏は次のように語る。

 「VRで思い出の空間を追体験するという考えがとても面白い。昔のことを思い出してもらって活性化につなげるいわゆる『回想法』的な治療効果もあると思われます。またVRは『体験』なので、身体を動かすことが前提になってきます。例えば一般的な回想法の椅子に座ったままのものが多けど、VRを使えば必然的に身体を動かすことにつながる効果が得られます。こうした体験のどの部分がどういった効果をもたらすのか、それを目に見える形で定量化していく研究を今後やっていかなければならないと考えています」(檜山氏)

 登嶋氏と檜山氏は、VR動画製作を介したアクティブシニアの社会参加も視野に入れているという。

 「ヒヤリングして、撮影に行って、編集して、お見せする。全ての工程をひとりでやっているとなかなか大変です。そこで、撮影の部分に関してはアクティブシニアの方々にお願いできないかと考えたのです。そうした目線でワークショップを開催したところかなり好評でした」(登嶋氏)

 ワークショップには60~90代のアクティブシニアが参加している。自身の旅行や外出のついでに動画を撮るといった試みも始まっているのだ。

 2055年には1人の若者が1人の高齢者を背負う時代になるとする調査もある。しかし、背負う側に回れるシニアは少なくない。そうした方々の力を借りながら、VR旅行の取り組みは、今後も進化をするに違いない。

(タイトル部のImage:末並 俊司)