従業員の健康管理を経営的視点から捉える「健康経営」に取り組む企業が増え、その推進に向けたツールも続々と登場してきている。

 アポロン(愛知県稲沢市)が提供する「ウェアラブルセンサーBIT(Bio Information Tracer:生体情報追跡装置)による生体内面健診システム」もその1つ。メモリ型のBITと電極シートを胸部に貼り付け、計測したバイタルデータを解析アプリケーションのBITAS(BIT Analysis Software)で解析する。

 BITに搭載されている生体センサーは、心電計、温度計(赤外線温度センサー)、3軸加速度計の3つ。心電計からは自律神経の状態や呼吸数、心拍数、脈拍などを測定。温度計からは皮膚温度。そして胸骨の動きを物理的に測定する3軸加速度計からは、移動速度や距離、姿勢、位置、運動量、エネルギー消費量などの情報を得ることができる。

新しいウェアラブルセンサー「BIT」と、BITで計測した各種バイタルデータ。BITは5cm角で厚さ1.5cm、重さは37g。電極シートを胸部に貼り付け、バイタルデータを計測する。モニタに映し出されているのは、その解析結果の一部。BIT1台で、心臓の拍動の間隔(R-R間隔)や交感神経活動、副交感神経活動、平均心拍数、呼吸数、消費エネルギー、皮膚温度、姿勢、睡眠時無呼吸などが分かる(写真:新関 雅士)

 本体は5cm角で厚さ1.5cm、重さは37gと小型・軽量、防水で、電力消費量はごくわずか。24時間装着したまま入浴や睡眠も可能で、身に着けている感覚を忘れていられる。記録したデータはUSBでパソコンに取り込み、診断結果をアウトプットする。

 心拍数や活動量を計測できるウエアラブル端末は従来からあった。では、このシステムならではの特徴は何なのか。

 「最大の特徴は、自律神経のバランスやストレス度、睡眠の質といった『心や眠りの健康状態』の変化をトレースできることだ」。アポロンと連携して健診システムの開発にあたった医師の島田祥士氏(細谷たかさきクリニック院長)は、そう説明する。

健診システムの開発にあたった医師の島田氏。「BIT」は、各個人の過去のイベントを忠実に記録できることから、健康経営推進をサポートする有効なツールと説明する。(写真:新関 雅士)

自律神経の“元気さ”とストレス度を診断

 よく知られているように、自律神経は交感神経と副交感神経からなる。起きて活動している間は脳血流を上げるために交感神経が優位になり、眠っている間は体の隅々まで血流をよくするために副交感神経が優位になる。

 自律神経の状態は、心拍数の変動の程度(CVR-R)で評価する。心臓の拍動を調節しているのが自律神経だからだ。

 心臓が拍動するとき、心電図は最も高い山を示し、この点を「R」と呼ぶ。1回の拍動から次の拍動までの間が「R-R間隔」だ。R-R間隔は長くなったり短くなったり、常に変動しているのが正常な状態。逆に自律神経に障害があると、R-R間隔のばらつきは少なくなる。CVR-Rは、その変動係数だ。

 「CVR-Rの値が高いほど自律神経の活動が活発、つまり自律神経が元気であることを示す」と島田氏。糖尿病の場合、自律神経の機能が低下するため、R-R間隔のばらつきが少なく、CVR-Rも低くなるという。

 CVR-Rが自律神経の“元気さ”を表すのに対し、心拍変動の時系列データから抽出した交感神経と副交感神経のバランスを表すのが「ストレス指標(LF/HF比)」だ。健診システムでは、この2つを用いて、心の状態をチェックする。

 下のグラフは、診断結果の一例だ。横軸がCVR-R、縦軸がLF/HF比となっている。自律神経活動が0.04〜0.10と元気なとき(赤で表示)は、周囲に対してアクティブに反応するのに脳血流を上げる必要があるため、ストレス値が大きくてもかまわない。一方で、自律神経活動が0.01〜0.04と元気でないとき(オレンジで表示)にストレス値が高いのは問題で、「うつ状態かもしれない」と島田氏は分析する。

自律神経活動の元気さとストレスの大きさの分布
自律神経の活動は周波数帯0.04以上であるのが“元気”な状態。それ以下の“元気でない”状態のときにストレス値が高いのはよくない(図:細谷クリニックのデータを基にBeyond Healthが作成)

睡眠の質や睡眠時無呼吸の有無をチェック

 眠っている間にもデータを取得し、睡眠に関する状態を把握できることもBITの大きな特徴だ。同システムでは3軸加速度計により体の姿勢が横になった時点や、エネルギー消費がほぼゼロになるなどの兆候から入眠時刻を正確に特定し、睡眠時間を的確に割り出す。その間の自律神経のバランスや呼吸回数をチェックする。

 交感神経と副交感神経は車に例えれば、アクセルとブレーキの役割を果たしている。正常な状態なら、眠っている間はブレーキをかけ体と心を休める。日中に蓄積したストレスも睡眠によって減少する。つまり、副交感神経の活動が高まり、交感神経の活動が弱まるのが「質の良い睡眠」だ。

 ところが、自律神経のバランスが崩れると、ブレーキとアクセルが同時に踏み込まれ、睡眠中にも交感神経の活動が残留してしまう。「マニュアル車なら、エンスト状態だ」と島田氏は指摘する。

睡眠解析の結果の例
左の「良い睡眠」グラフでは交感神経活動の指標が高いときは副交感神経活動の指標は低いものの、副交感神経活動の値が高くなる(右に寄る)につれて交感神経活動が低くなる。これに対し右の「悪い睡眠」グラフでは、交感神経活動が高いままで、副交感神経は低いままになっている(図:細谷クリニックの資料を基にBeyond Healthが作成)

 睡眠の質の良し悪しのほか、「睡眠時無呼吸」の有無も見える化できる。起きた姿勢で呼吸をすると横隔膜が下がるが、この動きは仰向けに寝た状態では前後の動きとしてBITに認識される。座標で表せばY軸方向の動きだ。つまり、Y軸の動きがゼロのときは呼吸をしていないことになる。

 また、睡眠中に無呼吸が生じると、血液中の酸素濃度が下がる。すると、「酸素が足りない」と脳へ指令が行き、交感神経が働いて横隔膜を動かし、呼吸を促す。同時に脈拍も上がる。したがって、Y軸の動きと交感神経の活動状況を見れば、無呼吸になっている瞬間が特定できる。

 島田氏は「これまで睡眠時無呼吸症候群の診断には、入院して睡眠中の呼吸の様子を医療従事者(検査技師等)が目視で確認するとともに専用のデバイスで記録し、脳波を測定して判断する必要があった。BITならば、自宅でいつもどおりに生活しながら、より正確な判定ができる」と説明する。

“未病”のうちに気づき、適切な介入をするためのツールに

 健康経営では、労働生産性に関わる損失として、たびたび病欠をするなどの「アブセンティーズム」や健康問題によって業務効率の下がった状態で勤務する「プレゼンティーズム」を重視する。特に最近では、後者のほうが前者よりも業績に影響を与える割合が大きいとの指摘もある。

 また、SDGs(持続可能な開発目標)では「すべての人に健康と福祉を」を目標の1つに掲げており、その取り組みの一環として社員の健康に配慮する企業も増えている。

 島田氏は「やりたくないと思いながらタスクをこなしていると、自律神経が弱り、ストレス度は上がる。BITで社員一人ひとりの状態をトレースしてみて、『休憩をするとストレス度が下がる』といった傾向を把握できれば、産業医が仕事中に適度な休憩を挟むようアドバイスすることもできる」と話す。

 一方、運輸や物流関係の企業にとっては、ドライバーの睡眠時無呼吸症候群をはじめとする健康チェックを怠ることは、事故に直結するリスクとして認識されつつある。アポロンでは、名古屋市の大手タクシー会社や外国航路貨物船会社、茨城県のバス会社などで内部健診テストを導入するなど、実績を増やしている。同社の牧田進社長によれば「5年間実施するとして、社員1人あたり月額1500円のコストで導入できる」という。

 記録したBITのバイタルデータを分析し、社員の“未病”状態を把握すれば、企業側の適切な介入が可能になる。健康経営のための具体策として有効なツールになりそうだ。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)