妊娠・出産・育児に対する社会の変化は肌身で感じるものの、依然として誤解や偏見も色濃く残る。長引くコロナ禍は人々を孤立させ、産後うつは増加傾向にあるという。妊産婦ケアサービスをオンラインで提供する「じょさんしONLINE」を運営するじょさんしGLOBAL Inc.代表取締役 杉浦加菜子氏に話を聞いた。

じょさんしGLOBAL Inc. 代表取締役の杉浦加菜子氏(写真提供:じょさんしGLOBAL Inc.、以下同)
じょさんしGLOBAL Inc. 代表取締役の杉浦加菜子氏(写真提供:じょさんしGLOBAL Inc.、以下同)
[画像のクリックで拡大表示]

“産後うつ”から見えてくるもの

 新規事業領域として注目を集めるフェムテック。世界の市場規模は1兆円とも5兆円とも言われているが、こうした大きなうねりと社会の実情、人々の意識に乖離は起きていないだろうか。例えば、妊婦は出産に対して多かれ少なかれ不安を抱くもので、産後うつに陥るケースも珍しくない。しかし、「妊婦は幸せな人」「女性には母性がある」といった固定観念や「産んだ以上は甘えるな」といった厳しい意見を持つ人もいる。

 これは女性だけの問題ではない。国立成育医療研究センターの研究によれば、産後 1 年間に「メンタルヘルスの不調のリスクあり」と判定される父親の割合は11.0%と、母親の10.8%とほぼ同程度に達する(図1)。助産師として多数の妊産婦ケアにあたってきた杉浦氏は「男性にも女性と違ったプレッシャーがある」と指摘する。

図1●生後 1 歳未満の子どもを育てる夫婦における、中程度以上のメンタルヘルスの不調のリスクありと判定された父・母・世帯の割合(出所)国立成育医療研究センター
図1●生後 1 歳未満の子どもを育てる夫婦における、中程度以上のメンタルヘルスの不調のリスクありと判定された父・母・世帯の割合(出所)国立成育医療研究センター
[画像のクリックで拡大表示]

 「管理職世代は子育てに参画しなかった男性が多いので、会社に育休制度があっても『男性なのに必要?』『奥さんの尻に敷かれている』などと言う人がいるようです。また、女性管理職が『私は夫の手を借りずに頑張った』『いまの若い子は甘い』と言ったり、祖父母が『子育ては女性の仕事』という価値観だったりすることも。本当は夫婦で子育てをしたいのに育休が取れない、周囲の理解を得られない、心無い言葉を向けられるといったストレスが、産後うつにつながるのかもしれません。問題の解決には社会全体が意識を変えていく必要があると思います」

助けが必要な人と助けたい人をつなぐ

 じょさんしGLOBAL Inc.が運営する「じょさんしONLINE」は、妊娠・出産・育児に関する課題解決のため、様々なサービスを提供している。起業の原点は杉浦氏自身がパートナーのオランダ転勤を機に、海外での出産・育児の大変さを実感したことにあった。

 「友人も家族もいないし、予防接種の案内などの公的文書は基本オランダ語。2013年当時はスマホの翻訳アプリもなくて読むのにも一苦労でした。私は助産師なので妊娠・出産の知識は一般の方より持っていますが、それでもオランダでは自宅出産が多いなど、日本と事情が違うので不安でいっぱい。気軽に相談できる相手がいたらと思っていました」

 2016年に帰国した杉浦氏は子育てに奮闘しつつ、「誰かの助けになれば」と妊娠や出産、子育てに関するブログを立ち上げた。最初は軽い気持ちだったが、海外在住の知人の相談などを受けるうちに、居住地によって妊産婦のリスクに違いがある可能性に気づき、現状を知るためにアンケートを実施する。助産師仲間の協力もあって、最終的に312件の回答を得た。その結果、海外にいる場合の産後うつは日本国内と比べてリスクが約5倍と大きな差があり、国内外を対象にしたサービス開発のモチベーションになった。

 「後日、インターネットで産後うつの増加や妊産婦の死因第1位が自死という記事を目にしたときも、ショックというより当然かもしれないと思いました。実際、日本在住の妊産婦・ママさんからの相談も多いです。相談の内容は人それぞれで『授乳の仕方があっているのか分からない』『離乳食を食べてくれない・食べすぎている気がする』という育児に関する質問もあれば、『日本語に飢えているので話がしたい』『ママ友との付き合い方を相談したい』といったものもあります。特に最近はコロナ禍の影響でメンタルの相談が増えましたね」

 この1年半は行政が開催する両親学級などが相次いで中止となり、医療機関に通うのも制限されている。感染リスクは日常に潜み、気晴らしに出かけることも、友人と会食することもままならず、孤独を募らせる妊婦や子育て世帯が多いことは想像に難くない。

 「行政の両親学級も中止になるなかで、私たちには何ができるのか、正直、戸惑いました。それでも困っている方は大勢いるはずだから何かしようとFacebookで呼びかけたところ、その日だけで助産師や理学療法士など80人が集まったんです。最終的にメンバーは200人に達し、2020年4月4日から19日まで、オンラインで無料の両親学級を開催しました」

オンラインセミナーの様子。出産直後の乳児の特徴(写真上)や入浴時の抱き方のコツ(同下)などを、人形を使ってレクチャーしている
[画像のクリックで拡大表示]
オンラインセミナーの様子。出産直後の乳児の特徴(写真上)や入浴時の抱き方のコツ(同下)などを、人形を使ってレクチャーしている
[画像のクリックで拡大表示]
オンラインセミナーの様子。出産直後の乳児の特徴(写真上)や入浴時の抱き方のコツ(同下)などを、人形を使ってレクチャーしている

従業員一人ひとりのパフォーマンス向上のために

 現在、「じょさんしONLINE」が提供するサービスは大きく分けて3種類。1対1で対応する個人相談、様々なテーマを取り上げるオンライン講座、企業を対象にした法人向けサービスだ。

 個人相談は15分1100円からと手ごろな価格でスタートできる。また、オンライン講座は妊娠・出産・育児に関係するテーマを扱い、帝王切開講座や海外出産講座など、独自性の高いコンテンツも用意。実は、コロナ禍では感染対策のために計画出産が推奨され、通常以上に帝王切開の割合が高まっている。

 「帝王切開を“痛みのない楽なお産”と考える人がいますが、それは大きな誤りです。講座では基本情報と共に帝王切開を選択する理由について解説します。また、周囲に心無い言葉をかけられた場合の対処法などもお伝えしています」

 いま特に注力しているのが法人向けサービス。じょさんしONLINEでは妊娠・出産・育児に留まらず、妊活や出産後の復職なども含めて、様々なテーマのプログラムを提供している。対象は妊娠や子育ての当事者だけでなく、家族向けや管理職向けのプログラムがあるのもユニークなところだ。

 「理由は管理職を筆頭に、組織にいる皆さんが“知る”ことが大切だと思うから。従業員が自分と家族の健康を大切にしながら安心して働くことは、結果的に、それぞれのパフォーマンスの向上、離職防止、人材確保などにつながります。核家族化が進んだいま、出産も育児も女性だけの仕事ではありません。パートナーの協力と、職場の上司や同僚も含めた社会的な支援が必須なんです」

 昨今は女性の健康や妊娠、出産、育児、介護など、多様化する家族の在り方に配慮し、柔軟な働き方を選択できる制度を設ける企業が増えつつある。しかし、こういった新しい制度がお題目で終わるか、狙い通りに機能するかどうかは導入後のフォロー次第だ。制度だけつくっても、現場の意識が変わらなければ、冒頭に触れたような育児休暇を取得し辛い状況が起こり得る。本当の意味での健康経営を実践できるか、企業の姿勢が問われている。

「じょさんしONLINE」のホームページ(<a href="https://josanshi-cafe.com/" target="_blank">https://josanshi-cafe.com/</a>)
「じょさんしONLINE」のホームページ(https://josanshi-cafe.com/
[画像のクリックで拡大表示]

(タイトル部のImage:出所はじょさんしGLOBAL Inc.)