吟醸香のリラックス効果を統合生理学の手法で検証

 日本酒の香りを構成する成分のうち、酵母が発酵する際に作り出す果物や花のような香りを「吟醸香」(ぎんじょうか)と呼ぶ。その主要な成分が、清酒酵母の脂肪酸合成経路において生合成されるカプロン酸エチルと、アミノ酸生合成経路から分岐して生合成される酢酸イソアミルで、それぞれ「リンゴのような華やかな香り」「バナナのような芳醇な香り」と表現される。

 今回の研究では、それらがヒトの心身にどのような影響を与えるのかを有効性評価試験で検証した。検証に当たっては、筑波大学大学院グローバル教育院教授の矢田幸博氏の技術指導の下、統合生理学の手法を用いた。

 被験者は、30・40代の女性18人。サンプルとして、空気と濃度15%のエタノール、カプロン酸エチルまたは酢酸イソアミル8mg/Lを15%エタノールに添加した溶液を用意した(写真2)。被験者にサンプルを嗅いでもらい、嗜好性(香りの好き嫌い)と心理的効果、生理的効果の3つの観点から評価した。

写真2●評価に用いたサンプルのイメージ。8mg/Lのカプロン酸エチルと酢酸イソアミルを15%エタノールに添加したサンプルを被験者に嗅いでもらった(写真:松田千穂)

 まず嗜好性は、Visual Analogue Scale(VAS)による評点尺度法で調べた。カプロン酸エチルと酢酸イソアミルは「香りの好ましさ」「癒される香り」「優雅な香り」「リラックスする香り」の評価点がほぼ同じ値だったが、カプロン酸エチルの方が全体的に強い反応が示され、「華やかな香り」「フルーティな香り」「甘い香り」の3項目では、評価点が高いことが分かった。

 心理的効果については、香りを嗅ぐ前後での感情の変化を多面的感情尺度の計測で、気分の変化をVASで調べた。抑うつ・不安、敵意、感情の昂り、緊張感(集中)、ストレス、欲求(意欲)といった感情や心理状態が、カプロン酸エチルまたは酢酸イソアミルを嗅いだ後には有意に低下していた(図1)。

図1●吟醸香成分を嗅いだ前後の感情・心理状態の変化。カプロン酸エチルまたは酢酸イソアミルを嗅いだ後は、気分が安らぐことが分かった(出所:月桂冠)

 生理的効果は、瞳孔の対光反応と皮膚温度で測定した。このうち瞳孔対光反応は、光に反応して瞳孔が一過性に収縮する反応。眼球の筋肉は自律神経の活動に支配され、リラックス状態では副交感神経が優位になるため、縮瞳率が大きくなるという*1。皮膚温も自律神経活動に支配され、リラックス状態では抹消血管網が拡張。血流量が増えるのに伴い、皮膚温も上昇する。

*1 縮瞳率=〔光照射前の初期状態の瞳孔径(D1)-光照射後の最小瞳孔径(D2)〕/D1

 測定の結果、吟醸香成分を嗅ぐと、空気やエタノールだけを嗅いだときに比べて縮瞳率が高まり、副交感神経の活動が優位になっていることが分かった。また、サンプルのうち酢酸イソアミルを嗅ぐと、空気やエタノールを嗅いだときに比べて皮膚温が上昇(図2)。

 一方で、カプロン酸エチルを嗅いでも皮膚温の変化は認められなかった。これらの結果から、酢酸イソアミルには交感神経活動を抑えることで副交感神経活動を高める作用があり、カプロン酸エチルは直接的に副交感神経活動を亢進させている可能性があると推測される。

図2●酢酸イソアミルを嗅いだ後の皮膚温度の上昇。エタノールのみを嗅いだ後に比べて皮膚温度が上昇した。一方、カプロン酸エチルを嗅いだ後には同様な傾向は認められなかったことから、酢酸イソアミルには交感神経活動を抑える効果があるとみられる(出所:月桂冠)

 こうした結果から、吟醸香がヒトの心身に高い鎮静効果をもたらしていることが明らかになった。同研究所は、香りによって心身のリラックスを得られることが、香り高い日本酒が好まれる理由の1つだとみる。