治療が困難とされる統合失調症などの精神疾患が「ただひたすら対話をする」ことによって改善していく──。筑波大学医学医療系保健医療学域社会精神保健学教授で精神科医の斎藤環氏が「日本の精神医療のパラダイムシフトとなるケア手法」と評価するのが「オープンダイアローグ(開かれた対話)」だ。医療関係者や研究者などから強い関心が向けられているこのケア手法とはどんなものなのだろう。
「開かれた対話」というケア手法にWHOもお墨付き
「夫が浮気をしてよそに家庭をつくっている」という嫉妬妄想を抱き、夫に暴力や暴言をふるい、統合失調症(※)と診断されていたナミさん(仮名)。治療チームは「私はそういう経験をしたことがないからよく分かりません。もう少し説明していただけますか?」と詳しく聞いていく。「かつての医学心理教育では、統合失調症患者の異常体験を聞くと病状が悪化するから聞いてはならない、と指導されていました。禁じ手とされていたことをあえて行うことで、なぜか患者の症状が改善されていくという治療的介入手法が、オープンダイアローグ(Open Dialogue:OD)です。単に手法というばかりでなく、実践のためのシステムや思想を指す言葉でもあります」と筑波大学医学医療系保健医療学域社会精神保健学の斎藤環教授は説明する。
ODは、1980年代にフィンランドの西ラップランドにある精神病院、ケロプダス病院で開発され、統合失調症の他、うつ病、PTSDなどに取り入れられている。2021年5月には、WHO(世界保健機関)の地域精神保健サービスに関するガイダンス『人間中心の、権利に基づくアプローチの促進』において、ODは「グッドプラクティス」の1つとして紹介され、国際的にもお墨付きが与えられ、注目が集まる[1]。
※幻覚や妄想、まとまりのない思考や行動、意欲の欠如などの症状を示す精神疾患。罹患率は100人に1人。発症の原因は明らかになっていない。
Open Dialogueとは「開かれた対話」を意味する。この「対話」は、診察室で医師と患者が行う「会話」とは異なり、患者とその家族や友人、精神科医だけでなく臨床心理士や看護師といった関係者が1カ所に集まり、チームで繰り返し「対話」を重ねていくというものだ。斎藤教授は現地のケロプダス病院でその理念を学び、我が国の精神医療での普及を目指す「オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン(ODNJP)」の共同代表も務めている。
「ODを解説した翻訳書や専門書は、異例と言えるほど多くの人に読まれており、大学の研究者などのアカデミア、精神科医を含む多くの医療関係者が強い関心を向けてくれています。ODNJPでは専門家向けのトレーニングコースを設けていますが、毎年定員40名のところ、2倍を上回る応募があるのが現状です。日本での関心の高さは、世界の中でも例外的だという実感があります」と斎藤教授は言う。