ただ対話を続けることによって統合失調症などの精神疾患にめざましい効果をもたらし、国際的に注目されているケア手法「オープンダイアローグ(開かれた対話/Open Dialogue:OD)」。前編では、その特徴についてお伝えした。後編となる今回は、この手法による治験を国内で進めている筑波大学医学医療系保健医療学域社会精神保健学の斎藤環教授に、オープンダイアローグの統合失調症以外の精神疾患への適用や、社会での活用の可能性について聞く。

1対1のカウンセリングは「人工的で不自然な関係」

 国内での普及に努め、研究を行っている筑波大学医学医療系の斎藤環教授は、これまでオープンダイアローグ(OD)による治験を約20例行っている。実費診療にも関わらず予約希望者が殺到しているため、対話療法10セッションを含む1クール限定で行っているのが現状だ。「15年に及ぶ幻聴があったある患者では、ODと並行して減薬を進めましたが、発作的な幻聴はほぼ消失しました。従来行われてきた精神医療では説明できない現象だととらえています」(斎藤教授。以下コメントは全て同)。

斎藤 環氏
斎藤 環氏
筑波大学医学医療系保健医療学域社会精神保健学教授
1961年、岩手県生まれ。精神科医。筑波大学医学研究科博士課程修了。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」の治療・支援ならびに啓蒙活動。オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン共同代表。『オープンダイアローグとは何か』(著訳、医学書院)、『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(解説、医学書院)他著書多数
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 対面で顔を見て言葉を交わすODはコロナ禍においてどのように行われているのか。「対面でできないことは危機的状況と当初思っていました。しかし、リモートで行うスタイルが普及し、自分でもやってみましたところ、意外なほど有効なことが分かりました。OD発症の地、フィンランドの治療者も『リモートでいける』と言っています」

 ODが効果を示す理由はどこにあるのか。そこで、ODがこれまでの医療と大きく異なる点を見ていきたい。

●診断はせず、その人が持つ健康リソースを活用する

 「一般に、病気を診断する場合、医療者は異常な部分に注目します。余分なものがあればその病巣を除去し、欠けたものがあればそれを補う、これが治療です。一方、ODはケア手法です。診断はせず、するとしても重視しません。その人が持っている抵抗力や健康さ、人間関係といった健康のリソースを活用、増強し、回復に導くことを重視します」

●治療計画を立てない

 「通常の医療では、最初に治療計画を立てますが、ODではいわゆるPDCAサイクル(plan-do-check-act cycle)的な発想は一切しません。精神疾患ではたいていの場合、『こうしたらこうなるだろう』というふうにプラン通りにはいかないからです。治療においてプランを立てる人は、上手くいかないために悲観論者となっていく。悲観的な治療者は患者に抑圧的にふるまうなど、有害な存在となります。一方、ODではプランも立てず予測も立てずにただ対話を続けます。すると、対話の副産物としてひょっこり上手くいくことが起こってくるから、治療者も楽観的になってきます。治療においては楽観主義のほうが圧倒的に有利です」

●1対1で行わない

 診察もカウンセリングも通常は1対1だが、ODは必ず「n対n(複数対複数)」で行われる。「そもそも1対1というのは、人工的で不自然なスタイルだと考えています。1対1のカウンセリングは業界では当たり前のようになっていますが、全く当たり前ではなく、精神分析家のフロイトが提唱して以降、なぜか定着した作法の1つでしかないのです。それに、1対1で人を治すのには非常に高度な技術が必要とされるので、万人向けではありません」

 二者関係は同一化に向かう圧力が生じやすく、密室化し、共依存関係になりやすいという。「支援者と被支援者という上下関係になることによって身動きがとれなくなるというのは、精神分析という環境では当たり前に起こるとされてきました。しかし、私も経験がありますが、依存関係を恐れるあまりに医療者はポーカーフェイスになったり、過度に中立性にこだわるなど冷たい治療に陥ることがあります」。チームで行うことは、場の圧迫感や依存関係からの解放となる。治療者も患者も、自由にしゃべれるようになるという。

●誰でもできる

 「私自身がこの手法に引きつけられた大きな理由の1つは、認知行動療法や対人関係療法のような治療プログラムではなく、ある種、素朴な哲学があり、ガイドラインを読んだだけの初級者でも、できる人はできるという敷居の低さがあるところです」。ただし、そこには患者の安心、尊厳や自由を最大限尊重するという意識が必要だ。「治してやろう、という意識から逃れられない治療者には向かないでしょう」

ODの対話手法について斎藤教授が解説した</a>  <a href="https://www.amazon.co.jp/%E3%81%BE%E3%82%93%E3%81%8C-%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%81%9F%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B0-%E6%96%8E%E8%97%A4%E7%92%B0/dp/4260046772/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=2K7TQ4X3HAR97&dchild=1&keywords=%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%82%E3%82%8D%E3%83%BC%E3%81%90&qid=1633056089&s=books&sprefix=%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B0%2Caps%2C317&sr=1-1" target="_blank">『まんが  やってみたくなるオープンダイアローグ』</a>(医学書院)より。1対1のカウンセリングの限界や、クライアントや医療スタッフがチームになることで起こる「ポリフォニー」という効果が描かれている(出所)同書144~145ページ(医学書院)まんが/水谷 緑
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ODの対話手法について斎藤教授が解説した</a>  <a href="https://www.amazon.co.jp/%E3%81%BE%E3%82%93%E3%81%8C-%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%81%9F%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B0-%E6%96%8E%E8%97%A4%E7%92%B0/dp/4260046772/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=2K7TQ4X3HAR97&dchild=1&keywords=%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%82%E3%82%8D%E3%83%BC%E3%81%90&qid=1633056089&s=books&sprefix=%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B0%2Caps%2C317&sr=1-1" target="_blank">『まんが  やってみたくなるオープンダイアローグ』</a>(医学書院)より。1対1のカウンセリングの限界や、クライアントや医療スタッフがチームになることで起こる「ポリフォニー」という効果が描かれている(出所)同書144~145ページ(医学書院)まんが/水谷 緑
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ODの対話手法について斎藤教授が解説した 『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院)より。1対1のカウンセリングの限界や、クライアントや医療スタッフがチームになることで起こる「ポリフォニー」という効果が描かれている(出所)同書144~145ページ(医学書院)まんが/水谷 緑