OD的発想は家庭にも職場にも取り入れられる

 チームで行うというと、なんとなく「皆で語り合ったから分かりあえたということ?」と思ってしまう。「いいえ、皆でわいわい語る、というのはむしろハーモニー(合意や調和)を目指しているので、ODとは全く正反対のベクトルです」と斎藤教授は言う。

 ODでは、ハーモニーを目指さず、「ポリフォニー(多声性)」を大切にした対話をする。1つのお盆に、その場の一人ひとりの主観を乗せていくようなイメージだ。「ポリフォニーとは、異なった意見が対立せずに共存している状態のことを言います。自分と相手には決定的な違いがあるものの、どんな相手にも個別の尊厳が備わっている。他者の主体性は尊重すべきだし、自分の主体性も尊重されるべき、ということを対話によって共有していくのです」

 斎藤教授は、飲酒しながらODを行うことには反対だという。「複数名で酔うと、簡単にハーモニーが起こるからです。盛り上がって気持ちがいいかもしれませんが、その気持ちよさの裏側に、1%ほどの気持ち悪さを感じている人がいるかもしれません。実際のODでも、治療チームが1つの考えになることは避けるようにしています」

 ODのアプローチは、医療に限らず、身近な社会でも活用できそうだ。

 「コロナ禍において、家族が1つ屋根の下で過ごす時間が増えました。それによって親密さが深まる家族もあれば、こじれる家族もあります。長期的な自粛生活の中で、互いが一定の距離感を確保するためにも、互いの主体性を尊重しあうODの対話手法は役立つと思います」

 目標を設定しない、議論はしないといったODは、職場環境では合わないのか、それとも人間関係の風通しをよくするものになるのだろうか。

 「対話で全て解決できるとは考えていません。ほとんどの人が、いついつまでに結論を出さなくてはならないような課題やテーマを抱えていると思います。ディスカッションしないと前に進まないこともあるでしょう。とはいえ、ODには少数派の意見も尊重するという大切な発想があります。ディスカッションの手前で対話を十分に行うというのは、やってみる価値があるでしょう。隣の人と一度徹底して主観を交換し合い、理解を深めておくと、ディスカッションの内容も変わってくるのでは」と斎藤さん。

 打ち合わせの前に、「今日は議論の前に対話をやってみましょう」と試みるのもいいかもしれない。

 一方で教育の現場では、指導者と生徒という上下のヒエラルキーがあるため「フラットな関係性をつくりにくいのが難点。対話モードと指導モードをしっかり使い分けるという試みなら可能性はあるかもしれません」。

 また、精神障害のある人が訴訟に関わるケースが多いため、司法の現場でもODを取り入れると対話がスムーズになるのでは、と斎藤教授は考えている。

 「相手に正論を押しつけようとしない」「他者を自分と安易に同一化して捉えない」といったODの思想は、日常のコミュニケーションでも心に留めておきたい。オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパンのサイトでは、ODの手法を分かりやすく解説するガイドラインが無料公開されている[1]

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)