世界的な人口増加を前に培養肉が注目されている。実用化に向けた最大の課題が価格だ。インテグリカルチャーでは生体の機構に倣うことで培養コストの大幅削減を目指す。事業化に向けて研究開発を進める代表取締役 CEOの羽生雄毅氏に話を聞いた。

羽生雄毅氏 インテグリカルチャー  代表取締役 CEO
羽生雄毅氏 インテグリカルチャー 代表取締役 CEO
2010年、University of Oxford Ph.D (化学)取得。東北大学 PD研究員、東芝研究開発センターシステム技術ラボラトリーを経て、2015年10月にインテグリカルチャーを共同創業(写真:武藤 奈緒美)
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 大きな塊の培養肉が気泡の上がる液体の中にたゆたう様子を眺めながら、親子で『今夜は銘柄牛の培養肉にしようか、豚と鶏のハイブリッド培養肉がいいか』と話し合う──。SF映画に出てきそうな場面だが、インテグリカルチャーCEOの羽生氏は「SFにはいつか人間にとって必要になることが描かれている」と実現に向けた意欲を語る。

 「培養肉は食肉の細胞を培養してつくります。アイデアは1930年代からありましたが、1980年代に分子生物学が発展して詳細な成分が問われるようになると、不確実要素が多い食肉由来の培養肉はコストが合わず、研究自体が進まなくなったようです。2013年にオランダの研究者が200gの培養肉パテをつくりましたが、その費用はなんと約3000万円でした」

 3000万円のほとんどが培養液に由来する。培養液には糖分やアミノ酸の他に、細胞の分裂や成長を促すホルモンが必要だ。ホルモンはごく微量で良いのだが、例えば線維芽細胞成長因子のFGF-2は1 g当たり数億円、トランスフォーミング増殖因子TGF-βは1 g当たり80億円超と極めて高額で、ほんのわずかでもコストに大きく響く。この課題を解決することが培養肉の実用化のカギというわけだ。

自らホルモンを産生する生体の仕組みを模倣

 インテグリカルチャーでは試薬として販売されているホルモンを使用せずに細胞を培養する手法を研究する。

 「食品表示で『チキンエキス』『大豆由来』といった表記を見かけますよね。医療・医薬分野であれば、厳密に品質管理された高純度の試薬が求められますが、食品の場合はエキスのような自然な混合物が使用可能です。そもそも牛でも鶏でも魚でも、生物は体内で生理活性物質を産生して細胞を増やしているわけで、これと似た機構を人工的に再現できれば、高価な試薬がなくても培養肉ができるわけです」

 この発想から生まれたのが培養装置「CulNet System」だ。同システムは細胞を培養するためのプロダクト・バイオリアクターと、培養に必要な因子を供給するフィーダー・バイオリアクターで構成される。フィーダーには血清成分やホルモンなどの成分を産生する臓器の細胞を入れておく。どの臓器の細胞を使用するかは目的とするプロダクト次第だ。全てのバイオリアクターはチューブでつながれ、臓器由来成分が入った培養液が巡ることで、プロダクトの細胞が増える仕組みだ。

 「CulNet Systemは生体模倣なので、培養液中の成分は概ね分かっています。遺伝子に書かれていない危険物などが産生されることはないと考えていますし、閉鎖系なので異物混入のリスクも極めて低いです。ただ、内部で起きていることは代謝なので、様々な老廃物は排出されます。その影響については研究を重ねているところです」

 実は、培養肉よりも先に製品化の可能性があるのがスキンケア化粧品原料「CELLAMENT®(セラメント)」だ。培養過程で生じる細胞培養上清液に、肌に有用な成分が含まれていることが分かり、約2年かけて原料開発に取り組んだ。近いものは胎盤由来のプラセンタだが、セラメントはニワトリ胚体外膜細胞を使用し、安全な原材料を安定的に調達できるのが特徴だ。このほど量産体制も整ったことから、メーカーとの商談を進めている。

生体の機構を模した「CulNet System」。写真は研究開発用の培養液のため試薬で赤色にしているが、実際に培養肉をつくる際の培養液はほぼ無色(写真提供:インテグリカルチャー、以下同)
生体の機構を模した「CulNet System」。写真は研究開発用の培養液のため試薬で赤色にしているが、実際に培養肉をつくる際の培養液はほぼ無色(写真提供:インテグリカルチャー、以下同)
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※CulNet System:動物体内を模した環境を構築することで、細胞培養の高コスト原因であった成長因子の外部添加を不要となる。コスメから食材まで、利用範囲は多様。CulNet Systemは、インテグリカルチャー独自の汎用大規模細胞培養技術であり、安価で大量に細胞を培養できる。

培養肉が地球と宇宙のたんぱく質不足を救う

 2020年秋、インテグリカルチャーはクラウドファンディング「スペースバーガープロジェクト」を実施した。返礼品は食品として摂取可能な成分からなる培養液の素「スペースソルト」と、宇宙で食べることを想定した「スペースソルト・ゼリーピクルス」だ。

 「有人宇宙旅行が当たり前の時代になれば、宇宙で食料を生産することになるでしょう。野菜は植物工場が、たんぱく質は培養肉がそれぞれ適していると思いますが、食の満足度(QOL)も重要なので、培養肉バーガーを企画しました。いつか火星基地で地産地消の培養肉バーガーを提供したいですね」

クラウドファンディングの返礼品「スペースソルト・ゼリーピクルス」は培養液の素を水で溶かし、フリーズドライの野菜を漬け込んで仕上げる
クラウドファンディングの返礼品「スペースソルト・ゼリーピクルス」は培養液の素を水で溶かし、フリーズドライの野菜を漬け込んで仕上げる
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 培養肉開発の技術的な課題の1つが筋繊維の再現だ。細胞を塊状に培養することは可能でも、一定の指向性を持った構造体に仕上げることは容易ではない。「生体組織工学などの知見が必須で、再生医療分野でもステーキ肉のようなレベルの筋繊維は誰も実現できていない」(羽生氏)というハードルの高い挑戦だが、この市場に多くの企業が熱い視線を注ぐ。

 2021年4月、インテグリカルチャーは12事業体と共に細胞農業オープンイノベーションプラットフォーム「CulNetコンソーシアム」を発足した。食品大手のハウス食品グループ本社だけでなく、荏原製作所や千代田化工建設などプラント開発に貢献する企業も加わっており、将来的に想定される、培養肉などのサプライチェーン構築を目指して活動している。

 世界人口はいずれ100億人に迫り、食糧不足が懸念されている。しかし、問題の本質は人口増でもカロリー不足でもなく、新興国の食生活の変化で起こるたんぱく質(プロテイン)争奪戦で、「中国の経済成長で一部食材の争奪戦が起きたように、地球規模でプロテインクライシスが起こり得る」と羽生氏は指摘する。

 加えて、昨今は畜産の環境負荷が問題視されている。漁業にしても生態系に及ぼす影響は大きく、SDGsの観点からも培養肉や代替肉は必要不可欠と言えそうだ。

 「培養肉は様々な社会問題や環境問題の解決に貢献できます。私たちが培養肉に挑んだきっかけはSFでしたが、いつか人間にとって必要となるものが描かれていたことを、いま改めて実感しています」

筋繊維を持つ培養肉の実現はまだ少し先になりそうだが、繊維の食感が必要ない培養フォアグラは研究が進んでいる。プロの料理人に培養フォアグラを調理してもらったところ、食感も味わいも本物に近いとの評価だった
筋繊維を持つ培養肉の実現はまだ少し先になりそうだが、繊維の食感が必要ない培養フォアグラは研究が進んでいる。プロの料理人に培養フォアグラを調理してもらったところ、食感も味わいも本物に近いとの評価だった
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(タイトル部のImage:出所はインテグリカルチャー)