空気のことを真剣に考えるダイキン工業。同社は今、「空気・空間(Air)」に「技術(Tech)」を掛け合わせた「AirTech」という言葉の下、新たな価値創造を目指している。スタートアップの発掘にも力を入れており、2019年7月にはサムライインキュベートと共同で事業立案プログラム「AirTech BootCamp」を開催した。「これまでの協業とはやり方を変えてみた」という取り組みを通じて、ダイキンは何を狙っているのか。

 空気は生物が酸素を取り入れる手段であり、太陽の光や熱、宇宙線などから地表の生物を保護するもの。清浄であれば心地よく、汚染されれば病気を引き起こす恐れがある。つまり空気は、我々の生命・健康に直結するものだ。にも関わらず、「空気のような存在」という言葉が表すように、多くの人が日常でそれについて意識することは、あまりない。

 空気のことを思うのは「やっぱり山の空気は美味しい」とくつろぎを感じたり、「閉め切った部屋の空気が汚れていて喉を痛めそう」と健康に害を及ぼす危険性を感じたときくらいだ。そういえば、場の雰囲気を察して臨機応変に動けない人に対して「空気が読めない」と非難するが、ここでいう「空気」も、暗黙のうちに把握できないときほど注目される。

 だが、空気のことばかり日々、考えている人たちもいる。空調機器大手のダイキン工業(以下、ダイキン)も、その中に含まれるだろう。同社は、空気の温度や湿度、気流、清浄度をコントロールする技術を持ち、エアコンをはじめとする多くの製品を生み出してきた。そして同社は今、「空気・空間(Air)」に「技術(Tech)」を掛け合わせた「AirTech」という言葉の下、新たな価値創造を目指している。

スタートアップの技術・アイデアに期待

 同社は、スタートアップ企業への投資や大企業の事業創造支援などを行うサムライインキュベート(本社東京)と共同でオープンイノベーションの取り組みを始めた。両社は2019年7月から2023年までの5年計画で、スタートアップや大学の研究者を対象とした事業立案プログラム「AirTech BootCamp」(エアテックブートキャンプ)を開催。実現性が高いと評価されたアイデアについては今後、ダイキンが協業を、サムライインキュベートが2000万~3000万円の出資を検討する。空調機の開発で培ったダイキンの技術と、外部の技術やアイデアを組み合わせることで、「健康的な空気」「快適な空気」「生産性の高い空気」を実現する技術・事業を開発し、育成していくという。

写真1●ダイキン工業 テクノロジー・イノベーションセンター 副センター長(技術M&A担当)兼 経理財務本部 財務グループの三谷太郎氏(写真:川島 彩水)

 このプログラムを通して「これまでリーチできていなかった相手とも手を組みやすくなる」と期待を語るのは、外部の企業や大学、研究機関との協業を推進するダイキンの拠点「テクノロジー・イノベーションセンター」(大阪府摂津市)の副センター長で技術M&Aを担当する三谷太郎氏だ(写真1)。

 「まだ起業していない人や、起業して間もないため世間での注目度が低い会社ともパートナー関係を築いてきたい。また、社内の技術者が連携先を考えると、どうしても自分たちが持つ技術に近いものを探してしまう傾向にあるので、これまでと全く違う技術・領域と、こういう場で接点が持てればと考えています」

「空気で何ができるか」を考える

 同社が今回、空調技術でなく「AirTech」という造語を使うのには理由がある。三谷氏らは、空調機の開発を通してできるようになったことは「意外と少ない」と考えているのだ。

 「ダイキンは空調機を多く造ってきた会社です。では、空調機は何をしてきたかというと、温度・湿度・気流・清浄度の4要素を制御すること。けれども、空気の要素は他にもたくさんあり、それらについて我々は、必ずしも多くの技術を持っているわけではないのです。例えば“におい”。これは空気の大事な要素だけれど、まだまだ社内では知見が足りない。他には気圧も。天気が悪くて気圧が下がると頭痛がするという人がいるように、これも空気の重要な要素です」

 そこで同氏らは、事業の対象を従来の「空調機」から「空気」に拡大し、できることを増やそうと考えた。「AirTech」は、その中で生まれた言葉だ。

 「空気で何ができるかを考えていくと、『空調機』という枠組みでは成し得なかった色々な可能性が広がる。『Air』には、そういう思いを込めているのです。そして、メーカーとして技術という部分は大事にしていきたいので『Tech』を組み合わせました」

図1●「空気で何ができるか」のブレインストーミング。「心が和む」「ホッとする」などリラックスにつながるキーワードや、「若返り」「ダイエット」「認知症予防」などヘルスケア分野のキーワードが多く出された(出所:ダイキン工業)

 事前に社内で実施したブレインストーミングでは、「空気で何ができるか」という問いに対して「頭が冴える」「若返る」「よく眠れる」「おいしい」「心が和む」といったキーワードが出された(図1)。今の技術では実現できないこともあるが、例えば「キレイになる」だったら湿度の調整技術を使えると推測できるように、既存の技術で成し得ることもある。さらに「我々の持っていないものを組み合わせることで、実現できることが増えるのではないか」(同氏)というのが、同社が外部との連携を進める動機となっている。

センシングを軸に「健康・快適」を目指す

 連携先となるスタートアップを探す際には「間口は広くしておきたい」(同氏)というものの、応募する側にメッセージが伝わりにくくなるかもしれない。そこで同社は、目標として前述の「健康的な空気」「快適な空気」「生産性の高い空気」を設定し、それを実現するための技術・アイデアを持つ企業や人を募集した。

 この3つに注目した理由としては、市場ニーズが高いと想定されること、既存の技術や製品を生かしながら展開できそうなことが挙げられる。

 「空調機というデバイスが世界中に設置されていると捉えたとき、そこにセンサーさえ取り付ければ、我々は温度・湿度情報、さらには生体情報も取得しやすい立場にある。そういう点では、健康や快適は既存技術と親和性の高い領域でもあるのです」

 同時にこれらの領域は、センシングしたデータを健康に結びつけていくという観点では「まだまだ弱い」(同氏)ため、そこを補強すべく外部の技術も使っていく。具体的には、分析には人工知能(AI)技術が必須になるだろう。事業としては、その人の普段の生活から各種データを収集し、病気になる前に警告するなど、センシングを軸に展開できると、同社は見ている。

2日間でじっくりビジネスプランを練る

 こうした想定の下、第1回となるAirTech BootCamp(2019年7月22~23日開催)では(1)空気中のアレルゲン・ウイルスセンシングによる種類の特定・可視化・定量化、(2)空気空間的アプローチでカビ・花粉・ウイルスを不活性化、(3)空間中における非接触でのストレスセンシング、(4)空気空間的アプローチで気分を落ち着かせる・ストレスの抑制の4テーマを設定し、参加者を募った(2019年6月12日付ニュースリリース)。当日は、応募者の中から選ばれた3つのスタートアップと1人の研究者が参加し、技術・アイデアを立案した。

写真2●第1回「AirTech BootCamp」の様子。3つのスタートアップと1人の研究者が参加。ダイキンの技術者やサムライインキュベートの担当者とチームを組んでビジネスプランを作成した(出所:ダイキン工業)

 プログラムでは、参加者とダイキンの技術者、サムライインキュベートの担当者がチームを組み、ビジネスプランを練り上げていく(写真2)。まず、ダイキンが持つ空気・空間に関する技術、これまでの協業事例、プログラムで利用できるアセット(技術、設備)などを紹介。途中、経過報告などをはさみながら、あとはひたすらディスカッションを重ね、最後に各チームのプランを発表する。

 参加した4者が持つのは、減圧/加圧技術、AIによる流体の解析技術、イオンを発生させて除菌する技術、核酸アプタマーの技術。例えば、減圧/加圧技術を利用したトレーニング設備にダイキンの温度制御技術を組み合わせるといったプランがまとめられた。

 2日間の成果は、チームごとのプランに留まらない。ダイキン側にとっては、ディスカッションを通して相手先の技術や人への理解が深まる機会になったという。

 「スタートアップの場合、経営者がどういうマインドやビジョンを持っているか、というのが重要」と三谷氏。時間をかけて話す中で、その人がダイキンに何を期待しているかを理解し、人間関係を築けたことが、協業に際してもプラスに働くと考えている。

「意外」だった医療領域からのアプローチ

 まとめられたプランの中でダイキンが最も期待を寄せるのは、核酸アプタマーの活用だ。アプタマー(Aptamer)とは「特異的に標的物質に結合する能力を持った合成DNA/RNA分子」(日本薬学会「用語解説」)。リボ核酸(RNA)やデオキシリボ核酸(DNA)の立体構造により、細胞や組織のたんぱく質機能を無効化できる。「抗体に代わる分子認識が可能な生体物質として、生物工学的応用、薬剤への応用が検討されている」(同)という。

 特定の菌やウイルスを選択的に吸着できるので、例えばマスクに用いれば、目が粗くても菌・ウイルスの侵入を防げる。装着したときに呼吸が苦しくなりにくいといった利点が得られそうだ。

 それをダイキンの技術と組み合わせた場合は、まずフィルターへの応用が考えられる。一般に空調機器のフィルターは、目が細かければ細かいほど風を流すのに必要な力が大きくなる。粗くても十分な効果が得られれば、消費電力の低減などの効果が得られる。選択的にカビを捉えられるように設計すれば、エアコン内部にカビが付着しにくくなり、供給される空気の清浄度が高まる上、メンテナンスの手間を軽減できる。

 医療の領域に含まれる核酸アプタマーの技術が寄せられたことは、同社にとって「意外なことだった」(三谷氏)。元々、医療は同社が得意とする領域ではなく、そのアプローチで連携先を探す試みはなかったのだ。そのため「こういう所に面白い技術があるんだなと知ることができたと同時に、自社技術にも『まだ役立つ余地がある』と再認識した」(同氏)と、AirTech BootCampの1回目を総括する。

事業化レベルまでプランを練り上げる

(写真:川島彩水)

 これまでも同社は、京都大学や大阪大学などと連携し、NECや日立製作所とも共同研究を進めてきた。スタートアップとの連携としては、2018年にAI開発のABEJA(本社東京)に出資。その他2019年7月には、オカムラやライオンなど数社と共同で、コワーキングスペース「point 0 marunouchi」(ポイントゼロ マルノウチ、東京都千代田区)をオープンさせ、「未来のオフィス空間」を目指す実証実験を開始するなど、外部との協業を積極展開している。(2019年7月25日付ニュースリリース)。

 だが、AirTech BootCampでは「これまでの協業とはやり方を変えてみた」(同氏)という。

 「今回、2日間というそれなりに長い時間をかけて、ダイキンからもリソースを割き、サムライインキュベートからはビジネスという考え方を補強してもらって、応募者とアイデア作りから一緒に取り組みました。これは手間のかかる作業でしたが、その分、出口側(事業化)は楽になるかなと期待しています」

 同社は、いわゆるハッカソンやアイデア募集も過去に実施したことがある。それは社内の意識改革にはなったが「事業につながったかというと、難しい」(同氏)。そのため今回は「これなら事業として展開できる」というレベルまでビジネスプランを練り上げることを目標にしたのだという。

 「『空気・空間』とうキーワードは、数年前から使われているものですが、社内で具体的なビジネスアイデアを出し切れていないと感じています。今後も外部と連携し、具体的にどうやってビジネスを展開するのか、お客さんにとってどのような価値を生むのか、などを考えていきたいですね」

 初回のAirTech BootCampでは三谷氏ら経営・企画の立場の人たちが主導してテーマ設定などを進めたが、次回以降は「社内の技術側のニーズを深掘りしてテーマを設定したい」と三谷氏。開催場所にはサムライインキュベートの施設を使ったが、point 0 marunouchiを利用すれば、その場でセンサーを空調機に取り付けてデータを取ってみるなど、より具体的な内容を検討できそうだ。地方に拠点を置くスタートアップも参加しやすいように、各地で開催することもあり得る。「健康な空気」「快適な空気」「生産性の高い空気」の実現を目指し、新たな人・技術との出会いに同社が寄せる期待は大きい。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)