出典:「日経バイオテク」2021年8月30日付の記事より

「人類がコロナに打ち勝った証し」となるはずだった東京オリンピックは、ほぼ無観客で開催せざるを得なかった。感染力が高い変異株が次々と発生する中で、人類はコロナ禍を抑え込むことができるのか。アーサー・ディ・リトル・ジャパンにエビデンスに基づく収束シナリオを寄稿してもらった。

 我々アーサー・ディ・リトル・ジャパンは2020年春、まだ手掛かりが少ない新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について、その時点で分かっているエビデンスを丁寧に紡いでいくことで、最も可能性が高い収束シナリオを描き出した。具体的には、先進国を中心に2年から3年で収束する国が出てくるものの、世界的な収束まで3年から5年はかかるのが現実的なシナリオと論じた。

 その後については、今の世界を見ればお分かりになるだろう。収束時期の最大の前倒し要因として指摘していた「ワクチン開発」が驚異的なスピードで進み、かつ高い有効性をもって実現した(最終ページの囲み記事参照)。2020年の末から英国や米国で接種が始まり、収束時期が早まるかのように思えた。しかしながら、後ろ倒し要因として挙げた「ウイルス変異」も次々と発生している。細かいことを論じれば他にもいろいろと要因はあるのだが、ざっくり言えば人類は新型コロナウイルスに対して「1勝1敗」の状況となり、未だ予断を許さない状況となっている。

 本寄稿では、現時点での最新のエビデンスも踏まえ、改めて今後の世界を予測していきたい。

デルタ株の出現で集団免疫獲得のハードルが上昇

 中国の武漢市で新型肺炎の流行が伝えられたのが2019年末。後に「SARS-CoV-2」と命名される新型コロナウイルスを、世界保健機関(WHO)が確認したのは2020年1月8日だ。それから瞬く間に世界的な大流行(パンデミック)となり、累計で感染確認者は2.1億人、死亡者は440万人を突破した(2021年8月上旬)。目下、デルタ株(インド型)が世界的に猛威を振るっており、第5波の感染拡大が続いている(図1参照)。

図1●新型コロナウイルスの感染者と死亡者の推移(全世界)
図1●新型コロナウイルスの感染者と死亡者の推移(全世界)
中国の武漢市を起点に広まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は全世界で感染確認者が累計で2億1000万人、死亡者も440万人を超えた。ワクチンの接種回数は50億回を突破したが、変異株が次々と出現している(世界保健機関のデータを基に編集部で作成、数値は2021年8月上旬時点)
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 デルタ株については、未だ分かっていない部分が多いものの、アルファ株(英国型)や従来株と比較して、感染性・伝播性が高いことが特徴である。ウイルスの発現量が多く、増殖スピードが高いことが示唆されており、感染者のウイルス量が従来株の1000倍に上ったとの報告もある。

 1人の感染者が何人に感染させるかを数値化した基本再生産数(R0)は、デルタ株の場合5人から9.5人とされている。これは水疱瘡(ぼうそう)と同程度の水準で、非常に高い感染性・伝播性を持っていると言える。図2にアルファ株とデルタ株の特徴を整理した。

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 デルタ株の最大のポイントは、集団免疫を達成するための閾値が「85%」に上がったことである。アルファ株では、集団免疫を獲得するには60%から70%の接種率が必要とされていた。2020年末からワクチン接種が加速度的に進んだことで、2021年中にはいくつかの国・地域で集団免疫状態に達する可能性があった。しかしながら、そのハードルが85%に上がったことで、その可能性はほぼ無くなってしまったと言えるだろう。

 実際、英国では2021年8月6日時点で成人の75%、全人口の約60%がワクチン接種を終えている。自然感染者を含めると従来型もしくはアルファ型のウイルスを前提とすれば、集団免疫を獲得できる水準に十分に届いていると試算されていた。ところが英国では新規の感染者数が下げ止まっており、収束の気配は見られない。専門家からも、現時点の接種率では集団免疫を達成するには十分ではないとの見解が示されており、未接種者へのワクチン接種を急いでいる。