長引くコロナ禍で、歩数の減少など、運動不足が懸念されている。運動不足は肥満や筋肉量の低下につながるばかりか、心血管疾患、がん、糖尿病などの非感染性疾患(NCDs)を招くことが分かっているからだ。運動不足を解消することで、世界中で年間530万人もの死亡を減らすことができる――こうした観点から、世界保健機関(WHO)は身体活動の促進に注力している。けん引しているのが、WHO ヘルスプロモーション部局身体活動部門長のフィオナ・ブル博士だ。

フィオナ博士は、2020年9月9日にオンラインで開催された「2020横浜スポーツ学術会議・公開講座」で「COVID-19 新常態における持続可能なスポーツ・身体活動促進」と題して鈴木大地スポーツ庁長官(当時)と対談。フィオナ博士のパートで、身体活動促進のためのWHOの戦略や、同年11月に新たにリリースするガイドラインなどについて語った。今や、グローバルかつ深刻な健康課題である運動不足に世界はどう立ち向かうべきなのか。本稿では、その講演記録を基に一部加筆してお届けする。

 「身体活動」は、レクリエーションのための運動だけでなく、移動や家事、仕事などに伴う日常の活動量をすべて合わせたものを意味します。人々が身体活動を行うための指針として、WHOでは、成人・高齢者については、自転車やウオーキング、ガーデニングなど、中強度の身体活動であれば一週間に150分(もしくは、高強度の身体活動なら同75分)以上行うこと、それに加え、週2日以上の筋トレを推奨しています。

WHO ヘルスプロモーション部局身体活動部門長のフィオナ・ブル博士(写真:本人提供)

 近年では、著名な医学雑誌「Lancet」をはじめ、世界各国で身体活動の健康へのメリットを明らかにする研究が数多く出ています。わずか2分歩くだけでも健康への効果が見込めるという、運動が苦手な人、ジムに行く時間が持てないビジネスパーソンにとって嬉しい報告もあります(JBrett P. G; Don Wright, 2018)。

 身体活動を行うことは、様々な疾病予防・治療にもつながります。前述したWHOの推奨する身体活動時間を維持することで、世界規模で心血管疾患なら6%、糖尿病は7%、大腸がんと乳がんはそれぞれ10%減らせることも分かっています(Lancet,2012)。認知症や精神的な疾患も含め、予防に大きな効果があるため、アクティブな人々を増やすことで、世界中で年間530万人もの死亡を減らせると、私たちは推計しています。

運動不足による経済損失は675億米ドルにも

 実は、世界の死亡原因の7割を占めるのは、COVID-19 をはじめとする感染症ではなく、心血管疾患・がん・糖尿病・慢性肺疾患などの非感染性疾患(NCDs)です。身体活動を推奨することで、これらを減らすことができるのです。そのため、身体活動の推進は医療費の削減につながり、経済への大きな貢献も見込めます。

補足情報:
オーストラリア・シドニー大学のDing Ding氏らが142カ国のデータを活用して推計した報告では、2013年の身体不活動による経済損失額は、保守的解析で少なく見積もっても、直接的な医療費で538億米ドル(約5.6兆円)、生産性の損失による損失額が137億米ドル(約1.4兆円)、合計675億米ドル(約7兆円)にも上る。特に高所得国では、身体不活動が医療費に与える影響が8割超になると報告されている(Lancet,2016)。

 経済への影響だけではありません。歩いたり、自転車による移動を増やすことによって化石燃料の使用を抑制できたり、街の環境改善にもつながります。身体活動を推進し肥満を回避することで、世界的に食糧不足が緩和され、飢餓の削減にもつながるでしょう。こうした様々な観点から、身体活動は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)において、実に13項目に貢献することも分かっています。

 にもかかわらず、ライフスタイルの近代化によって、こまめに体を動かさない、座ってPCやスマートフォンを眺めてばかりという人が増加。活動量がWHOの推奨時間に達していない身体“不”活動が今、大きな健康課題となっています。

 2011~2016年のWHOの調査結果を見ても、この15年間で身体不活動の水準は、残念ながら改善できていません。成人では3割弱、若者では実に8割の人が身体不活動になっています。多くの国では、男女でも差があり、男性よりも女性の活動量が少ないことも指摘されています。

(出所:講演時のスライド)

 国別に見ると最も深刻なのは、高所得なアジア太平洋地域・西欧諸国、ラテンアメリカ、中央アジア・中東・北アフリカ、東アジアなど。日本を含む高所得国を中心に、世界中の国々がこの問題を抱えています。運動不足が世界的に大流行している“パンデミック状態”だと言っていいでしょう。

2030年までに身体不活動の人を15%減らす

 この状態を大きく変えていかなくてはならない、そのためにはパラダイムの転換が必要です。そこでWHOは2018年に、『Global Action Plan on Physical Activity 2018–2030(GAPPA)』を発行し、2030年までに、身体不活動の人を15%減らすことを目標に掲げました。テドロス事務局長がこれを発表し、世界を動かすためには、国の政治的なコミットも必要であることを訴えました。

 2020年1月には、GAPPAの日本語版『身体活動に関する世界行動計画2018–2030─健康的な世界に向けて一人一人よりアクティブに』(※慶應義塾大学 スポーツ医学研究センター・健康マネジメント研究科が日本運動疫学会の協力を得て作成)も発行されました。

 GAPPAでは、身体活動をより効果的に推進していくために、4つの大きな戦略目標を定めています。(1)アクティブな社会を創造、(2)アクティブな環境を創造、(3)アクティブな人々を育む、(4)アクティブなシステムを創造──です。

 具体的な例でご説明します。国を挙げて身体活動を普及していくためには、まず社会における新しい規範が必要ですし、そのためには教育も不可欠です。最近では、フランスやインド、ジャマイカなどで、政治家がリードして、自転車や歩くことをプロモートするキャンペーンを行いました。

(出所:講演時のスライド)

 こうしたキャンペーンでは、今、人々があまり動かないのはなぜかというところから理解を促し、その上で歩きやすい、自転車に乗りやすい場所を整えるという環境づくりも含めて行うことがポイントになります。欧州では比較的整備が進んでいますが、都市を再設計して、歩道と自転車道を併存させるといったモビリティシステムの導入も進めていくべきです。

思わず自転車に乗りたくなる街づくりも

 例えば、コロンビアの首都ボゴタでは、平日のメインストリートは多くの車、タクシー、バスがひしめきますが、日曜日・祝日の朝7時から14時までは、大通りとハイウェイで車両の乗り入れが禁止になります。市民に広く開放される「シクロビア(自転車道)」になるのです。

(出所:講演時のスライド)

 その広さは全長170Kmにもなり、スポーツ嫌いの人でも思わず自転車で走りたくなる場所として、注目を集めています。もちろん国によって規模をもう少し小さくしてもいいかもしれませんが、多くの市民の身体活動を自然に促す街づくりの一つのロールモデルと言えるでしょう。

 ただ、こうして社会の規範を変え、環境を整えるだけでは、十分ではありません。人々のモチベーションを高め、巻き込んでいく仕掛けも重要です。ビジネスパーソンには、仕事中の座り時間を減らし、ランチタイムには歩いて食事に行き、階段をもっと使ってもらうように呼び掛けましょう。また、学校教育では、徒競走など競技のプログラムのみならず、運動が苦手な人でも参加できるようなプログラムも提供すべきでしょう。

補足情報:
英国ではこんな事例がある。身体活動におけるジェンダーギャップを埋めるために、2015年から「This girl can」というキャンペーンを展開。女性が運動を避けている理由の一つに、動いている自分の外見に自信がないという意見があったリサーチ結果を踏まえ、あえて少し肥満気味の女性たちをモデルに、女性たちが活発に走ったり、運動している動画などを制作してプロモーションを行った。その結果、SNSなどで大きな反響を呼び、キャンペーンを開始してからわずか1年で、14~40歳の280万人の女性たちが実際に行動を変えたという。

 もう一つ、重要な戦略目標があります。国、地方、自治体ごとの高度なガバナンスを実現するシステムです。最新の研究や、データの測定・モニタリング、アクションプランなどの様々なリソースをうまく活用し、コーディネートするシステム、分野横断のリーダーシップ・意思決定、パートナーシップやコラボレーションがとても重要になります。

 アクティブな社会・環境・人々・システムという4つの戦略目標はそれぞれが単体で動くものではありません。これらの戦略目標には合計20の具体的な政策措置が紐づけられています。

(出所:慶應義塾大学 スポーツ医学研究センター・健康マネジメント研究科 小熊祐子准教授)

 4つの戦略目標と20の政策措置のそれぞれが相互に関連し合って包括的に動くことによって、身体活動の推進が達成できると考えています。

「座りっぱなし」に対処する新ガイドラインを

 GAPPAに続く大きな戦略として、WHOは11月、新しいガイドラインをリリースします。前回のグローバルガイドラインを発行した2010年からこれまでに、身体活動のエビデンスのみならず、「座りっぱなし(sedentary behavior)」の健康への悪影響を明らかにする研究報告が増えました。

 例えば、複数の論文を精査したシステマティックレビューによって、座り過ぎは「糖尿病・心血管疾患・がん」の罹患、「心血管疾患・がん」による死亡と関連することが分かってきました(Biswasら、2015)。オーストラリアの研究では、テレビ視聴時間が1時間長くなると、平均余命が22分短くなるという報告もあります(Veermanら、2012)。こうした研究結果を受け、今回のガイドラインでは、座りがちな行動に警鐘を鳴らすパートを盛り込んでいます。まさに、“Move more、sit less(もっと動いて、座り時間は短く)”が重要なメッセージです。

 年代別のガイドラインについては、幼児の肥満増加傾向を受けて、2019年に、5歳未満の子どもの身体活動と座りがちな行動および睡眠に関する新しいガイドラインを発行したのに続き、今回は、「5~17歳の子供・思春期」「成人(18~64歳)」「高齢者(65歳以上)」という3世代のグローバルガイドラインを作成しています。それだけではなく、妊婦・出産後の女性、慢性疾患のある人、障害のある人という特定の集団向けのガイドラインも新たに作成しています。

 それぞれの詳細については3月にドラフトを公表済みです。このドラフトでは、例えば成人については、従来のガイドラインの推奨時間を延長し、従来は中強度の身体活動を週に150分推奨していたのを、週に150~300分に更新。同じく、高強度の身体活動なら週に75分推奨していたのを、週に75~150分へと更新しています。座り時間については、できる限り抑制して軽強度でもいいので、活動的な時間に置き換えることを推奨しています。

 このように、年代や集団ごとに、身体活動と座りがちな行動に関する推奨ガイドラインを提供することで、市民一人ひとりが自分は何をすべきか、より理解しやすくなり、行動変容につなげられると考えています。

コロナ禍で「Be Active during COVID-19」を発信

 最後に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響についてお伝えします。ご存じの通り、世界各国では自粛期間中、ジムやフィットネスクラブ、プール、スポーツクラブなどが閉鎖・休館になり、公園やビーチなどの公共スペースへのアクセス制限も起き、人々の身体活動のルーティンに大きな影響が出ました。

 不活動がさらに進んでしまう危惧があったことから、私たちはコロナ禍でも身体活動を推進するための情報集として、3月に「Be Active during COVID-19」を作成。「座り時間を減らすため、仕事中や勉強中、テレビを見る時、SNSの使用時には、20~30 分間に1度、3~5 分間の短いブレイクをとる習慣を」、「立ったりストレッチをするだけでもいいが、家の中でも歩いたり、階段を昇り降りしたりするほか、家事を活用するのも有効」、「ヨガなどオンラインでの運動教室に参加するなど、自分なりのルーティンを作る」などの実践的なアドバイスを含めて、インターネットやSNSで情報発信しました。スポーツ業界と協力して、無料のオンラインプログラム教材も提供しました。

 ニューノーマルの身体活動のあり方としては、これから、パブリックスペースなどで安全に身体活動ができる環境を再開していく必要があります。公園で感染予防も意識しながら、太極拳、ヨガを行なうなど、アジアの国々は既にうまくやっていると思います。欧州の国々もこれに学べると思います。また、今後は、家の中でよりアクティブに過ごすための新しいデジタル・ツールの開発支援や、若者たちが自宅での学習中に身体活動にアクセスできるような仕掛けも必要になるでしょう。

 スポーツの復興もこれからの重要なテーマです。今年5月には、国際オリンピック委員会(IOC)と新たな覚書を交わし、健康増進と身体活動の推進に関してシナジーを求めていく方針を打ち出しました。健康と身体活動に関する情報発信と政策提言を共同で行う、オリンピックムーブメントを通じた世界的なヘルスプロモーションを展開するなど5つのテーマについて、5年間にわたりパートナーシップを組むという内容です。オリンピックの開催準備においては日本にも大いに期待しています。

 身体“不”活動のデメリットを減らし、身体活動のメリットを世界中に広げるためには、今、私たちが動き、社会が変わる必要があります。新型コロナウイルスから学び、よりよい復興を目指すことで、目標に近づくための新しい社会規範が出来ていくと信じています。

(タイトル部のImage:patpitchaya -stock.adobe.com)